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ちょっと知的な雑学&トリビア

ソロモンの指環

2003年1月30日 【コラム
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 カラスが出てくる歌といえば「烏は山に 可愛い七つの子があるからよ」とうたう、野口雨情による童謡があった。ぼくはこれを七歳の幼子と理解していたが、鳥に親しい人にとっては予想外の解釈という。七年も生きて子どもでいるはずがない。
 とすると童謡は7羽の子という意味になる。5つ卵が通常だから多産ではあるけれど、常識の範囲内だろう。ちなみに、カラスの卵といっても黒くはない。鳥の卵の色は、血液の赤と同じヘモグロビン色素か、青色や緑色をつける胆汁色素か、どちらかで決まる。
 童謡は「可愛可愛と烏は啼くの」と続く。カラスの気持ちを察して歌詞に織り込んだのかと思いきや、埼玉大学の山口仲美教授の著書に、広島や兵庫ではカラスの声を「カワイカワイ」と聞きなしたとあった。鳴き声を模した掛詞であったか。歴史をたどれば、カラスの鳴き声を「カラ」と聞きなしていたこともあると思われ、それに鳥を示す接辞「ス」をつけてカラスに。鳥の名前は、ウグイスやカケス、チドリ、アホウドリと鳴き声に由来するものが多い。ウグイスもウークヒと鳴いていたのだ。
 ノーベル賞を受賞した動物行動学者のローレンツは、魔法の指環をはめて動物たちと会話したという古代ソロモン王の話をひきつつ、自分はあらゆる動物と会話できない点でソロモン王に劣るが、指環がなくても話せる点で負けていないと述べている。著書には、コクマルガラスと家族同様に暮らした観察記が生き生きと描かれている。
 いま、都市生活にとってカラスはむしろ敵で、自治体担当者の頭を悩ませている。鳥獣保護法では野鳥の巣や卵をとることを禁じているが、カラスについてはそうもいっていられない状況。ローレンツはその著書を『ソロモンの指環』と名づけた。ぼくたちは七つの子とどうつきあえばいいのか。失った指環を求める旅路は長い。

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12 comments to...
“ソロモンの指環”
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小橋昭彦

前回のコラム「カラスの帰宅」からの続編的な内容です。昔の鳥の鳴き声は「山口仲美の言葉&古典文学の探検」とその著書『ちんちん千鳥のなく声は』をどうぞ。ローレンツの名著『ソロモンの指環』もおさえておきたいですね。なお、鳥獣の保護については「野鳥観察の法律Q&A」「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律案について」をご参考に。


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鶴 喜久

小橋昭彦さん。いつも面白い話を、有難うございます。
毎週楽しみにしています。

私が書いた「七つの子」です。

(唄省略)

日本にいるカラスは

ハシボソカラス・・・ガァーガァーと鳴く

ハシフトカラス・・・カァーカァーと鳴く

の二種類です。

他に アシフトカラスがいますが、これは鳥ではありません。

ところがこの純真な歌に、いちゃモンをつけた人がいます。本当に古タヌキが化け損なったような、ネクラーマンです。

!)カラスは確かに頭がいいが、それでも数は三ッつまでで、七ッまでは数えられない。
カラス語にも7はない。

!)カラスはタマゴを七個も産まない。三0五個である。
巣が狭いのでそんなに産んだら大変である。夫ガラスの収入も少ない。

!)七歳のカラスはもう年寄りで子ガラスではない。
今は年金で暮らしている。

ね、イヤでしょう。カラスちゃんかわいそ。

「烏」と言う字、色が黒いので眼が何処に在るか解らないから、「鳥」から取ったんだって。
それならガングロネーチャンはド0スンダよ。

「説文解字」では烏という字の意味は孝鳥なんだ。
「反哺の孝」といって雛が成長すると年取った親鳥に餌を採って来るんだって。エライネー。

でも甲骨文字の時代から線が一本足りないのだって。マッタク失礼しちゃうよ。

カァーカァカァー!!!


