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ちょっと知的な雑学&トリビア

外適応

2005年2月17日 【コラム
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 進化についてよくある思い違いは、意図を組み込んでしまうことではないだろうか。キリンの首は高い木の葉を食べるために長くなった、というような。実際はキリンが自分で遺伝子を操作できるはずも無く、意図的に進化の道を決めることはできない。もっともダーウィン自身、進化論をたてる際に育種家の言葉を参考にしているから、勘違いされても仕方ない面もあるけれど。
 外適応、あるいは前適応と呼ばれる現象がある。進化上獲得された形質が、後に別の目的に利用されることだ。水中で音を拾うクジラの耳の仕組みが、地上にいた頃すでに獲得されていたのも前適応の一例。鳥の羽もそうで、もともとは飛ぶためではなく保温などを目的としていた。だからティラノサウルスなどの恐竜にも備わっていたのではないかと最近では考えられ始めている。それが後に飛ぶために外適応した。
 肺や脚だってそうだ。水中の酸素濃度が下がった時期があって、それに適応して生まれた肺というシステムが、生物が陸上にあがるときに役立った。そして、敵から逃れるために浅瀬の水草に潜む選択をした生物が、水草をかきわけるために用いたのだろう四肢が、後に大地を踏みしめる脚となる。
 脳の進化にもあり得るという。アゴが退化する遺伝子変異が起こったとき、すでに火を使って肉を柔らかくしていた人類には影響なく、その結果脳の拡大を受け入れるスペースができていた。頭蓋は前適応していたのではないかと。言葉もまた、会話したいから持ったのではなく、外敵がなく大声で泣いても心配なくなり、母親への感情表示に産声を出していたのが、後にコミュニケーション用に外適応したのではという見方もある。
 こうして見ていくと、多くの重大な転機が、意図と関係なく、外適応によって乗り越えられてきた、そんな思いにとらわれる。次の大きな転機を乗り越える何かをも、すでにぼくたちはこの手にしているのかもしれない。

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19 comments to...
“外適応”
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小橋昭彦

クジラの耳については、前回のコラム「クジラ、海へ [2005.02.10]」をご参考ください。ティラノサウルスの羽については「羽のある恐竜 [2004.07.15]」をどうぞ。

タッターソルのように認知能力さえ外適応で考える学者もいます。「現生人類への道 私たちはいかにして人間になったか」を参考に。言葉の前適応については、「ヒトのことば・生物のことば」で岡ノ谷一夫さんが指摘されています。

生物が陸にあがった経緯については、『水辺で起きた大進化』をどうぞ。また、「四肢の進化 -魚はどうやって手足を獲得し、陸にあがったか-」が丁寧。NHKスペシャル「地球大進化」でもとりあげられていましたね。

なお、外適応と前適応は、ほぼ同じように使われますが、厳密には使い分けもされるようです。コラムでも微妙に使い分けています。具体的には、前適応は、もともとの目的とは別の目的に利用される流れを、外適応は、もともとの目的に加えて別の目的にも利用される流れを示すということで。たとえば講義録「心理学概論」における「7.認知革命の展開」の最後のほうで説明されています。


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ちゅうそん

 進化について、宇宙の歴史について・・・知れば知るほど不思議な気持ちになります。
 この世の中は偶然が重なってできたようにも解釈出来ますが、なにか不思議な力が働いてきたようにも思えます。今私が生きているのは偶然のたまものではないと思えるのです。
 命を軽く思っている人に伝えたい・・・。


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トクツトミオ

こんにちわ今回もテーマは進化でしたね、興味のある分野です。私の会社ではプラスチックに意識があるという社長の説を!)オパーリンの「化学進化」説(無機物→有機生命体)を使って書きました。続いく下等生物→人類までの進化を「ダーウィン説」似続けて「脳から心むへの「神経細胞進化説」をエルダーマン及びエックルスを使い説明しました。それが本テーマに沿った前段階と続く「生命進化ストリーの中核」としての生物進化に連続部分でしょう。


