寺田寅彦記念館から高知県立文学館に移動、記念室を訪れる。腰をおろして見たのは、彼が行った実験を再現した数分間のフィルム。なかで、生物の模様をとりあげた巻が心に残った。飼い猫の模様を弟子に写させ、胚分割の割れ方と比較、模様はそこに由来しているのではとし、さらに研究室前のコンクリートの割れ目との類似も指摘している。この視点は弟子の平田森三に受け継がれ、キリンのまだらは皮膚の割れ目という仮説になった。
寺田寅彦が没して約20年、数学者アラン・チューリングが反応拡散系という説を提出する。化学反応によって安定的な繰り返し構造を作ることができることから、生物の模様も何らかの波ではないかと考えたのだ。そして1995年、日本の研究者によってゼブラフィッシュの模様が反応拡散系のシミュレーションに一致することが見出される。色素をコントロールする化学物質が、縞模様を描きながら拡散した結果ではないかと。
トラ柄のシマウマがいないように、模様を決めるにあたっては遺伝子の役割もあるには違いない。ただ、たとえば2002年にはじめて生まれた猫のクローンは、性格だけではなく、模様もまったく違っていた。細かい模様まで遺伝子情報で決まっているわけではないのだ。遺伝子は、化学反応式でいう反応係数に影響を与えていると考えればいいという。
寅彦の時代、生命科学に物理学を持ち込むのは冒険だった。平田森三の説は今では否定されている。それでも、皮膚の模様が化学反応で説明できることを知ったら、彼らはどう思うだろう。見過ごしがちな日常に科学をみた寅彦の眼。彼には、この世のすべてが科学の織り模様だったろうか。そんなことを思いつつ、文学館を出る。高知城天守閣の方角から生バンドの演奏が風に乗って聞こえてきた。それもまた音の波。大通りは日曜市でにぎわう。光の波のなかを、音の波がたゆたっている。ぼくは波間に身体を滑りこませる。
まずは高知県立文学館の「寺田寅彦記念室」案内へ。「私設・寺田寅彦ホームページ」もどうぞ。「科学96年10月号」あらすじも便利。反応拡散系については以前のコラム「自然のいたずら」もあわせてお読みください。ちょっと専門的ですが、「BZ反応について」もご参考に。生物の模様との関係については、「Pattern of life」、日本語では、「シマウマの縞模様はどこからやってくる?」の解説がていねい。クローン猫の模様が違うということ、「Texas A&M Clones First Cat」で自分の眼でご確認ください。さて、反応拡散系でゼブラフィッシュの実験をしたのは「近藤滋」氏で、「動物の模様をつくる化学反応の波」あるいは取材記事「想像力と戦略と」に詳しいです。
高知で寺田寅彦に関連する施設を見学されたレポートを楽しく読みました。
昨年11月に、拙著「寺田寅彦の地球観”忘れてはならない科学者”」(300ぺージ・高知新聞社発刊)を出版しました。あまり知られていない寅彦の科学論文を分かり易く解説し、寅彦の偉大さ・先見性を論文内容に基づいて執筆しております。寅彦ファンである貴方なら気に入ってもらえる本だと確信しています。(定価2000円)。
鈴木 堯士