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ちょっと知的な雑学&トリビア

あくびがうつる

2003年9月29日 【コラム
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 このコラムの下調べをしつつ、何度もあくびをしてしまったことを白状する。眠る前だった昨夜はともかく、今朝はさわやか、窓も全開。あくびは集中力がない証拠、酸素不足が原因なんていう説はどうも疑わしい。事実、空気の状態を変えて行った実験によると、部屋の中の酸素濃度とあくびのしやすさは関係がないという。とするとあくびが伝染することを、部屋の空気をもとには説明できない。
 ビデオであくびを見た人の4割から6割がその後にあくびをしたという結果もある。映像からもうつるというのがおもしろいところだが、さらにひとつ、確かめてほしいことがある。あくびの真似をしてほしいのだ。ただ大きく口をあけるだけではない、喉の奥まで開くつもりで、鼻の上をしわくちゃにして、目が隠れるほどに。ほら、真似だけのつもりが、ほんとのあくびになったのではないか。
 米国のスティーブン・パルテック教授が、あくびがうつりやすい人とそうでない人の心理特性を比較している。その結果、あくびがうつりやすい人は、他人に感情移入しやすい性格だったという。そういえばミラーニューロンといって、他人の動きを見たり真似たりしただけで、実際に自分が動くときのように脳が活性化するという研究成果がある。他人のあくびをみて脳がそれをたどると考えれば、先ほどの真似あくびと同じように、思い入れ深く再現できる人ほど、本当のあくびになるといえそうだ。
 進化という視点からは、あくびの伝染しやすい集団は協調性があるといえることが注目される。だれかがあくびをする、それにつられて別のだれかもあくびをする、と誰かが「そろそろ休もう」と言う。休憩時間を合わせ、ともに活動した集団の方が、競争を勝ち抜くのに有利だったのではないかと。
 そんなわけだから、もしこの小文を読んであくびが出た人がいたなら、ぼくは悲しむより、心強くとらえたいと思うのだ。世の中から思いやりが薄れていない証拠として。

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13 comments to...
“あくびがうつる”
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小橋昭彦

文中に紹介している「Steven M. Platek」による論文は、「Contagious yawning: the role of self-awareness and mental state attribution(Cognitive Brain Research 17 223-227)」での発表で、「yawning.info」に抜粋が掲載されています。また、進化との関係は「Ronald Baenninger」が唱えています。日本語による論文解説が「あくびは親切な人にうつる」にあります。


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小橋昭彦

ごめんなさい、

>あくびは集中力がない証拠、酸素不足が原因なんていう説はどうも疑わしい

ここ誤解を招きやすい表現でした。「あくびは集中力がない証拠だとか、酸素不足が原因なんていう説はどうも疑わしい」とお読みください。あくびは集中力がない証拠だといっているわけではありません。


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よう

最後の3行を読む直前にあくびが出てしまい
少しの涙目で残りを読んで苦笑してしまいました。
(^^)

あくび・・平和の証だなあ
と思っています。


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yu-ji

題名を見て興味津々だったので 今日はいつもにも増して集中して読んだのに やっぱりあくびは出ましたよ(^^;

ちなみに昔々、授業中にあくびをすると先生にしかられると思って、「もっと授業に集中して知識を吸収する為に 脳が酸素を必要としたんです!」なんて言い訳を用意してました。


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mohyo

私は出ないだろうと思っていたら大あくびをしてしまいました。


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イトー

感情移入というのはオトナのレベルのことでしょうか.あくびの”意味”を知っている大人はそうかも知れませんが、子供はどうなんでしょう.ウチの2歳になりたての双子(♂×2)で考えてみると、単に自分が眠いときにそれぞれあくびをして、していないほうは相方のあくびを見て笑ったりしていたような気がします.あくびが何を示すか知らないからでしょうか?あくびが眠さを示すとわかった時点でうつるようになるのか…?そうなるとあくびって先天的な生理的側面と後天的な精神的側面を持つということがより鮮明になってきます.今度じっくり観察してみますね.少なくともワタシには思いっきりうつりそう…