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さきもり

いやー、わたくしも「7つの子」は7歳の子どものからすだと思っていました。本当は7羽の子どもからすのことなのですかね。
それで思い出したのですが、歌謡曲にも解釈がわかりにくいものがあるようです。三橋美智也の歌で「両手を回してーー」というのがありましたよね。わたくしは体操をしているように元気よくぐるぐる両腕を回している状態を想像していたのですが、これはきしゃぽっぽごっこで、しゅっしゅっぽっぽしゅっぽっぽと両手で楕円を描いていることを表しているということのようです(クイズでやっていました)。
それをきいたときはびっくりしました。


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ながさわ

昔、日本テレビ系列の科学番組でカラスの鳴き声で、『集まれ』『危険』を意味する音をシンセサイザーでならしたところ、見事にその通りだったって話がありました。
この音の出展はシートン動物記。

ところで、今回の話で地方での聞きならしの違いがありましたが、動物にも方言や英語・日本語ってあるんですかね?(“コケコッコ”と“cock a doodle doo ”って意味じゃなく)


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MAX

鳴き声ではないんですけど、確か蛍は東日本と西日本で光るスピードが違うとか、
そんな話があったような・・・?(ヘルツの話みたいですね。)

・・・人間という動物は、寒い地方では口をあんまりあけずに鳴くらしい。
そう考えると動物にも「方言」があって当然かも!??

ところでソロモンの指環、子供のころの憧れでした。
「指輪物語」の指輪は危険ですが、ソロモンの指環だったら欲しいですね!!


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みはら

カラスって結構丁寧に子育てしますよね。
僕の家の実家は市場だったので、屋根が広かったのですが、春になると(5月頃かなあ)屋根で子ガラスの飛行訓練していましたね。市場の二階に住んでいたのですが、
日が登ると、よちよち歩き?の子ガラスとやってきて、パタパタ…パタパタと天井方向がうるさい。最初は鼠かなあと思っていたんですが、ある朝、屋根を見上げたら大きなカラスと小さなカラスが屋根の上を何往復もしていました。「おおー。うちの屋根、飛行場じゃん」って。
3年ほど続いた春の習慣も、昨年、産卵時期に子供を
襲うという事で、巣が駆除されてしまいました。
カラスも、彼らからすればかわいい七つ?の子を守ろうと必死な訳で、自分的には残念でした。因みに僕も自転車に乗っているところを後ろから蹴られました。知能犯なんだなあ。
※北海道の剣淵という町は「ビバ カラスランド」の標語があります。カラスの楽園なんでしょうか。通るときいつも気になります。


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穴井

野口雨情の七つの子と言うのは、実際、雨情がこの詞を書く少し前に、幼い我が子を亡くしたそうです。その思いを込めて、7歳(つ)の子としたそうです。昔、雨情の特集番組で、見たような気がします。そう思うと、かわいい、かわいい、とカラスが鳴くと言うのが、雨情の亡くした子への心の叫びに思えて、物凄く悲しく聞こえてきます。


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小橋昭彦

穴井さん、ありがとうございます。科学的にはどうあれ、野口雨情は七歳の子という意味で作詞をしたのでしょうね。子だくさんというイメージの曲じゃないですしね。「七つの子 野口雨情/本居長世」でも七歳の子という解説があります。

子どもを亡くすという事情があったことを背景に聞くと、いっそう物悲しいです。


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箭内克俊

カラスとの共存、どなたかアイデアを。


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tyuyan

7羽の子、7歳の子、真剣に考えておられる方もおられます。
下記URLのエッセイは、補遺まで読むと頷けますよ。

http://wadakoji.cool.ne.jp/esseopen.htm


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kaz

いきなりで失礼します。還暦を去年迎えたのですが 私の好きなアンサンブルでパンフルートとギターでの演奏に必ず(七つの子)がレパートリーに入っています。曲の説明では七歳の子供がでてきます。もちろん人間の子ですが。。。。。
 話は変わって私が高校生の頃まで正月の2日に烏呼ばりという神事か?な!畑に半紙を敷いて松の枝に飾りを付け1センチぐらいの切り餅などをのせて 「から?す からす からす!」と大きな声で烏を呼んでいました。いまはそんなことは還暦を過ぎた人しか覚えてないようですが 正月ぐらいおいしいご馳走を烏に与え 今年1年俺の畑を荒らさないでくれという ことらしい 懐かしく 素朴な烏との共存だったみたいです。


