ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

動物の模様

2003年10月06日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 寺田寅彦記念館から高知県立文学館に移動、記念室を訪れる。腰をおろして見たのは、彼が行った実験を再現した数分間のフィルム。なかで、生物の模様をとりあげた巻が心に残った。飼い猫の模様を弟子に写させ、胚分割の割れ方と比較、模様はそこに由来しているのではとし、さらに研究室前のコンクリートの割れ目との類似も指摘している。この視点は弟子の平田森三に受け継がれ、キリンのまだらは皮膚の割れ目という仮説になった。
 寺田寅彦が没して約20年、数学者アラン・チューリングが反応拡散系という説を提出する。化学反応によって安定的な繰り返し構造を作ることができることから、生物の模様も何らかの波ではないかと考えたのだ。そして1995年、日本の研究者によってゼブラフィッシュの模様が反応拡散系のシミュレーションに一致することが見出される。色素をコントロールする化学物質が、縞模様を描きながら拡散した結果ではないかと。
 トラ柄のシマウマがいないように、模様を決めるにあたっては遺伝子の役割もあるには違いない。ただ、たとえば2002年にはじめて生まれた猫のクローンは、性格だけではなく、模様もまったく違っていた。細かい模様まで遺伝子情報で決まっているわけではないのだ。遺伝子は、化学反応式でいう反応係数に影響を与えていると考えればいいという。
 寅彦の時代、生命科学に物理学を持ち込むのは冒険だった。平田森三の説は今では否定されている。それでも、皮膚の模様が化学反応で説明できることを知ったら、彼らはどう思うだろう。見過ごしがちな日常に科学をみた寅彦の眼。彼には、この世のすべてが科学の織り模様だったろうか。そんなことを思いつつ、文学館を出る。高知城天守閣の方角から生バンドの演奏が風に乗って聞こえてきた。それもまた音の波。大通りは日曜市でにぎわう。光の波のなかを、音の波がたゆたっている。ぼくは波間に身体を滑りこませる。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

2 comments to...
“動物の模様”
Avatar
小橋昭彦

まずは高知県立文学館の「寺田寅彦記念室」案内へ。「私設・寺田寅彦ホームページ」もどうぞ。「科学96年10月号」あらすじも便利。反応拡散系については以前のコラム「自然のいたずら」もあわせてお読みください。ちょっと専門的ですが、「BZ反応について」もご参考に。生物の模様との関係については、「Pattern of life」、日本語では、「シマウマの縞模様はどこからやってくる?」の解説がていねい。クローン猫の模様が違うということ、「Texas A&M Clones First Cat」で自分の眼でご確認ください。さて、反応拡散系でゼブラフィッシュの実験をしたのは「近藤滋」氏で、「動物の模様をつくる化学反応の波」あるいは取材記事「想像力と戦略と」に詳しいです。


Avatar
鈴木堯士

高知で寺田寅彦に関連する施設を見学されたレポートを楽しく読みました。
昨年11月に、拙著「寺田寅彦の地球観”忘れてはならない科学者”」(300ぺージ・高知新聞社発刊)を出版しました。あまり知られていない寅彦の科学論文を分かり易く解説し、寅彦の偉大さ・先見性を論文内容に基づいて執筆しております。寅彦ファンである貴方なら気に入ってもらえる本だと確信しています。(定価2000円)。
                  鈴木 堯士




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 20年あまり前。科学者カール・セーガンが進行役となった『COSMOS』というテレビ番組があった。印象深い番組だったが、ミラー”ユーリー反応を紹介したシーンが今も記憶に残る。稲妻が光る原始地球を再現した実験で、原始スープと呼ばれる、アンモニアやメタンからなる混合気体をつめたガラス瓶の中で、火花を放電する。と、アミノ酸を含むさまざまな有機化合物が生成される。生命は化学進化から発生したという、オパーリンによる説を裏付けたのだった。 オリジナルの実験から半世紀。原始スープの中身は一酸化炭素や窒素が加えられるなど見直しが進んだ。生命の基本である炭素が隕石によってもたらされたと考えられるようにもなった。今では稲妻ではなく宇宙線をあてている。発生する有機物はずいぶん複雑になったが、生命にはまだ遠い。当時大学院生だったミラー博士は、今も実験を続けている。 現在、生命の誕生はマグマで温められた海水の湧き出る、海底熱水孔の周辺で起こったと考えられている。原始スープで生成されたアミノ酸が熱水によって反応を促進される。分子がつながり、周辺の冷水中で分解することなく安定する。こうしたサイクルが数億年続き、やがてたんぱく質となり、生命になったのではと。 生命の起源については諸説あるけれど、ひとつ、確かなことがある。それは、ぼくたちヒトが、間違いなくこの原始生命に由来していること。ヒトだけじゃない、ゾウリムシもカエルも、杉の木もシダも、すべて。『COSMOS』を見た当時は、明日にも生命の発生が再現されるかと期待したけれど、それはずっとずっと奇跡に近い出来事だった。生命は、たった一度だけ発生したのだ。 今後、実験室で生命が生み出されることがあれば、生命40億年の歴史ではじめて出会う、まったく違う系統の生命ということになる。ぼくたちは、そして地上すべての命はそのとき、同じ原点を持つ仲間として、彼らにむかうことになるのだ。

前の記事

 どうした会話の流れだったか、5歳の息子が「ぼくも泣くことあるで」と言う。どんなときと尋ねると、「お父さんがこわいこと言うたとき」「ふんふん」「それからな、うれしいときも泣くで」。小さなうちから嬉し涙を知ってるんだな。人情の機微が誘うちょっと高級な涙と思っていたけれど。 涙はなぜ流れるのだろう。そんなことをぼんやり考えていた。涙には3種類ある。ひとつは毎日150から300グラム流している、眼を守るための基礎的な涙。もうひとつは、タマネギをむくと出るような反射性の涙。タマネギの涙は化合物が誘うものだが、さいきんではそれをつくる酵素が発見され、味がよく涙の出ないタマネギが作られる見通しになったという。加えて、ぼくたちに特徴的な涙として、感情による涙がある。 ウィリアム・フレイがタマネギによる涙と映画による涙を比較、成分の違いを測定している。それによると、感情によって流された涙は、ストレスに関係する副腎皮質刺激ホルモンを多く含んでいた。涙を流すと心まですっきりするのは、こうした事情もあるらしい。もっとも、大泣きになればあふれる涙は涙小管から鼻涙管を通って鼻腔へと流れ、鼻から出ていく。それをすすって体内に戻す人も多く、ストレスホルモンの除去方法としては少々効率が悪いけれど。 感情の涙はプロラクチンの値も高い。母乳を出させる女性ホルモンであることから、フレイは女性が泣きやすい理由をここに求めているが、リラクセーション法を知っている女性ではプロラクチン値も低くなるので、そう単純なものでもないらしい。 ある種のうつ病患者や、深刻な育児放棄を受けた子どもは、涙を流さないという。涙の持つ、人に訴える力が信じられないほど傷ついて。赤ちゃんが親の抱擁を求めて泣くように、涙は人を信じるメッセージ。泣くことを、恥じることはない。

次の記事