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小橋昭彦

イトーさん、よいポイントをご指摘いただき、ぼく自身も考えさせられました。

単純な感情移入として考えると、あくびの「意味」を知っているかどうかは重要そうですね。一方、ミラーニューロン的な考え方で行くと、意味を知らなくても真似するだけでいいので、また話は違うかもしれない。

ちなみに、ちょいとややこしい話になりますが、心理学的には、「眠いと認知するからあくびする」のか「あくびするから眠いと認知する」のかは議論のわかれるところでもあります。とすると「意味」はどの部分で介在するのか……。あ、ややこしくってあくびが出ちゃいますね。


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相良無意味

個人的な感覚では、あくびは噛み殺すより出しきってしまうほうが、眠気が(吐き出されて?)弱まるような気がするのですが、気のせいでしょうね(^^;

今回のコラムを読んで思い出したのは、「キツネ憑き」とか「前世」が記憶の再構成で作られるという話です。
ひょっとしたら同じ現象のミニチュアなのかも知れません。
……思いっきり外してる気もしますが。
いずれにせよ、オカルト研究とあくびを結びつけたのは私が初めてではないでしょうか(^^)

ちなみに、あくびが「出た」かどうかは、読みきった時点で忘れましたが、今もあくびをしてしまった事を白状いたします。


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未来の科学者?

心理学的には説明できませんけど、あくびって、脳内酸素の欠如によっておこるもの、ときいたことがあります。部屋の酸素濃度とはあまり関係ないかと。

頭を使った後、運動してリラックスした後などには、脳への酸素補給が必要なため、あくびで普段よりも多く取り入れるように人間の体は出来ているとか?

実際のところ、どうなんでしょうね。


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yasuda

あくびは自発的にするものではないので肉体が何等に反応した結果であると思う。だけどあくびの真似をして本当のあくびをしてしまうのは面白い肉体の反応ですね。

このメールマガジンはウェッブデザイニング10月号の記事で見つけました。
なんと小橋さん、あなたは私と同郷ではないですか?
ご活躍今後も見守りたいと思います。
頑張ってください。


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tak

以前、ウチのサイトに書いたコラムをコピペしちゃいmす。

ウチの娘は、テレビの画面のキムタクがアクビをするのを見て、ちゃんと自分にもうつったそうだ。自慢になることかどうか知らないが。

「すごいでしょ。キムタクのアクビが、時空を超えてうつったんだよ!」
「そりゃ、確かに凄いことかもしれん」
「お父さんは、誰のアクビがうつりたい?」
「うーむ、藤原紀香のアクビがいいな」
「だめだよ、藤原紀香はテレビカメラの前で、アクビなんかしないよ」

うーむ、そうかもしれん。

「それじゃあ、こいつのアクビだけはうつりたくないという奴はいるか?」

全員一致で、金正日のアクビだけはうつりたくないということに落ち着いたのであった。


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jupiter

みなさん、はじめまして。
このコラムを読んで思ったのですが、
咳を誰かがすると、別の人達がどんどん続いて咳を
するって事が良くありますよね。
それってやっぱり、ミラーニューロンの働きなのでしょうか?

あと、小橋昭彦さん、いつもいいコラムをありがとうございます。これからも頑張って書いて下さい。


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まみ

私は小学校時代から 集中力はなくて、ソフトボールの大事な試合中も 守備につきながら 大きなあくびをしたりして 母親は恥ずかしかったとか・・・言われます。今は28歳ですが 大人になっても 人より明らかにあくびが多いのです。どんなに寝ても 午後は意識がなくなりそうなほど眠くなるし。接客業なのに・・・本当に悩みです。あくびを抑えることはできないのでしょうか?
ちなみに、カフェイン錠剤でも全く効果はなかったです。誰か教えてください。




