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ちょっと知的な雑学&トリビア

古来の体臭

2003年8月04日 【コラム
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 マーサ・マックリントックによる古典的な研究がある。1971年に発表されたもので、当時彼女は20代の前半。大学寮で同室の女の子は、生理周期が一致する傾向があるという観察報告だ。先輩研究者はほとんどが男性、マウスでの研究が主だったから、寮に住んでいる女の子たちのことを知るよしもなかった。
 今、それはドミトリー効果として知られている。その後の検証で環境や体調にもよることが明らかになっているが、研究を進めた彼女は、四半世紀あまり後、排卵周期にフェロモンが影響していることを明らかにする。互いの匂いが同室の女性の生理周期を一致させていたわけだ。
 匂いといえば、米国の化学者プレティは、男性のわきの下の匂いが女性の排卵をうながすホルモン放出を早めるとともに、精神をリラックスさせる効果があると発表している。被験者となった女性は6時間、男性のわきの下の匂いから濃縮されたフェロモンをかがされた。先のマックリントックが加わったグループによる最近の実験では、女性は自分の父親と同じような匂いの男性を好むという結果が出ている。男性が二晩続けて着用したTシャツの匂いを、女性にかがせて尋ねたもの。
 これらの結果は、必ずしも突飛なわけではない。人類が狩猟をしていた原始時代のなごりとも説明される。猟に出て不在がちの男が帰ってきたときに合わせて排卵し、子どもができるようにした方が子孫を残せるし、どうせ残すなら、未知の男性より自分という人間を生んだ父親の遺伝子に近い匂いを持った男のほうがいい。生まれてからは手がかかるから、できれば出産時期を合わせて集団でめんどうが見れるように、仲間の女性と排卵期をあわせたほうがいい。
 それら何万年にもわたる積み重ねが、体臭を生んだということか。であれば、無臭がよしとされる現代は、それだけ太古から離れたということでもある。いま、ぼくたちは何によって人に惹かれ、愛し合うのだろうか。

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8 comments to...
“古来の体臭”
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小橋昭彦

まず、「Martha McClintock」の論文については、「Menstrual Synchrony and Suppression」として、いまオンラインで読めます。そして、フェロモンの役割を指摘した彼女の論文は「Regulation of ovulation by human pheromones」に。「University of Chicago researchers establish proof of human pheromones」に報道資料。「reply: Reproductive biology: Pheromones and regulation of ovulation」もご参照ください。男性のわきの下の匂いの話は、「George Preti」によるもので、「Male Axillary Extracts Contain Pheromones that Affect Pulsatile Secretion of Luteinizing Hormone and Mood in Women Recipients.」をご参照ください。父親の匂いを好むという話は、「Carole Ober」らによるもので、「Paternally inherited HLA alleles are associated with women” s choice of male odor」ですが、Ober博士のサイトからダウンロードできます。なお、日本語による解説として、「男性のわきの下のにおいをかいでみませんか?」「パパのにおいで女性を口説く」にわかりやすいです。ちなみに、匂いとフェロモン関連の論文リスト、「SENSE OF SMELL INSTITUTE」が便利。


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小橋昭彦

個人的なメモですが、「いま、ぼくたちは何によって人に惹かれ、愛し合うのだろうか」に関して思い出すのは、岸田秀氏の性的唯幻論。以前のコラム「茶髪か黒髪か」参照。

では想像力が衰えると男女間はどうなるか。そんな流れで無臭時代と少子化の関係も気になっています。


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hanmeru

小橋さん、いつも面白い話題有難うございます。

精子がクンクン…におい頼りに卵子探す

先日米科学誌サイエンスに、カリフォルニア大とドイツの研究グループの発表として、人間の精子には、におい物質をとらえる機能があり、この物質を頼りに卵子までたどり着いている可能性が高いとの記事が目にとまった。

最近妻が、母親そっくりの容貌になって来た。嫁を貰う時には、その母親を見て貰え、何十年後には必ずその顔になると言う。それは親娘だから当然そうだろう。
ところがその妻の仕草や言動が姑つまり私の母親そっくりになってきたのだ。子供の頃、何かと母に世話やかれたーもっとも殆どがうるさいなと思った記憶が再来したのである。何となく容貌も似てきたようだ。

男もまた、精子が母親に似た匂いの卵子を持つ女性に、引かれるのだろうか。


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clock

はじめて書き込みします。
やはりそうか、という感じです。

高校生ぐらいのころ、まわりを見ていて、女の子の扱いがウマいヤツの特徴として、「嗅覚がすぐれている」というのがあるのではないかと思っていたことがあります。
あと、モテるヤツは臭いが強かったような気もします。

犬は相手の臭いをかいだだけで、相手の機嫌まで分かるといいます。
それと同じようなものなのだろう、と。

本人たちは、おそらく気がつかなかったろうと思うのですが、臭いをうまく活用していたのだろうと思います。

そういえば、同じ産院では、臨月の女性が相次いで出産したりするそうですね。
あれも、あるいは月の引力ではなく、ホルモンの影響なのでしょうか?
だとすると、出産時期を調整する薬なんかを作るときのヒントになるやもしれない。


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とおる。

Tシャツのにおいをかがせる実験で、まったく逆の結果が出たという内容を、以前スラッシュドットでみたので、あれ? っと思いました。
http://slashdot.jp/articles/02/08/25/111213.shtml
こちらは、異性の家族のにおいを特に嫌うことで、近親相姦を防ぐとかそんな内容でした。

父親と「似た」匂いは好むけれど、父親その人の匂いは嫌うということかな?


