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ちょっと知的な雑学&トリビア

野菜か果物か

2003年7月28日 【コラム
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 畑でもいだトマトを袖口で拭いてかぶりつく。太陽の光を含んで、ほんのり甘い。量販店で買うと野菜にすぎないけれど、ここでは果物のよう。このトマト、日本へは観賞植物として入ってきたのが最初で、北欧や米国でも食用は敬遠されてきた。毒があるとされていたからで、安全性が信じられるようになったのは、1820年の出来事がきっかけという。アメリカ独立戦争の退役軍人ロバート・ジョンソン大佐が、ニュージャージー州セイレムの裁判所前でひとかごのトマトを食べた。気分が悪くなることもなく、高血圧や癌になることもなかったという言い伝え。
 裁判所とトマトといえば、野菜か果物かで訴えられたことも有名。1883年米国、野菜になると税金が高くなることを嫌った輸入業者が、最高裁で争ったのだ。結論は、野菜。野菜畑で作られるし、デザートにもならないというのが理由だった。
 現在の日本でも、トマトは野菜扱い。農林水産省では、多年生で木になるものを果物、毎年育てて草の葉や実などを食べるものを野菜としている。この定義では、メロンやイチゴ、スイカなども野菜に含まれる。これらは卸市場や店頭では果物扱いだから、生産的視点からは野菜、消費の視点では果物に分類されるというわけだ。
 野菜という言葉は、本来は名前の通り野生のものを指した。畑などで作る園菜と区別されていたのだ。江戸時代半ばから、現在の意味での野菜として使われるようになり、野生のものは山菜など別の名称で呼ばれるようになった。
 呼び名は、視点や時代に応じて変わる。トマトといえば、1994年に世界ではじめて売り出された遺伝子組み換え作物がトマトだった。テクノロジーが物自体を大きく変えてしまう現在、ぼくたちは呼称ではなく、その物自体とよりまっすぐ向きあうことが必要だろう。そんなことを思い、緑のつるにぶら下がる赤い実をまたひとつ、手のひらにした。

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6 comments to...
“野菜か果物か”
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小橋昭彦

まずは「農林水産統計用語集」から、野菜の定義についての解説をどうぞ。野菜の定義については「「野菜の定義」を調べました」がよく調べられています。また「野菜について知ろう」もどうぞ。トマトについては、「トマト百科」が関連情報充実。以下は英語の情報源ですが、「A Brief and Partial History of the City of Salem」からトマトが食べられるようになったきっかけの出来事についてを、「Tomato: The Apple of Peru」及び「Tomato History」からトマトは野菜か果物か裁判についてをどうぞ。


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小橋昭彦

最終段落について、ちなみにですが、そもそも農作物というのは人による物自体の作り変えの積み重ねです。なので、遺伝子組み換えによる変化については「大きく」という表現を足して区別しました。

人による作り変えの歴史については、また一度別の視点からとりあげたいと思っています。


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kobayashi

小橋様
 いつも読ませてもらっていますが、幅広い雑学で感心してます。


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yanagisawa

いつも読ませてもらっています。幅広い知識に感服しています。
トマトは野菜だと誰からか聞いた覚えがありましたが、メロン、イチゴ、スイカまでも・・・・・そうだとは知りませんでした。


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通りすがりのひとみ

りょたろ君、足し算が…とありましたが、

>ぼくしっとるもん、
>100を2回ゆうたら200で、
>3回ゆうたら300なんやで

って、掛け算ですね!
子供って本当に柔軟で素晴らしいですねー!


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rnakaji

小橋様
子供の頃、雑学家でうんちく垂れだった私は、農林水産省の基準を披露し、偉そうに同級生に向かって「スイカは野菜だ」と言いまくってた記憶があります。大人になって、分類は単なる便宜的なもので、柔軟であっていいとやっと気がついた次第です。法律用語では、経済活動で得られる利益は全て果実ですものね。これはちょっと意味が違いますね。




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 老姉妹の静かな生活を描いた『八月の鯨』という美しい映画に、部屋の埃をふきとりつつ、なぜ毎日積もるのとひとり泣きする印象的なシーンがあった。ポール・リオイ博士らの研究グループが、屋根裏部屋の埃を調査したと知って、そんな記憶がよみがえる。 この調査は、1879年から1995年の間に建てられた家で、かき回されたことのない屋根裏部屋の埃をすくい取り、その成分を調べたもの。埃からは、1960年代の核実験が世界中に降らせたセシウムや、1980年代に禁止されるまでガソリンに添加されていた鉛などが検出された。民家の屋根裏につもった埃が、地球の歴史を刻んでいる。 日本では、江戸時代のゴミ穴がおもしろい。家の敷地跡から出土したものを掘り返して、当時の生活を研究する。名古屋城下のゴミ穴調査では、割れた磁器をくっつけた焼継ぎや、すり目がなくなるまで利用されたすり鉢などが出土したという。たいせつに使い続けた様子がしのばれる。鋳掛に出されるのが普通だったから鉄製品がほとんどなかったり、古着も見あたらないなど、見つからないものからも、当時の物への姿勢がうかがわれる。 貝塚も縄文時代のゴミ捨て場と一般に解説され、当時の暮らしをしのぶ遺跡となっている。もっとも、儀式に使われたと思しき骨刀が同時に見つかるなどの事例もあり、ただゴミを捨てた場所というよりも、使わなくなったものを自然にかえす祈りの場所のようなものではなかったかともされる。かつてゴミ捨て場は、自らの暮らしに尽くしてくれた物への感謝とわかれの場であったということか。 星新一氏に「おーい でてこーい」というショートショートがあった。まちはずれに見つかった何でものみ込む深い穴。人々はそこに廃棄物を捨て始め、それが未来の自分たちに思わぬ結果を招く。捨てるとは、見えないところ、遠いところへ処分するということではない。今の自分を、未来の自分たちに届ける行為なのだ。

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