しっぽ
たとえば、魚にはしっぽがある。生物学的にいう尾部とは肛門の中心から体幹の後端までを言うそうで、魚の場合ならおおむねぼくらの常識でいう胴体の多くが尾部であったりもする。尾びれは含まない。ややこしいから、ここは一般常識でいうしっぽで話を続けよう。変態によって吸収されるカエル類などしっぽのない種はあるにしても、身のまわりの動物を思い出すなら、けっこう多くの種にしっぽがある。犬や猫にはもちろん、鳥類にもあるし、かつての恐竜にもある。クジラにもある。猿にだってある。
そうして考えていくと、むしろなぜぼくたちヒトにしっぽがないのだろうと、そのことが気にかかる。ご存知のように、しっぽの名残はある。脊柱の最下部に下向きに突き出した尾骨だ。おかげで尻餅をついたときに痛い思いをしたりする。チンパンジーやボノボといった類人猿にもしっぽがないから、共通祖先から猿と類人猿に分かれた後のどこかで、ぼくたちはしっぽを失ったということであろう。いつ頃と問われれば、すくなくとも1600万年以上前であったことが、アフリカで見つかった化石からわかっている。ケニア北部で見つかった類人猿ナチョラピテクスの化石の尾椎(びつい)には脊髄が通る穴が無く、しっぽを形成しなかったと判断されるのだ。樹上を機敏に動き回るにはしっぽが不可欠。しかし手足の握力が高まり、ゆっくり登るならしっぽがない方が邪魔にならない。だから「退化」したのではという説がある。
それにしてもしっぽとは奇妙な部分。初期の魚類にとってそれは推進力を生むものだったが、リスにとってはバランス器官だし、鳥にとっては舵取り装置。イヌはそれで気持ちを表し、サソリは武器とし、トカゲは逃亡にあたって切り落とし、ウシはハエ追いに利用する。同じ部位でありつつ、使われ方の多様なこと。ぼくたちにあれば何に使ったろう。
“しっぽ”