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石山 良明

物質的に豊か過ぎ、心が貧しくなっている日本人も外適応の一つかと思いながら読みました。
地震等の災害に対する対応能力考え方も時折悲惨な災害が起きることによってのみ多くの人が得られるものでしょう。
一時的成功体験の前例で20年以上ワンパターンで生き続けて来たサラリーマン経営者の没落も進化が止まった人間の末路と見ても良いのではなかろうか。


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しゃあ 

ある地方にウサギがいた。その地方の冬が 5年連続の大厳冬。もともと他のウサギより ちょっぴり毛の長いグループだけ生き残る。そんな事を何度か繰り返すと その地方のウサギは毛長ウサギへと進化する。毛の短いウサギは 寒さで全滅のはずですから。
こんなの アリですか?


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小橋昭彦

しゃあさん、まさにそれが進化(自然淘汰)の基本的な考え方です。

その考え方を「怒り」「愛情」など心理にも適用することが可能です。あるいは、「悪夢」を見る理由に。下記など参照ください。

http://www.zatsugaku.com/stories.php?story=04/01/22/1546353


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ななし

肺を例に挙げるのなら、「肺を獲得した魚が海に出戻った後、肺は浮き袋になった」ってのもありますね。
汗腺(アポクリン汗腺)が乳腺になりお乳がでる様になったってのも面白いかも…

自然現象・原理に、宗教的・教訓的意味を求めすぎるのはあまり健康的だといえないと私は考ええます。
合理的に物事を考える事と、隣人を愛する事・命を大切にする事は決して相対する物ではありません。


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ななし

上で例として挙げた汗腺について追記します。

汗腺自身も、元々は浸透圧調整の為に使われていた物の様で、海鳥とアヒルの塩類腺はその名残だそうです。

http://www.biol.s.u-tokyo.ac.jp/users/naibunpi/biopark/PMK-Ref/Evo-Sys-9611MKP.pdf


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しゃあ 

え0っと 小橋さん そうすると203年厳冬の年があると 毛の短いウサギは絶滅ですか?
進化とか自然淘汰ってもっと長い時間のハナシと 思ってました。


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小橋昭彦

あ、しゃあさん、そういう意味であれば、それはない気がします。「そんな事を何度か繰り返すと」と書かれていたので、地球史的時間での話かと勘違いしていました。

ただ、遺伝子の突然変異は突然に起こるのではありますけれども。


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りゅうけん

人間社会では身体的に適応できない人や生物も何とか適応できるようにしちゃったりしますよね。これはこれでいいのかな?
ただ、適応できない人も含めて、外見も内面もいろんな人がいるから万が一何かが起こっても、生き延びていける人がいるのかもしれないと常日頃思ってます。


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トド

進化というのは、少なくとも数100年以上の時を経た後の結果として認知できるものではないかと思います。自分が生きている間に「○○が××に進化した」と認識出来るような現象は殆どないと思うのです。進化ということを論ずるとき、我々がなかなか実感として理解出来ないことに進化が長い時間の経過を必要とすることと、もう一つ、進化の陰には「絶滅」という現実がある、ということがあるのではないかと思います。環境の変化に適応していくことが進化であるならば、適応出来なかった種の絶滅というのは適応種の数以上に多かったものと思えます。しかし、ここ数100年の間の「絶滅」の数は、適応種を残す時間的余裕さえないほどの多さのような気がしています。数千年後、殆どの生物種が存在しなくなった未来で「進化」という概念が意味を持っていられるでしょうか・・


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TypeB

はじめまして.いつも配信を楽しみにしている人の一人です.産声の話を聞いて人間の眼の話を思い出したのでコメントさせて頂きます.動物の中で白目があるのは人間だけですよね.これは外敵に視線の移動を悟られることを考える必要がないくらいに平和になり,むしろ白目を存在させることによって”相手を見ている”ということを表現するようになったからなんだそうです.コミュニケーション能力の低下している現代の人間は,もしかしたら徐々に白目部分が縮小していっているのかもしれませんね….


