お盆、ふるさとに帰る。仏壇の前、ご先祖さまにご詠歌を唱えるのが昔からのならわし。オンチでカラオケ嫌いなぼくも、こればかりは木魚や鉦(かね)をたたきつつ、声をあわせる。
ふるさとのご詠歌には西国三十三所がうたわれている。修学旅行などで記憶に残る人が多いだろう、京都の清水寺もそのひとつ。三カ所ある番外も含めれば、大阪や兵庫、奈良、京都、滋賀、岐阜など七府県に三十六カ所の札所がある。これらの観音様を巡礼するのが、いわゆるお遍路さんだ。
もっとも、一般にお遍路さんといえば、四国の八十八カ所霊場めぐりが有名。こちらは815年に弘法大師(空海)が開設したとされている。西国三十三所は718年に長谷寺の徳道上人が決めたとも伝わるので、発祥は西国のほうが古いらしい。
琵琶湖に遊んだついでに、石山寺を訪れた。西国三十三所のひとつだ。起伏にとんだ境内、この春訪れた、やはり三十三所のひとつ三井寺に通じるたたずまい。
そういえば大津市は、京都市、宇治市とともに古都京都の文化財として世界遺産に登録されてもいる。遺産といっても、遺跡じゃない。今も生きて、これからも受け継がれていくそれとしての遺産。
ご詠歌をあげる親を見て、三歳の息子もポクポクと不器用ながらも木魚を鳴らしている。祖父や祖母がそれを見て笑う。ふと、自分が幼い頃の風景がそれに重なる。似たような光景が、お盆ごとに繰り返されるのだろう。百年前も、百年後も。
西国三十三所については「西国三十三所巡礼」を、世界遺産については「世界遺産」をどうぞ。
ご詠歌?・・・今日も別世界の話。
木魚?お寺以外の場所にあるのは知らなかった!
懸命に想像してみる・・・・だがしかし、想像のきっ
かけになるものが不足気味で、イメージが浮かびませ
ん。
このあと寄せられるみなさんのコメントを頼りに、想
像を深めたいと思います。
ウチの実家でもお盆に限らず仏前に木魚があります。
こういうのが当たり前と思っていましたけど、やっぱり宗教って土地との結びつきがありますから、地方によって違うんでしょうね。
ちなみに、ウチの方ではお盆にご詠歌を唱える習わしはなく、ご近所さんのお宅を回り歩いて、木魚をたたいて仏前に手を合わせてくるのが通例になっています。
仏様に挨拶した後は、その家の人と、まあ世間話してくるんですけど、たいてい呑まされるので、結構きついんですが……
小さいときに、親戚の葬式に出席して、富士山がきれいだったことを覚えています。
自分もいっしょに骨を拾ったはずだけど…。公園のような墓地だったので同年代の親戚と走り回っていた記憶しか残っていません。
遼太朗くんは、どんなことを覚えているのでしょう。
ほんとですね。ぼくもながさわさんと同じく、仏壇があって木魚があってがふつうと思っていました。ジュモンさんのように、まったく想像できない、ということもあるんですね。
仏壇に向かってご先祖様を思ってご詠歌をあげるというのは、宗教的な思いとはまた別のような気がします。もちろん、それもまた宗教の枠組みのなかにあるのかとは思うにしても、「神様、仏様」という気持ちとは種類が違うといえばいいでしょうか。
なんだか日本の夏が持っている、独特の涼しさを感じさせるコラムですね。詠歌をあげている後ろでは机に用意された麦茶、正座している足にくいこんでくるたたみ…。蝉の鳴き声でも聞こえてきそうです。僕はこのサイトを今回初めて訪れたのですが、とても気に入りました。自分でもこのようなコラムを書くことが出来ればいいんですけどねえ。
御仏像とか御神体に形作られたものに手をあわせるとか、
説法を聞きそれを守って生活することが宗教なのかな?と。
それとは別に、「お天道様」と呼ばれるようなものに対して手をあわせたり、お天道様に恥ずかしくないようにしようと思ったり、ご先祖様に感謝したりする。
これは、宗教以前の人間の心の中にある「宇宙に存在するする魂」としてのあるべき姿というか・・・・
あ0っ!表現できない!!
「宇宙に存在する魂の絶対的良心」が、お天道様とかご先祖様に手を合わさせていて、それは人間が宗教を作るまたは知る以前から持っている(はず)の心ではないかと私は思うのです。
稚拙で申し訳ありませんがなんとなく伝わりましたでしょうか。
でも・・お墓参りに行けなかった。ばあちゃん、ごめん。
小さいときいたところでは、盆に、地蔵盆てのがありました。その当時は、日本全国でやってるものだと思ってました。土地によっていろんな行事があるんでしょうなあ。