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 なぜ、ぼくたちは二足で歩くのだろう。手を大地から離し、直立したきっかけは何だったのか。二足歩行はヒトを定義する重要な要素だけれど、この根本的な問いに対して、いまだ定まった説明はない。 大地溝ができて東側がサバンナになり、ヒトを森から切り離し直立させたというイーストサイド物語は、東側以外からの化石発見で揺らいでいる。草原に要因を求める説には、ほかに森の端から草原へ死肉をあさりに行くときに直立したとする説、遠くの敵を見つけるために視線を高くしたという説、立つことで熱い地表から大脳を離してクールダウンしたという説などがある。 食行動に注目した説では、チンパンジーが木の実をとるときに立つように、初期のヒトも立って頭上の枝に手を伸ばしたとする説や、小さな木の実などの食料をえり分けるときに手が必要だったという説がある。日本の島泰三博士は、手と口が連合して進化してきたとして、初期のヒトは骨髄を食べており、骨を割る石を持ち運ぶために二足歩行したとする新説を唱えている。 まったく違った視点としては、人類は一時水辺で進化し、子どもを抱えるなどして水中を歩くために直立したとするアクア説がある。このところ有力なのはオーウェン・ラブジョイ博士による繁殖戦略仮説だろうか。両手でたくさんの食料を持ち帰れるオスがいた夫婦の方が子孫を残すのに有利だった、だから二足歩行にむいた骨盤を持つ子孫が生き残ってきたという説。 いま最古のヒトの足跡化石として知られるのは、約360万年前のアウストラロピテクスのもの。現代人を含むホモ属として最古といえば、イタリアで見つかった足跡が知られている。滑りやすい斜面についた3本の歩行跡。途中で急斜面を迂回したり、足を滑らせて手をついた跡もある。はじまりはともあれ、こうしてぼくたちは、ずっと迷ったりこけたりもしつつ、現代まで歩いてきたのだ。

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 20年あまり前。科学者カール・セーガンが進行役となった『COSMOS』というテレビ番組があった。印象深い番組だったが、ミラー”ユーリー反応を紹介したシーンが今も記憶に残る。稲妻が光る原始地球を再現した実験で、原始スープと呼ばれる、アンモニアやメタンからなる混合気体をつめたガラス瓶の中で、火花を放電する。と、アミノ酸を含むさまざまな有機化合物が生成される。生命は化学進化から発生したという、オパーリンによる説を裏付けたのだった。 オリジナルの実験から半世紀。原始スープの中身は一酸化炭素や窒素が加えられるなど見直しが進んだ。生命の基本である炭素が隕石によってもたらされたと考えられるようにもなった。今では稲妻ではなく宇宙線をあてている。発生する有機物はずいぶん複雑になったが、生命にはまだ遠い。当時大学院生だったミラー博士は、今も実験を続けている。 現在、生命の誕生はマグマで温められた海水の湧き出る、海底熱水孔の周辺で起こったと考えられている。原始スープで生成されたアミノ酸が熱水によって反応を促進される。分子がつながり、周辺の冷水中で分解することなく安定する。こうしたサイクルが数億年続き、やがてたんぱく質となり、生命になったのではと。 生命の起源については諸説あるけれど、ひとつ、確かなことがある。それは、ぼくたちヒトが、間違いなくこの原始生命に由来していること。ヒトだけじゃない、ゾウリムシもカエルも、杉の木もシダも、すべて。『COSMOS』を見た当時は、明日にも生命の発生が再現されるかと期待したけれど、それはずっとずっと奇跡に近い出来事だった。生命は、たった一度だけ発生したのだ。 今後、実験室で生命が生み出されることがあれば、生命40億年の歴史ではじめて出会う、まったく違う系統の生命ということになる。ぼくたちは、そして地上すべての命はそのとき、同じ原点を持つ仲間として、彼らにむかうことになるのだ。

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