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ななし

「進化」は必ずしも長い年月が必要な物ではなく、1人の観察者がフィールドワークを続ける中でも確認できる様な物もある様です。

これは有名所の本ですが、やっぱり良い本なのでご紹介させていただきます。 m(_ _)m

フィンチの嘴?ガラパゴスで起きている種の変貌
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
ジョナサン ワイナー (著) Jonathan Weiner (原著) 樋口 広芳 (翻訳) 黒沢 令子 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150502609/


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小橋昭彦

フィンチのくちばしの話、面白いですよね。進化にかかる時間は、人間の時間ではなく、何世代かかったか、という視点で見るのがいいでしょうね。

フィンチのくちばしのように多様化するのもありですし、一方、選択される(絶滅がある)というトドさんの見方は忘れてはいけないと思っています。

で、人間だけは、実は遺伝子を人為的に操作できるわけで、別のところに書いたのですが、進化にかかる時間を早送りしたり飛ばしたりできるのです。そうしたことも考えなくてはと思っています。


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kiyoto

トドさんの言っている“数千年後、殆どの生物種が存在しなくなった未来で「進化」という概念が意味を持っていられるでしょうか・・”というのも、まだ私達(生物史的見地?)の観念じゃないでしょうか?仮に現在の全ての生物が死滅しても、地球はまた何百万年か掛けて初めからやり直すでしょう。全く別の生き物を産みながら。もっとも今ある高等な分子は残るでしょうから、私たちが知っている生物史より、ずっと早い時間でやり直せる気がしますが。
だから今の環境問題などは、私達の問題だと思うのです。地球史にはホンの一瞬にすぎないと思います。


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j.m

現在のバイオマス総量と大差がないなら後口動物の代表選手(人、ネコ、イヌ?)とこれのお供の原虫やら細菌とライバルのウイルスの代表数種がいればそれ程ツマラナイ世界ではないでしょう。
絶滅種保護の真意は感傷ではないでしょう。


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ゴルトムント

環境問題は完全に人為的であって、自然の生命を削って繁栄しようとする人類の利己的な行動だと思われます。「私達の問題」では済まされないことだと思います。


[…] This post was mentioned on Twitter by 小橋昭彦. 小橋昭彦 said: そういえば昔の拙作コラムでこの手の話をとりあげていました。 http://zatsugaku.com/?p=521 http://zatsugaku.com/?p=360 RT @sasazamani: 火の使用にも […]




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 クジラの祖先パキケタスは、今から5000万年ほど前に登場している。狼のような姿で、クジラとは似つかない。それでも祖先と考えられるのは、耳の構造が似ているからだ。クジラは、下あごで水中の超音波を受け取り、耳骨に伝える。いわゆる骨伝導と考えればいい。これはクジラ類だけの特徴で、パキケタスも、同じ仕組みを持っている。 もっとも、パキケタスが生きていたのは陸上だ。地面に下あごをつけ、地中を伝わる音を聞いていたと考えられている。身を伏せた視線の先には、テチス海の輝きがあったろうか。当時、インド亜大陸はアジア大陸にぶつかる直前。両大陸の間に広がっていた雄大な浅瀬をこう呼んでいる。そこには栄養源となる生物が豊富に棲んでいただろう。それが、パキケタスを海へ誘った。 その100万年ほど後には、アンブロケタスというワニに似た姿に、そしてさらに200万年から300万年後にはロドケタスという、水棲適応したと考えられる種に進化している。この段階での体長は3メートルほどで、脚も残っていた。今で言えばアシカのように陸上にもあがったと考えられている。身体が流線型になりクジラに似てくるのは、体長18メートルあったというバシロサウルスから。ただ、バシロサウルスにも、小さな後肢が残っている。役立ちそうに思えないのだけれど、交尾のガイドにしていたらしい。 クジラの後肢は、2700万年前のヒゲクジラでも形跡が認められており、あんがい最近まで残っていた。そういう意味では進化とは一直線に進むものではないのだけれど、驚くのは、パキケタスから水棲に適応したロドケタスまで、わずか400万年ほどしかかかっていないということ。人類もまた、同じくらいの期間を経てきたわけだけれど、さて、それはクジラと比べて有益な数百万年だったかと振り返りもする。

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