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ちょっと知的な雑学&トリビア

ジャンクの風景

2004年3月25日 【コラム
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 クローンという言葉を、ぼくたちはそっくりという日常語としてしばしば使う。でも、たとえば猫のクローンは親と同じ模様になるわけではない。生命は、設計図である「遺伝子」だけでは決まらないのだ。遺伝子とは、狭義には、DNAのうち、たんぱく質のアミノ酸配列情報を記したものを指す。ところが、ヒトの染色体DNAの98%以上は、たんぱく質情報を持たない、ジャンクDNAが占めている。
 生命を設計しないからくずと呼ばれてきたわけだけれど、同じ遺伝子の猫の模様が違うなら、これらジャンクとされてきた部分にも、たいせつな情報があるのではないか。そんなことが最近わかってきて、遺伝子外のという意味の「エピジェネティック」な要素が注目されてきているという。たとえばシロイヌナズナの葉の形は、マイクロRNAの作用を妨害するだけで、違う形になる。
 ただ、遺伝子を受け継いだ子孫が、おおむね似てくるのは事実。その理由を説明するのに、英国の遺伝学者が「エピジェネティック・ランドスケープ」という概念を提唱していて、おもしろい。谷間を転がるボールを思い描いてほしい。谷間を右へ、左へ揺れるけれど、おおむね谷に沿って転がり落ちていく。ところが、ある地点でたまたま尾根の分かれ目があると、それまでの揺れに応じて左右どちらかに分かれ、それ以降はまったく違う谷間を転がることになる。そのようにして、ふだんは遺伝子情報に添っておおむね同じ形をとりながら、あるとききっぱり分かれてしまう、それがエピジェネティックの特徴だと。
 この概念は、生物の表現型の変化が不連続で、中間的なものがないこととも符合している。多少のことでは変わらないこれど、変わるときには大きく変わってしまう。ふと、それって人間関係でもいえるなあ、と思う。ふだんはジャンク程度の揺れと無視しているのに、あるとき気づいたら、まったく違う二人がいる。ほんの小さな出来事でも、振り返れば大きな意味があって。

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6 comments to...
“ジャンクの風景”
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小橋昭彦

猫の模様についてはかつてのコラム「動物の模様」のコメントにつけている参照先をご覧ください。エピジェネティックについては、「エピジェネティック・がん研究の必要性」などを参照すれば論文数がまとめられていますが、いま、注目度が高まっているって感じですね。


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cozy

はじめまして。つい先日登録して、初めてメールを送っていただきました。

「エピジェネティック・ランドスケープ」と言う言葉は初めて聞きましたが、高校の化学の授業で似たような話を聞いた気がします。
化学反応が始まるには山を越えるエネルギーが必要で、頂上を過ぎるとエネルギーを放出しながら反応が進む、みたいな。あれ、書いてみるとちょっと違いますね。

これってとっても現実との対応が良い説明ですけど、「なんでそうなの?」と考えてみると、良く分からなくなりますね。山とか谷って本当は何なの?とか。

でも、おかげでお昼休みにのんびりと考えを巡らすことが出来ました。これからの配信も楽しみです。ありがとうございました。


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小橋昭彦

cozyさん、ありがとうございます。

今日のはちょっと難しい内容だろうなあ、と思いつつ書いていました。今後ともよろしくお願いします。


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ケノ

マイクロRNAって何ですか?
初めて聞く言葉なので分りませんでした。


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小橋昭彦

ケノさん、ごめんなさい、説明するとますますややこしくなるので、コラムでは削りました。DNAではない要素と書こうとも思ったのですが、妙なところで正確性にこだわってしまって。

たとえば下記などの説明では「マイクロRNA(miRNA)は約22塩基からなる制御性RNAで、植物や動物において豊富に認められる。」とあります。

http://medical.tanabe.co.jp/public/science/2004_1_2/sci_jsumm.shtml

DNAではなく(それを転写するだけの役割と思われていた)RNAだけで成り立つ世界というのはいま注目されていて、その発見者はノーベル賞確実とも言われているとか。


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単細胞

初めまして・・このサイトは、はじめはタイピングの
練習に使わせて貰っていました。雑学の配送してもらいイロイロなことを知る機会に恵まれ、大きな海に
乗り出した気分です。今回のDNAの知識も私の脳に刺激を、与えてくれました。知ると識るでは大違いですね
判らない言葉が沢山あって言葉と格闘するのも楽しくなりました。




