ヤマアラシのジレンマという寓話がある。寒さに震えるヤマアラシのカップル。暖をとろうと抱きあうと、棘で相手を傷つける。といって離れると寒い。ショーペンハウアーによるこの寓話を利用して、精神分析医べラックはヤマアラシ指数なるものを考案している。刺激の数にその強度と持続時間を掛ける。友人が5人いて平均週3回会っていてそれぞれ80分くらい一緒にいるなら、1200。同じ指数でも、持続の短い表面的なつき合いが多い人もいれば、友人が少なくてもじっくり会っている人もいる。
棘の長さにもいろいろあるのだろう、他人ととる距離も、人によって違う。これを4種に一般化したのが、エドワード・ホールだ。いわく45センチまでの密接距離、120センチまでの個体距離、さらに3.6メートルまでの社会距離、それ以上の公衆距離。密接距離は親密じゃないと保てないし、個体距離のうち75センチまでの近接相内で男女が並んでいると、夫婦か恋人に見える。社会距離はパーティ会場やビジネス上の会話で利用される。
米国での実験では、見知らぬ人に頼みごとをする場合は、40センチの距離から熱心に頼むのがもっとも効果的だったという。ただし熱心さが伝わらなければ最悪の結果になる距離でもある。膝詰め談判がいつも効果的とは限らないわけだ。
日本でもユニークな実験が行われている。女子学生に男子学生へのインタビューをしてもらうものだが、最初に男子学生が映ったビデオを見せて好感度を尋ねている。その結果、好感が持てる人とは平均181センチメートル、好きになれない人物とは154センチメートルの距離をとってインタビューしたという。好きな相手の場合の方が離れていた。なれなれしく思われないようにという配慮か。ヤマアラシのジレンマ以上に微妙な気持ちが隠れているようでもある。人との間と書いて人間。この「間」が、なんとも味わい深い。
パーソナル・スペースというのがあって、これは以前コラムでとりあげたこともあるので今回は触れませんでしたが、電車内の席のとり方をはじめ、各自の個人空間というのがあります。『人と人との快適距離』に詳しいです。また、本書で触れたエドワード・ホールの代表作は『かくれた次元』です。