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JORDAN曲線定理の完全証明が完成

2005年10月29日 【雑学なメモ
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JORDAN曲線定理の完全証明が完成
JORDAN曲線定理とは、大雑把に言うと、「閉じた曲線が平面を、内と外とに分ける」という直感的には明らかな定理です

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 EBMという言葉を知ったのは、いつのことだったろう。Evidence-Based Medicine、訳せば「根拠に基づく医療」である。根拠というのは、科学的な知見のこと。ここでいう科学とは、実験室で行う実験や化学的研究ではない。専門用語で疫学的というけれど、多くの患者における治療結果を統計的に分析して、効果や副作用を調べることをいう。従来の医療はえてして医師の経験や権威ある人の言葉をもとに、「根拠」なく行われてきたという反省に立っている。
 EBMの手法をとる医師は、患者を診るにあたって、まず問題点を明確にすることを求められる。どの治療法の、どんな点を検討するのか。次に、その問題意識に添って、論文などの文献を検索し、内容の信頼性を批判的に吟味する。その上で、吟味した結果を目の前の患者へ適用することの妥当性を検討する。いくら科学的知見であれ、統計的なものである以上は、目の前の患者にあてはまるかどうかはわからない。
 医療なんて、不確実なものだ。ひとりひとり個性を持ったいのちである以上、100%確実なことなんて、ない。その不確実性を少しでも減らそうとするのがEBMだと読んで、なんだかいいなあと共感したことを覚えている。ひとりの患者から発してふたたび患者にかえる、その姿勢。人間を機械のようにみて治療する手法とは対極にある気もして。
 この夏には、EBMの立場から健康診断には根拠がない検査項目があるとする調査結果も出ていた。わが父も数年前の大病ののち、定期的に検査を受けている。検査数値が悪かったといっては落ち込んで寝込む様子をみるにつけ、医療のもうひとつのキーワードである「生活の質(QOL)」という言葉も思い出しつつ、検査に接する難しさを感じている。大切なのはより良い数値ではなく、よりよく生きること。精密検査の結果を手に「きれいなもんやった」と、活力を取り戻している表情を喜びつつも、今はただシンプルによりよく生きることが難しい時代だとため息をつく。

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