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 ペットボトルを風呂場に持ち込んだ長男が、蓋をして湯船に押し込む。手を離すと一気に水面上へ。「ロケットみたい、なんで」尋ねるので、中に空気が入っているからと答える。しかしそれは、誤解を招く表現かもしれない。空気に上に向かう力があるわけではない。 浮力は重力があってこそ成り立つ。無重力の宇宙船内でヘリウムガス風船を作っても浮かばない。1リットルのペットボトルを水に入れると、1リットル分の水が押しのけられる。水は1リットルで1キログラムなので、ペットボトル全体の重さが1キロより重ければ沈むし、軽ければ浮かぶ。それだけのこと。水面上に飛び出たペットボトルは、1リットル分の空気を押しのける、その体積分の空気よりペットボトルは重いので、それ以上は浮かばない。魚が浮き袋を膨らませると浮くのは、膨らむことで体積を増やし、結果的に体積あたりの重さを水より軽くしているわけだ。 さて、浮力は対流を生む。温められた水が上昇し、代わって冷たい水が底に沈むことで、風呂釜に渦をつくる。風呂だけじゃなく湯呑みから大気まで、対流は地球上のさまざまな場面にみられる。宇宙船内では対流が起こらないので、ろうそくの炎は上に伸びず消える。 脳の形を作ったのも熱の対流だという説がある。脳科学の中田力博士がコンピュータで対流をシミュレーションしたところ、実際の脳の形とほとんど同じになったという。宇宙船で生まれた子に脳が形作られないことはたぶんないだろうけれど、進化と形について考えさせられる理論だ。 アルキメデスの原理を学んだのは中学生時代だった。なのに日常では、浮力とは浮かぶ力を内在しているように感じていたことにあらためて気づく。ぼくが地上に立っているのも、自分が体積分押しのけた空気より重いからに過ぎない。そうやって、まわりとの関係の中で自然に、地上にある。そのことを、あらためて見つめなおしている。

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 チンパンジーとヒトは、DNAレベルではほとんど違わない。進化するというと何か新しいことが加わったと考えがちだけれど、むしろDNAが失われたことこそ、ヒトへのきっかけとなったのではないかという説も有力だ。その観点から注目されるのが、米ペンシルベニア大などの研究チームの発表。 それによると、現代人への進化は、MYH16と名づけられた遺伝子に起きた突然変異がきっかけだったのではないかという。アフリカや南米、日本など、世界各国のヒトを調べたところ、共通してこの遺伝子が壊れて機能しなくなっていた。一方、チンパンジーなどヒト以外の七種の霊長類では、MYH16は正常に機能していた。この変異がいつ頃起きたかを調べると、およそ240万年前。現代人に近い特徴を持ったホモエレクトスが出現する少し前と、時期的に一致する。 この遺伝子MYH16は、あごの筋肉の形成に重要な役割を果たしているという。つまりヒトは、MYH16が壊れたことでアゴの筋肉が退化、かわって頭蓋骨が大きくなり、脳をおさめる空間が出来て、今のように知性を発達させたのだと。 何かを失うことで、別の可能性が生まれる。このことを、ぼくたちはつい忘れがちになる。進化とはそういうものではないのでこうした仮定には意味がないのだけれど、仮に240万年前、アゴの筋肉を失うかどうかという選択をしなくてはいけなかったら、どちらを選んだかと思う。アゴが弱くなることは、食べるという生存の基本行為で弱点を持つことになる。その選択を、しただろうかと。 この論文は、発表号の科学誌のカバーストーリーになっていて、見出しには「脳対筋肉」とあった。英語ならbrain対brawnとごろがいい。240万年前、ヒトはbrainを選択し、現代に至る道筋を得た。いま、世界はどうだろう。240万年前と違ってbrawnに頼ることが多いような、そんな気がしないでもない。

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