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ちょっと知的な雑学&トリビア

走り続ける

2005年1月04日 【コラム
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 人類の進化に、長距離走が役立ったという説がある。約200万年前の原人の化石は、足の長さが1.5倍になるなど、長距離の移動に向いた骨格になっている。これを詳しく調べたところ、原人には、走るときの衝撃に耐えられる特徴が揃っていたという。たとえば尻の大きさは歩くには必要なく、走るときにこそ役立つサイズなのだそうだ。
 確かに人類は、ぼくたち新人に至るまで、アフリカに生まれては世界に広がる「出アフリカ」を何度か繰り返している。想像よりも早くに各地に広がってもおり、その道中を走ったとまでは言わないけれど、遠くへ、遠くへという気持ちが進化の上で刻み込まれてはいそうだ。
 それにしてもなぜ、人類は長距離を走ったのか。アフリカのサバンナで、遠い地平線を見て旅に出たくなったといったロマンチックな理由ではないようだ。彼らが見ていたのは、青い地平線ではなく、その上を舞うハゲタカだったのではないかという。当時、人類は屍肉を食べて栄養を補っていたという見方がある。短距離走で劣っていた人類は、その場で闘うよりも、残り物をあさることで栄養価の高い食事をとる方が安全で効率的だったわけだ。そうなるとハイエナなどと競争しつつ、一刻も早く残り物のあるところにたどり着いた方が生き延びる。そうして人類は長距離に長けることになったのではないかと。
 走ることは、人類がバランス感覚を養ったりするのにも役立ったともいう。他の霊長類は長距離を走ることをしないので、走ることがヒトをヒトにしたと言えなくもない。もっとも、言語や長寿、脳のサイズなどにヒトの特徴を求める説も強い。米国では遺伝子操作によって通常のマウスの倍の距離を走ることができるマラソン・マウスが生まれ、また人間でも長距離選手に多いミトコンドリア遺伝子型が見つかった。ぼくたちは、走ることを、いつからしているのだろう。謎解きは、まだ始まったばかりだ。
 この一年も走り続けることになりそうです。本年もよろしくお願いいたします。

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10 comments to...
“走り続ける”
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小橋昭彦

まずは原著論文「Endurance running and the evolution of Homo(Nature 432 345 – 352 (18 November 2004))」ですが、「Daniel E. Lieberman」教授のサイトからダウンロードできます。Natureの解説記事「Distance running ” shaped human evolution” 」もどうぞ。記事としては「Evolution made humans marathon runners」も。

それからマラソンマウスですが、「Genetically Engineered “Marathon Mouse” Keeps on Running」が発表記事ですが、日本語で「NEDO 海外レポート 2004.9.22」の中の「走り続ける遺伝子操作された「マラソン・マウス」(米国)」にわかりやすいです。また人間の長距離走者のマラソン遺伝子(?)については「ミトコンドリア遺伝子と長寿」内に紹介されています。


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得津富男

1/6のメルマガで少し気になりましたので感想送ります。
「走る」ことがテーマでしたね、私には「走る=数量化を科学する」ノテーマのように思もえました、まもなく(1/27枚方市)親しい内科医の診療所で開かれている学習会で私が行っている心理療法による重度身体障害者、高齢者通所左折などでの美術指導の活動の内容を纏めて発表するように言われてまとめているのです、その過程で前の仕事柄(企業内研究者)からどうしても化学的、物理的(量子論)な説明で「世界は語れる」と確信していたのですがその過信で大学院で認知心理学を研究するうちに気がついて「数量化科学」の限界を感じていました。そこに「今回のまとめる機会」に私の心の中に登場したのが「記述する科学(ロマンチック科学)」という領域なのです。それも言い出したのは実はイタリアを中心に世界発信されて驚異を与えている
「認知神経運動療法」というリハビリテーションの新しい発想法でした。その学会誌など度を検索していて記述する科学という発想に過去の確信はもろくも崩れ去り「過信だった」と気付き「記述及び描画」という「具象化(=表象化)の世界」現実ににいたにもかかわらず、それに「最も注視していなかったのは私」だったという次第です。本HPでも関連して「長寿、高齢化」などのテーマにもに言及されるようですが、このテーマには非常に深い意味がありますがそれも実は記述という手間のかかる「臨床中心主義」(心理学が開いたロジャースによる相談者中心療法の視点)による方法に豊富な可能性が残されているように感じていますレポートが書けて必要でしたら遅れますが…、


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ななし

同じスキャベンジャーの話なのに、一時期流行った「ティラノサウルスは(速く)走れなかった」説と反対の話に持っていってる所が面白いですね。^^


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ウォッホ!

