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ちょっと知的な雑学&トリビア

ほどよい重さ

2003年1月02日 【コラム

 映画館で子どもは笑い大人は涙していたと話題になったクレヨンしんちゃん『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』をDVDで観る。始まりは1970年万博のシーン。ぼくも行ったが、まだ幼なく行ったという記憶しかない。それでも「月の石」を話題にした思い出は残っている。見れなかったに違いないのに心に残る、特別な展示だった。今のように月着陸に疑問が出される世の中じゃなく、みんな純粋に科学の力を信じていたなあ、と、これではすっかり映画の手の内。
 その月の石、記録によると大人のこぶし大の大きさで約1kgとある。持つにはちょっと重いだろうか。そんなことを考えたのは、人間は500グラム程度の重さを本能的に選ぶという論文を目にしていたから。ブラジルのアラン・チャネル氏によるその研究によると、若い男性に、目標に投げたときに最大の損害を与えるような石を選んでくれと頼んだところ、並んだ180グラムから1900グラムまでの石の中から、全員が480グラムの石を選んだという。腕の長さや振りなどから力学的に考えると、確かにその重さが、最大のエネルギーを石に伝えられるという。
 同じ研究によれば、地質学者が収集して各地の博物館に納められている試料も、平均500グラムだったとか。男性用のハンドボールの重さもほぼそれに近いし、1ポンドはほぼ500グラム。われわれは最適の重さを選ぶ力を先天的に持っているのではないかと推論されている。もちろん、重力の違う月では仮にそんな本能があったとしても働かなかったろうけれど。
 それにしても500グラムってどのくらいなのだろう。気になって、台所の秤に手近なものをのせて量ってみた。ぼくの茶碗に伴侶のそれを重ねる。まだ軽い。4歳になった長男にようやく与えた瀬戸物を重ね、離乳食を始めた次男の食器を重ねる。これで500グラム。重なった4つの食器。なるほどなあ、ぼくたちにはほどよい重さの幸福や暮らしがあるのだろうと、ふとそんなことを思った。


4 comments to...
“ほどよい重さ”
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小橋昭彦

映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』、これでクレヨンしんちゃんを見直した親御さんも多いかも。今年の新作は文化庁メディア芸術祭賞を受賞していましたね。チャネル氏の論文は「Throwing Behaviour and the Mass Distribution of Geological Hand Samples Hand Grenades and Olduvian Manuports」(Journal of Archaeological Science 29 335-339 (2002) )です。


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匿名

うまい!
そう来るか。座布団一枚!


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箭内克俊

500グラム理論、楽しい発想ですね。


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yes

あけましておめでとうございます。
新年早々のコラム、すばらしいできですね。
本年も楽しみにしております。




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 米国の宝くじ「パワーボール」の抽選で、3億1490万ドルがあたったという。一等の累積賞金が高額になっていたもので、個人の獲得額としては米史上最高だとか。自分で数字を選ぶこのくじの当選確率はおよそ8000万分の1。累積の高額賞金がときに話題になる。 この種のくじは、しばらく当選が無かったからといって当選確率が高くなるわけではない。しかし、たとえばコイン投げで裏裏裏裏裏と出たとき、次は表に賭けたくなるように、ぼくたちの心はときに理性を裏切る。実際は次に出るのは、表も裏も同じ確率。 2002年のノーベル経済学賞をとったカーネマン教授の「プロスペクト理論」は、人は合理的な判断をするとは限らないことを示したものだった。たとえば、80万円をもらえるか、もらえるのは100万円だが15%の確率でもらえない、のどちらかを選ぶとする。多くの人は、80万円をもらえる方をとる。では、80万円を支払うか、100万円支払うが15%の確率で支払わなくていい、では。たぶん、後者。得する場合には目先の確実な方を、損する場合には不確実な方を選ぶのが人間なのだ。ちなみに合理的に考えるなら、最初の質問では100万円×85%で期待値は85万円だから、相場に関わる人なら後者を選ぶ。 なんとなく気になって、賭けごとの還元率を調べてみる。競輪や競馬、競艇などの公営賭博は、ほぼ75%。宝くじは意外に低く、約40%。パチンコはギャンブルとはされないので公的な数字はないけれど、おおむね9割ぐらいのようだ。米国の大手カジノでは85%から93%くらいの間で調整しているという。 ちなみに、冒頭のパワーボール当選者は会社経営者なのだけど、賞金で事業をてこ入れし、解雇した人材を再雇用するのだとか。2001年にもあった高額当選者の場合は、慈善財団を設立して図書館や養護施設などに寄付しているという。個人的には賭けごとに手を出す余裕は無いが、夢が、ほかの人たちの夢を育むなら、それも悪くない。

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 思わずひざを打つアイデアがあって、心に残っている作品がある。たとえばポール・アンダースンの『脳波』。ある日を境に地球上の生命の知能が飛躍的に増大するという設定。ぼくたちの地球は、銀河系の端をおよそ2億5000万年かけて一周している。これまで地球が公転していた銀河の方向は、知能を抑制する作用のある空間だったのだと。そこから抜けて「平常」に戻ったのが、知能増大の要因とする。 読んだのは高校に入ったころだったろうか。『アルジャーノンに花束を』のように何らかの作用を加えるのではなく、今までかかっていた作用がはずれたという発想。日常ととらえていた日々がじつは異状だったという認識の変換が新鮮で、ため息をつきながら天の川、銀河の中心を眺めたものだった。 友人からもも上げの運動科学的解説を聞き、そんな日のことを思い出した。ももを高く上げる、昔よくやった運動だ。あの運動をすると速く走れる気になるけれど、もも上げで鍛えられる太ももの前の大腿四頭筋は、実はブレーキ筋。前に向かって進むとき、下方に落ちる重量と運動量に抗するためにある。筋肉というとつい力を出すことを連想するが、そう、抑制するはたらきもあるのだ。 筋肉だけではない。人間の免疫系でも、キラーT細胞のように外敵に対抗する力だけではなく、免疫系を抑制しているサプレッサーT細胞なんてのがある。この細胞を通常のT細胞から見分ける方法を発見した先駆者が京都大学の坂口志文教授。その後、免疫力を高めるために、このサプレッサーT細胞のはたらきを抑える研究がなされている。抑制するものをはずすことで力を出す。なんだか『脳波』的だ。 何かの道を開こうとするとき、ぼくたちはつい力によって開こうと考える。視点を変えて、抑制しているものをはずす、そんなじっくりした行きかたもあるのだ。思えば、10代の半ばでそんな考え方に出会えたのはしあわせだった。

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