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rnakaji

種族としての近さというか、DNAの差が配偶者選択の基準になるという考えは色々な事が考えられますよね。
胎盤育成が異物の排除機能を利用していて、遺伝子が異なれば異なるほど母親への衝撃が伝わりにくく、異常が発生しにくいので、違いを好む面と、離れれば離れるほど常在する日和見感染症が発症しやすくなるので遠すぎるのは避けるという面もあるらしいです。近親交配で滅びた集団も、他の集団との接触による集団感染で滅びた集団もあったようです。
現代では後天的に育った基準と生理的基準が有って難しいですよね。


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小橋昭彦

とおる。さんありがとうございます。ほんとですね、おもしろいですね。ウェイン大学のリリース「Wayne State University study finds family members sour on their own scent find strangers to have a sweeter stench」と同大学新聞記事「Student connects family relationships with body odors」も参考になりますね。子ども対象、女性対象と被験者が違っており、また実験や質問の仕方も違うようなので一概には言えないですが、気になるところです。

>父親と「似た」匂いは好むけれど、父親その人の匂いは嫌うということかな?

そのあたりが正解かも。rnakajiさんおっしゃるように、ある程度保証された遺伝子を求めつつ、多様性は確保しなくてはいけませんからね。


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fair

私もTシャツの匂いを嗅がせる実験の記事を以前新聞で読んだのを思い出しました。赤の他人の匂いの方を好んで、自分の家族のが一番臭いと思うんですよね。思春期の女の子が「お父さんクサイ!」というのもこういうわけね、とその時思いました。New Scientistの記事では508歳の子は母親の匂いがわからないが、9012歳の子だと識別できて、でも母乳で育てられた息子はちゃんと母親の匂いがわかるというのが興味深いです。
ところで、夏の満員電車で毎朝、排卵を促されているのでしょうか?




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 飛ぶために羽が進化したというのは、ピアノを弾くために指が進化したというようなもの。プラムとブラッシュが科学誌に発表した論文にそんな一節があって、心にとまった。確かに、進化を目的論でとらえると道を誤る。では、羽はどのようにして今の形態になったのか。 進化発生生物学という考え方がある。1866年に動物学者ヘッケルが、著書で「個体発生は系統発生を繰り返す」と主張しているが、その後否定的にとらえられていたこの説の、いわば現代版とでもいうもの。鳥の個体発生を観察することで、羽の進化を推測する。それによると、羽の進化は、大きく5つのステージに分かれるという。はじめは中空のチューブのようだったのが、ふさのようになり、やがて現在の風切羽のようになる。 実際に空を飛べるほどの羽の構造は、第5ステージになってから。初期段階の羽をもった恐竜が生き残ってきたということは、空を飛べないまでも、たとえばチューブのような羽を持った体表に、それなりの意味があったということでもあるだろう。プラムとブラッシュが描く系統樹では、現在の鳥類は恐竜の一グループとなり、始祖鳥などと同じくステージ5の羽を持つものの一部となる。系統樹をたどれば、なじみの深い恐竜、ティラノサウルスがステージ3の段階付近に顔を出す。ティラノサウルスも羽をもっていた可能性が高い。もちろん、飛んだわけではないけれど。 ぼくたちはつい、できごとには目的があると考えてしまう。でも、進化とはそうしたものではない。淘汰と選択のなかで、羽は段階を追って獲得されてきた。ティラノサウルスが羽をもっていたとして、それが何のためであったかは現時点ではわからないし、これからもわからないかもしれない。ふと、それもまたいいかと思う。理由がどうであれ、獲得した羽を受け入れ利用したからこそ、鳥は鳥となり、大空を舞った。そういうことだ。

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 子どもを食い殺した豚が、殺人罪で死刑になる。ブドウの樹を荒らす毛虫が、破門に値すると訴えられる。大麦をむさぼったとして訴えられたネズミに召喚命令が出る。今ならコメディになりそうなこれらの光景が、中世のヨーロッパにおいて実際に見られた。 訴える方も訴えを受けつける方も、真剣だ。動物には弁護士もついた。追放命令が出たら、教会が動物や虫を追い出すことになっている。神聖であるべき世界の秩序を守るのは人間であると信じられていた。もちろん、当の動物や昆虫は、何のことだかわかっていなかったろうけれども。 それから500年以上の時が流れ、ふたたび、動物が主役の裁判が注目されている。米国のクリストファー・ストーン教授が論文で提唱した「自然の権利」がきっかけだ。沖縄のジュゴンやタイマイが原告になって海を守れと裁判所に訴える、オオヒシクイが渡り鳥の越冬地を守れと訴える。奄美自然の権利訴訟ではアマミノクロウサギやルリカケスが原告になる。違うのは、中世ヨーロッパの動物裁判で被告だった動物が、今度は原告になっていること。裁かれるのは、人間だ。 イエルク・ミュラーらによる『ぼくは くまのままで いたかったのに……』という絵本を思い出す。主人公の熊は、冬眠から覚めたある日、巣穴のまわりが開発され、自分が工場の敷地にまぎれこんでいることに気づく。人間は彼が熊であることを認めない。制服を与え、顔を剃らせ、はたらかせる。同じ熊からもそんな姿の仲間はいないと言われ、次第に居場所を失っていく主人公の熊。 動物にとって、被告席にあろうが原告席にあろうが、大きな違いがあるだろうか。彼らはただ、彼らのままでいる。ね、ジュゴンにオオヒシクイにアマミノクロウサギ。ほんとうはぼくたちが、きみたちの裁判所に出頭すべきなのだろうね。

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