長距離を走る時、脳内モルヒネが生成され、長く走る
事で起こる体の苦痛は軽減され、逆に走り続ける事で
気持が高揚する事等をランナーズハイと言われており
ますが僕自身、数カ月前より本格的にランニングを始
めてみて、どうして走る事で気分が高揚し気持がいい
のか不思議でした。そしてそれは人間の根源に迫るよ
うな何かを感じずにいられないと考えてはいました
が、走る事と生き続ける事がこんなにも深く繋がって
いた事が今回のテーマで発見出来てとてもうれしいで
す。この事は今日のランニングから、新たな走力への
糧となります。


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しゃあ

今年も楽しみにしています。宜しくお願いします。

死肉を巧くゲットすること=速く走るは ちょっと説得は厳しいと思います。タイミングってのも有りそうなので。
走るって事より 長時間の移動に耐え得ると言う事ですか? 技術や文化の伝播って 結局はヒトの移動だろうから・・・。つまり ヒトに出会う為にこそ長時間移動をするのなら 「走る」は(ヒトのいそうにない)危険な砂漠や天敵多発地帯の突破が目的だったりして・・・。
そう思うと「蔓延する事」こそヒトのチカラなのかな0。
ななしさん 鋭いですね。ボクは気付かなかった。


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YY

新年の始まりにふさわしいメールですね。
 


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小橋昭彦

ななしさん、なるほど、そうか、ティラノサウルスの走力という話もありましたねぇ。

しゃあさん、いつもありがとうございます。おっしゃるとおり、速力ではなく、持久力が特徴ということです。なぜそうなのかは証拠が残りにくい分野なので、それぞれの学者さんの解釈しだいですね。今回の学説は、マラソン力を進化にまで結び付けている点で大胆というところかな。

得津さん、興味深いお話です。メールにてご連絡いただき、発表が終わった段階ででも、拝読させていただければ幸いです。akihiko@kobashi.ne.jpまで、お願いします。数量化といえば、観点は違いますが、以前まさにそのタイトルでコラムを書いたことがあります。

http://www.zatsugaku.com/stories.php?story=04/02/12/1066776


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yuda

いつも楽しく拝読させていただいております。
屍肉を得るために「長距離を走った」というのは、素直には納得できないと思ったので、コメントさせていただきます。単純に獲物を捕るために、早く走る必要があり、時には長距離を走る必要もあった、と考えるほうが素直ではないでしょうか。獲物の捕獲には、瞬発的なスピードが有効でしょうが、獲物を追い詰めるのに長距離を走る必要もあったと思います。
或いは、獲物を得た後、暗くならないうちに我が家に戻るために、長距離走をした、ということも考えられます。
正月早々、お腹を壊した身を考えると、屍肉を食べられるほど人類の消化器官が丈夫に出来ているとは考えられないのです。


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笠地蔵

アフリカの狩猟民たちは2日も3日も獲物を追いかけるという話を聞いたことがあります。物陰にあるいは草むらにと持久走の方が多かったのではないかなと思います。4本足にはとてもかなうとは思えませんから。豚でも本気で走れば追い着かないのです。
 私も胃は丈夫なのですが、腸はそんなに丈夫ではないので、死肉を食べたとは思えない(思いたくもない)のです。ヒトの手は石を握り硬いもの(骨)を砕くのに向いており、歯は骨を齧るのにも向いているという説があります。(私自身も、動物は食べるものどうやって手に入れどうやって食べたかに対して進化の方向を持っていると考えていますから。)骨を砕き、中の髄を啜ったのでしょうか。髄質はそこいら辺の栄養食品よりもずっと栄養価が高いという分析結果もあるようです。骨を齧ればカルシウムとたんぱく質も摂れますから。


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小橋昭彦

長距離を走った理由については、yudaさんや笠地蔵さんがおっしゃるように、獲物が疲れるまで追い続けたという見方もあります。ですからマラソン力と屍肉あさりは別かもしれません。

