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エコロジカル・ヒストリー

2003年6月23日 【コラム
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 前米大統領夫人が『リビング・ヒストリー』と題する回想録を出版したと聞いて、あらためて米国と日本の「歴史」観の違いを思う。多少題名としての装飾は入っているとしても、「ヒストリー」とは。日本でなら個人の歩みはあくまで回想録なり履歴であって、歴史は後世から見てのこと。
 たまたま、上田信教授による『トラが語る中国史』を読んでいるところだった。副題に「エコロジカル・ヒストリーの可能性」とある。氏によれば、動植物とヒトとの関係を扱う歴史が、エコロジカル・ヒストリーだという。それをトラの視点から語るというアプローチがおもしろかった。ヘロドトスでも司馬遷でもヒラリー・クリントンでもなく、トラの観点。そういえばクリフォード・シマックに、人類が絶滅したはるか未来、あとを継いだ犬の視点から語る『都市』という傑作があった。もっとも、シマックが扱ったのも結局は人類の歴史。エコロジカル・ヒストリーは、トラとヒトの関わりが主題だ。
 この書籍を手にしたのは、子どもの頃に読んだバイコフ『偉大なる王(ワン)』の印象が今も心の底に強く残っていたから。せっかくの機会なので、子ども向けの世界文学全集に入っていたこの話を、古い書棚から取り出して再読する。舞台はちょうど、人間が森林に侵出し、トラとの共生を壊しはじめる時代。幼いながらにも感じた、失われていくものへの寂寥感をあらたにする。
 トラだけではない。タヌキやチョウの、あるいはブナやスギの視点からなら、歴史はどのように描かれるだろう。ただ人間が侵略するという物語にはなるまい。ドングリを拾いに入った人間がブナにとって最適の生態を作る一役を担っていたように、ヒトが破壊者でも保護者でもなく、自然の一部として描かれる時代があったはず。いや、それが過去形でしかないとは、思いたくない。

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8 comments to...
“エコロジカル・ヒストリー”
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小橋昭彦

上田信教授」による『トラが語る中国史』をどうぞ。エコロジカル・ヒストリーという言葉はまだ新しいようですね。ご興味ありましたら、『偉大なる王』を。『都市』はじめシマック作品はいまほとんど絶版なんですねぇ。


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kouya

私の力が足りないのか、何が言いたいのか、よく判りません。


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M.S.

英語の「history」は、「歴史」という意味だけではなく、「個人の歩み」「回想録」「履歴」という意味もありますよね。(「a personal history」は「経歴」や「履歴書」という意味ですし)。
なので、『リビング・ヒストリー』と題された回想録には違和感はまったくないし、この題名が特別奇をてらったものとも思えません。


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小橋昭彦

すみません、いろんなこと連想して、盛り込みすぎちゃいました。

historyについて、訳としてはその通りなのですが、つまりまさにそのこと、historyに人類の歴史から個人の履歴まで意味を同居させてしまう、そういう観点が日本とはやはり違うんだなあということを感じています。

で、そういう歴史のとらえ方の一形態として、エコロジカル・ヒストリー、そしてトラの観点から見た歴史というのがあったな、という連想です。歴史って、人間の眼から見るというのが基本なので、ちょっとおもしろいなと。

最終的にいいたいことがまた広がっちゃってるのですが、自然と人間の歴史というと、両者の相克を描くのが西洋的な観点なのですが、そうじゃなく、人間も自然の一部としてとらえる観点が重要だろうなと。そんなことを思っています。


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ひろたん

エコロジカルヒストリー、面白かったです。
最近、人間と動物の境界について考えています。
イゾラド・・的な人間存在・・て感じですかね。
僕の想像では、当時は人間と動物ははっきりと区別が無く曖昧だったと思います。
そして、その記憶が神話かもしれませんね。
憧太朗君も元気そうでいいですね。
ひろたん。


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小橋昭彦

ひろたんさん、ありがとうございます。なるほど、人間と動物をわけていない、というのは新鮮な考え方でした。おもしろいです。

西洋に人間が動物に化けるという話は多いけど、動物が人間に化けるというパターンは珍しい。一方日本では、つる女房など動物も人間になる。こうした違いについても思いが広がりました。いちど、つっこんでみたいテーマ。


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うり助

肝心の「トラから見た歴史」が具体的に書かれてないので、少し分かりづらいかも・・・


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小橋昭彦

あ、そういえば。エコロジカル・ヒストリーの具体例ですね。うむ、ちょっとややこしい話だったので、伝えづらく削りましたが、いつかチャレンジします。




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 無限の時間と壊れないタイプライターがあればサルにも詩篇23篇が書ける。進化論支持者として知られるトマス・ハックスレーが、創造論者とディベートしたときに言ったとされる言葉だ。詩篇23篇は「主は私の羊飼い」に始まる。「The Lord is my shepherd, I shall not want.」というフレーズが、大文字や記号も含め50通りのキーから偶然に生まれる確率はどうか。THEは50×50×50通り分の1。1秒に1回打鍵したとして、すべて試すのに34時間あまりかかる。スペースも含めTHE LORDまでだと100万年以上、最初の一文だけで宇宙の年齢以上かかる計算。 サルからシェイクスピアにいたる間には、言葉の進化にも相転移があった、とスペインの学者が言っている。水が気化するように一気に変化する段階があったというわけだ。話し手にとっては少ない言葉ですませるのが楽だが、聞き手にとってはひとつの意味にひとつの言葉が対応する方が間違いが少ない。こうした利害のバランスを数学モデルで表現して計算した結果、言葉はほとんどコミュニケーションがない状態から、完全なコミュニケーションに一気に移った可能性があると。 英プリマス大学の研究者グループは、実際に6匹のサルにコンピュータを与え、1カ月間キーを打たせている。サルは確かに5ページのテキストを作成した。ただ「THE」さえ生まれなかった。ディスプレイを叩いたり、キーボードに糞をしたりといった行為に忙しかったせいもある。研究者いわく、サルはランダムにキーを打つには複雑すぎる、と。 サルの打ち出したテキストに目を通す。副題に「シェイクスピア作品に向けての走り書き」。fが2文字、改行、vが続き、p、s、gの連打。その後はページをわたってずっとsが続く。シェイクスピアに至るには遠い、意味のない羅列。それなのにその並びについ、サルの思いを読みとろうとしている自分に気づく。なるほどヒトとは不思議な生き物だ。

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