小橋 昭彦 2003年10月16日

不快な感覚性・情動性の体験であり、組織損傷を伴うものと、損傷があるように表現されるものがある。

国際疼痛学会は痛みをそう定義する。痛みはぼくたちを危険から遠ざけ、患部を知るのに欠かせないが、必ずしも身体が傷ついたときにだけ感じるわけではない。

痛みを言葉にするかどうかは文化や経験による差も大きい。病床にあった祖母が、看護士さんたちから「痛いはずなのに愚痴をこぼさない」と感心されていたのを思い出す。あれは痛みを耐えていたのか、あるいは辛い出来事の多かっただろう人生と比べれば、肉体の現象など何ほどのこともなかったのか。

そんなことを考えたのは、最新の研究によれば、たとえば仲間はずれにされたとき、脳は身体的に苦痛を受けたときと同じような反応をすることがわかったというから。心痛とは、まさに傷つくことであったのだ。

物質的な面でいえば、痛みを耐えるにはGIRK2というタンパク質が関係していることがわかっている。GIRK2を無くしたマウスは痛みに弱くなるし、モルヒネなど痛みを緩和する薬品にGIRK2を活性化するはたらきがあることもわかっている。このGIRK2、男に多いことから、男の方が痛みに強いのはここに一因があるのではともいう。ちなみに、バラやアーモンドなどの甘い香りが痛みへの耐性を高めることも実験で示されたが、こちらは効き目があるのが女性だけ。

メルザックらによる、ゲート・コントロール理論というのがある。脊髄に、痛みを伝えるゲートがあると仮定する説だ。門を通れる感覚の量は限られているから、痛みを感じているときに他の感覚がゲートに並べば、痛みを少々絞って、そちらの感覚を通すことになる。「痛い痛いのとんでいけ」と皮膚をさすることの効果を裏付ける理論だ。

祖母のゲートはどうなっていたろうか。今となっては確かめようがないが、家族の思いが、痛みが門を通るのを絞っていたと信じたい。

13 thoughts on “痛いの痛いのとんでいけ

  1. まずは愛知医科大の「痛み学」が参考になります。文中で紹介した心痛と身体的痛みの実験ですが、「Naomi Eisenberger」らによるもので、サイトから論文「Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion」の抜刷がダウンロードできます。また、GIRK2に関する研究では、「Allan Basbaum」によるマウス実験についてが「Contribution of GIRK2」でまとめられています。モルフィネなどがGIRK2を活性化させることは、「Harris Lab」によるもので、論文「A pervasive mechanism for analgesia: activation of GIRK2 channels」がダウンロードできます。匂いが痛みを和らげることは、Serge MarchandとPierre Arsenaultによる「Odors modulate pain perception: a gender-specific effect.」で発表されていますが、「Sweet smells banish pain」で読むとわかりやすい。で、あと「Partners can make chronic pain worse」なんて記事も気にかかるけど、コラムでは触れられませんでした。なお、2001年からの10年をアメリカ議会では「Decade of Pain Control and Research」としているそうですね。「American Pain Society」などもご参照ください。その他、日本語の文献では「痛みの文化人類学」「痛みの世界史」をどうぞ。

  2. 87歳の母が骨折入院し昨日手術をしました。
    今日あたりからリハビリもあるし痛いのではないかと
    思っていました。どうしようと思っていました。
    心を込めて接してあげようと思います。この記事を今読めてよかったです。有難うございました。

  3. 痛みって色々ありますけど、「仲間はずれにされた時、身体的痛みと同じ反応をする」というのは面白かったです。
    ここでひとつ気になることがあるのですが、
    「陣痛や女性の感じる性感を男性が同じように感じたら、失神したり死んでしまう」というのを聞いたとこがあります。上で述べたように、男性の方が痛みに強いはずなのに、どうしてでしょうか?

  4. donkunさん、ありがとうございます。

    はい、一般的にはそう信じられていますが、生理的にはそうじゃないということです。心理的にはわかりませんね。こればかりは実際に実験できないのでわかりませんけれども、もしほんとうに男性がみごもるようになれば、耐えられるかもしれません。

    要は、女性にそれだけの負担をかけているということを男性はもっと認めておかなきゃ、という意味で読みとればいいのかなと考えています。

  5. 妊娠中は内因性オピオイド濃度が上昇しており、それが痛みの抑制に働いているのではないでしょうか。痛みの性差はGIRK2だけで説明できないと思います。

    魚以下の生物には侵害受容器が存在しないので、痛みは感じないとされているようです。しかし、今年、魚の侵害受容器発見が報告されました。

  6. 「看護士」→「看護師」です。すんません。揚げ足のつもりではないです・・・

  7. junさんありがとうございます。ほんとですね。失礼しました、訂正いたします。

  8. 痛みに弱い73歳の女性です。どう言うわけか96歳で亡くなった母から娘、孫主人はもとより痛みに強く「痛いはずだが?」とお医者様に不思議がられます。何故か私は痛みに極端に弱く困っています。体質遺伝がありますでしょうか?これからのち年を取って痛むことが多くなりますでしょうから何か鍛える方法があればいいのですが・・・・

  9. 医療に関るものですが、いろいろ憶測がありますがオピオイドや他の因子を統括的に考えてみてやはり痛みは男性が弱いようです。周りの医師が言うには男性が痛みが弱い為にGIRK2が多く作られるようです。

  10. 私も男性の方が痛みに弱いと聞いたことがあります。
    しかし、男性の方がGIRK2が多く作られる、というのは興味深いですね。男性のほうが寿命が短いのも、ここらへんが関わっているのかもしれませんね。

  11. kozyさん、ありがとうございます。なるほど、むしろGIRK2は結果であるというとらえ方ですね。

    それでふと思ったのですが、そもそも痛みに「強い」「弱い」という表現には2種類の解釈がありますね。痛みへの感受性レベルでの話と、感じたあとの耐性と。そのあたりも含めて考えなくてはいけませんね。もう少し調べてみます。

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