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小橋昭彦

kazさんのおっしゃるような風景は、もう少し人間が少なかった(カラスも少なかった?)からこその風景なのかもしれませんね。人間の数とカラスの数の比率の推移がふと気になりました。
すてきなお話を、ありがとうございます。




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 夕焼け小焼けで日が暮れてとうたったのは中村雨紅。子どもの頃、夕方になるとしばしば思い出したものだった。烏と一緒に帰りましょうと歌うときには、ほんとうに夕空にカラスが飛んでもいて。カラスは日没30分前くらいの明るさに相当する、照度10000ルクスくらいになると家路につき始める。 気になるのは、帰る先はどこかだ。山岸哲博士の『オシドリは浮気をしないのか』を読んでいて、答えに出会う。カラスは、繁殖期こそ自分の巣の傍で寝泊りすることが多いのだけれど、冬の期間は、集団で眠るねぐらに帰る。それこそ何千羽と集まってきて、眠る。たいていは竹やぶで、一羽が竹の先端にとまる、すると少し竹がしなる、しなってできたとまり場にもう一羽がとまる、またしなる、そこにまたとまる、そうして何羽もとまってやすむ。 その集団ねぐら、山岸博士が調べた長野県の場合、わずか7箇所なのだという。長野県中の、正確にはカラスに県境は関係ないから隣県からもだけれど、カラスが夕方になるとわずか7箇所のねぐらに帰ってくる。季節の風向と重ね合わせると、疲れた体を追い風にのせて、ということらしい。そんなわけだから、7箇所に集まるカラスを数えれば長野県のカラス人口が出るわけで、1962年当時のそれは、およそ1万5000羽と推定されている。 山岸教授がこの発見をしたのは、学生として信州大学に学んでいた頃。特別な手法があったわけではない。夕方になると長野県下のあちらこちらに出かけ、自転車やオートバイを使って、ねぐらに向かうカラスを追いかけ、行き先をつかむ。その後山岸教授は田舎の中学校の理科教師として赴任、鳥の生態の研究を続け、京都大学教授などを経て、山階鳥類研究所の所長として活躍。カラスとともに家路についた日々の情熱を持ち続けることは貴い。

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 野口雨情は幼い子を亡くしていたと読者から教わって、あらためて彼の経歴を読む。生まれて2週間の幼子。失意のどん底から彼は、亡くした子に励まされるように数々の童謡を生む。それを下敷きにすると、七歳か七羽かという「七つの子」の解釈にも、新しい光があてられる。「山の古巣へ 行ってみてごらん/まるい眼をした いい子だよ」と書きとめるとき、彼は何を想像しただろうか。 雨情が歌詞にこめた思いは定かでない。カラスに人間の親子を重ねるのは聞く側の感性。擬人法を含め、部分的な類似から未知の類似へ広げていく手法をアナロジーというけれど、ぼくたちはふだん、ただ目の前にある物質だけではなく、アナロジーを付加した豊かな世界に生きている。 川の流れに人生を思い、動物の姿に社会を学ぶ、ぼくたちならではの能力。未知のものに出会ったとき、ぼくたちはすでに知っているものから類推して理解しようとするし、「そういえば」というひらめきは創造を生む。だいたい、今使っているコンピュータだって、デスクトップやゴミ箱、フォルダなど、アナロジーのおかげで利用できているようなものだ。 いま少し調べてただけでも、アナロジーは、芸術はもちろん、言語学、心理学、数学、哲学、建築学、その他広い分野で重要なテーマになっている。学問としては注目度があがっているようだけれど、実際のぼくたちの、アナロジーを受け止める力、生み出す力はどうだろう。アナロジーの豊穣さを失った世界は、殺伐としてしまう。 雨情は、アナロジーによって救われたろうか。ふとそんなことを思う。彼による「しゃぼん玉」を、最後に。屋根まで飛んだあとになぜこの歌詞が続くのか、かつてぼくは不思議だった。雨情さん、ぼくは今、この歌詞を涙なくしては聞けません。「しゃぼん玉 消えた/飛ばずに消えた/生まれてすぐに/こわれて消えた/風 風 吹くな/しゃぼん玉 飛ばそ」。

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