ただ、たとえそうであっても、屍肉を食べたかどうかは、また別の論点が必要になります。脳のように大量のエネルギーを必要とする器官を維持するには、高エネルギーの食事が必要で、それを得られる方法が屍肉あさり以外にあったかどうか、といった検討も必要になるんですね。笠地蔵さんのおっしゃっているような方向性もありえると思います(でも髄をすするためのもとは自分で倒したのではなく、やはり死体かな?)。




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 地元の財団法人から頼まれて、地域観光を考える研究会に手弁当で参加している。いまさら従来型の観光振興でもないので、いろいろ学びつつ悩んでもいるわけだけれど、それはまたいずれ書かせてもらうとして、今回は「八景」の話。おそらく、あなたの身近にもあるのではないだろうか。国立環境研究所の調査によれば、2001年7月時点で全国に400以上あるというから。 世界大百科事典によると、日本で初めての八景は近江八景だという。比良の暮雪、矢橋(やばせ)の帰帆、石山の秋月、勢田の夕照、三井の晩鐘、堅田の落雁、粟津の晴嵐、唐崎の夜雨がそれ。観光名所というより、画題として選ばれたものだ。 そのルーツは中国の瀟湘(しょうしょう)八景で、11世紀から12世紀頃に確立したもの。こちらは江天暮雪、遠浦帰帆、洞庭秋月、漁村夕照、煙寺晩鐘、平沙落雁、山市晴嵐、瀟湘夜雨だから、近江八景がそのまま画題をなぞっていることがわかる。現在全国にある八景のうちにも、たとえば東京の深川八景のように、木場の落雁や塩浜の秋月などとこの画題に添ったのもあるし、画題までは踏襲していないところもある。 そもそもなぜ「八」なのかも気にかかるけれど、こちらは聖数の起源もからんできて定かではない。中国では八卦などと言われもともと「八」が重んじられてきたし、日本でも「八百万」「八千代」など、八はめでたいものと考えられてきた。四方位の倍として「八」が尊ばれてきたともいわれるから、風景と「八景」は方位を軸に相性がよかったともいえる。 わがふるさとで八景による観光振興をしようというわけではない。八景について思いを馳せるにつけ、四季折々に添って心に響く風景を切り出そうとした姿勢に、現在の「名所」がなんだか薄っぺらにも感じ、背筋が伸びる思いがするのだ。観光とは、地域の生活と季節と自然、人の心を守り育てていくところにあると、研究会では言っている。

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 心理的時間を扱った『時間を作る、時間を生きる』を読んでいて、子どもの時間は出来事時間だという指摘が心に残った。チンという呼び鈴を最初と最後に鳴らして40秒を区切って聞かせる。被験者はその後、自分でキーを押して、それと同じと思う長さを再生する。この再生時間が、大人と子どもでは違う。 一般に再生時間は、子どもの方が短いことが知られている。松田文子氏による実験では、大人は平均38.1秒だったのに対し、小学1年生は29.0秒で区切ってしまったという。大人にとっての40秒が子どもにとっては30秒なわけで、心理的時間は年齢の逆数に比例するというジャネの法則の説明にもなるだろう。 さて、最初に40秒を体験してもらうとき、沈黙ではなく完結した童話を聞いてもらうとどうか。時間の経過への注意が減少するから、40秒を短く感じる。再生時間は、大人で32.9秒、小学1年生で18.0秒と沈黙条件より短くなる。そしてこの数字からわかるように、この効果は大人より子どもにおいて、より大きいのだ。大人は時計時間に引き戻される様子だけれど、子どもは出来事に左右されやすい。つまり出来事時間に生きていると。 大人は時計に支配されて悲しいね、と締めくくればスマートだが、そう感じることを不思議に思わないでもない。それというのも、そもそもぼくたちが時計時間を意識し始めたのは新しい時代のことで、近代日本の時間意識形成を追った『遅刻の誕生』に、大正九(1920)年に東京教育博物館で開催された「時」博覧会や同時期の「時の記念日」の制定など、時間意識は大正期に庶民への浸透が図られたと指摘されている。 こうした流れからすると、時計時間の浸透は「進歩」であっていいはずなのに、人々はむしろそれを悲しんでいる。あるいは大正期からずっとぼくたちは、時間意識とは押し付けられるもので、自分たちを支配する道具であると、どこかで感じ続けていたのかもしれない。

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