これだから人間ってのはおもしろい。世界最高度からのスカイダイビングを計画している人のレポートを科学誌で読みつつ、ため息をついた。上空約40キロメートル。宇宙といっていい空間だ。大気は薄く、予定では身体はどんどん加速、31秒後には音速を超えるという。地上への到達まで、約15分30秒。
生身で音速を超えるというイメージが、どうしてもつかめない。映画『ライト・スタッフ』の影響だろうか、人類で初めて音速を超えたチャック・イエーガーの苦労が重なる。あの壁、時速にして1000キロあまりを、生身で受け止める。宇宙服のような装備を整えているとはいえ、想像を絶する。
その音速でさえ、光に比べるとはるかに遅いことは、雷や花火を見るとき実感できる。しかしなぜ、ふだん人と話しているときはその差を感じないのだろう。仮に花火の位置から話しかけられたら、先に口が動いて、声はあとからついてくるはず。では、どの距離からそのズレは生じるのか。
40メートル、というのが産業技術総合研究所の杉田陽一研究員らがつきとめた答え。さまざまな距離と時間間隔の組み合わせで光と音を発生させ、どちらが早かったかを被験者に尋ねる実験を行った。おもしろいことに、距離を1メートル離すごとに、音を3ミリ秒ずつ遅らせて呈示すれば、被験者は光と音が同時だと感じられたという。ズレを脳で自動的に補完しているのだ。1メートルで3ミリ秒というのは、まさに音が大気中を進む速度。つまり人間は、音速をあらかじめ織り込み、補正している。補正の限界が、40メートル近辺だったという。
あの音速を、脳はあらかじめ知っているということ。あらためて、ぼくたちはこの自然とともに進化してきた生命なのだと実感する。その自然の中で、自らの限界に挑戦しようとしている人がいて、それはつまり自らを、ひいては自然を知りたいという好奇心の賜物なのだろうと、そんなことを思う。
ダイビング挑戦者の記事は、「Popular Science 3月号」掲載。英語版ですが「Jump! Jump!」としてあります。米仏競争って感じですが、お二人ともサイトがありますね。フランスは「Michel Fournier」、米国は「Cheryl Stearns」。さてどうなることか。さて、産業技術総合研究所の発表は「脳は音がどのくらいの早さで進んで来るか正確に知っている」をどうぞ。サム・シェパード主演『ライト・スタッフ』、原作はトム・ウルフの『ザ・ライト・スタッフ』です。絶版か。
初めてコメント書きます。
時間遅れ(この場合音と光)を補正するのは、経験なのか、生まれつきなのかに興味があります。たとえば、ヘリウムと酸素の世界(ダックボイスの空気ね)で育った人は、その音速で補正をかけるようになるのでしょうか。
というのも、元々脳内の処理は光部分と音部分での処理速度は同じでなく、すぐ近くで起きた事象に関しても”同時である補正”を行っているはずで、これは人が育つ間に形成(補正量の校正)されるのではないかと考えているので。
この例と同様に、自分で自分をつねった場合など、痛いと思うのとつねった時は同時と感じていますが、”痛い感覚”が脳まで届くのに0.5秒程度かかるので補正して感じていることになります。
言い換えると、目から入ってきた情報の後に音や痛みが感じられたのにもかかわらず、”既に感じていたことにする”という時間操作が脳の中で行われています。さて、その光と他の感覚の間で時間を止めたら、どう感じているのでしょうね。
ちなみに、このあたりの知識は聞きかじり(よみかじり?)で、専門家ではありません。たしか、このような話を「『2063年、時空の旅』講談社ブルーバックス」で読んだと思います。
興味深い話。
目にした風景の凄さを写真に残そうとして、後で見たら「何だこりゃ?」って話と同じ類。
人は現実にフィルタを掛けて加工している。
見たいものを見て、聴きたいものを聴く。
そうしなきゃ、生きて行けないからか。
物理的にも精神的にも。