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夏への扉

2002年12月12日 【コラム
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 ハインラインに『夏への扉』という作品がある。恋人も仕事も失い、失意の中で冷凍睡眠によって未来に目覚めた主人公。甘くせつない物語で、今もSFのオールタイムベストに必ず入る。ここで登場する冷凍睡眠は、名前の通りコールド・スリープ。人間を冷凍して未来に蘇生させる。
 冷凍冷蔵庫が普及したこともあって、多くの人の脳裏にある人工冬眠のイメージはこれに近いのではないだろうか。しかし、精子の冷凍保存こそ実現しているけれど、人間の身体を冷凍保存することは、現在の技術ではできない。冷やすと細胞の中の水まで凍り、膨張して細胞膜を破るのが一番の問題。精子冷凍の場合は、グリセリンを不凍液として利用しているのだが、人間の身体のような複雑な細胞集団になるとそうはいかない。
 映画『2001年宇宙の旅』には、乗組員たちがカプセルに入って目的地まで眠るシーンがる。あれはコールドスリープではなく、ハイバーネーションと表現されている。冬眠だ。心拍も呼吸も、ゆっくりとではあれ続いていた。確かに人工冬眠なら、まだしも可能性がある。シマリスの冬眠に関係している遺伝子と似た塩基配列が、人間にもあることが発見されてもいるから。
 人工冬眠の研究は、NASAが興味を持っているように、長期の宇宙旅行に備えて、という側面もあるが、より短期的には、手術への応用が期待されている。外科手術でも患者が冬眠状態ならダメージが抑えられる。あるいは、心臓移植のために心臓を運ぶとき、冬眠状態にできれば長時間の輸送が可能になる。
 いずれにせよ、道は遠い。そんな現状にあって、世の中には超低温で肉体を保存するサービスを行う会社がすでに存在して、それなりの契約を得てもいる。人間って、夏への扉を探さないではいられない生き物なのだろう。

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5 comments to...
“夏への扉”
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小橋昭彦

書籍は『夏への扉』です。映画『2001年宇宙の旅』はDVDで。人工冬眠については、鹿野さんのコラム「人工冬眠の秘密」がわかりやすいです。精子の冷凍については「豚凍結精液の実用化へ前進」の説明がわかりやすいです。また、超低温で保存するサービスを行っている会社としては、たとえば「Cryonics Institute」「ALCOR」など。なお、人工冬眠の研究としては、冬眠でとりあげた近藤さんが取り組まれていて、「宇宙利用を目指した哺乳類の人工冬眠制御システムの研究」「人間は冬眠できるようになるのか!?」などをご参考に。


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北村 貴

小橋さん、ご無沙汰しております。
覚えていらっしゃらないかもしれませんけど・・・。
いつも楽しく拝読しております。

ところで、ハヤカワノベルズファンとお見受けしまし
た。
SF作家って未来予想に長けていますよね。背景なども
しっかりと考察してあって。
10020年くらい前の作品を読んでいると、まさに今そ
れが実現しつつある、っていう事柄が多くあります。

「エンダーのゲーム」という本の中に「ネットワーク
で世の中を思想的に支配する子供」が描かれています
が、こういうシーンもまさに今、それに近いかな?っ
ておもうケースが見られますよね。

SFからヒントを得ることって実は意外と多かったりし
ます。


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小橋昭彦

北村さん、ありがとうございます。

はい、ハヤカワをはじめとするSFにはずいぶんお世話になりました。『夏への扉』に描かれた1970年という「未来」世界の文化女中器が、いま自動掃除機としてようやく実現しつつあるのは感慨深いです。


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北村 貴

わ!小橋さん、こんにちは。

バイヤード・ガール・・・ですね。

実は、自動掃除機、真剣に購入しようかどうか迷い中
だったりします。
せめて10万円位まで値段が下がってくれれば良いので
すけれど。

ではでは、レスありがとうございました。


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ちわわ

今頃の投稿、すみません。
15年ほど前、おそらく朝日新聞の日曜版で、50年ぶりに冷凍状態から目覚めた人の話が載っていたような気がします。確か国はアメリカで、今はもう自分より年老いた息子と再会したというようなことが書かれていたような気がします。母と、「50年前にそんな技術があったことにびっくりするね。」と話していたのを覚えています。あれは、冬眠状態だったのでしょうか? それとも、私が冬眠して夢見てたのでしょうか??

それと、2年ほど前、どこかのホテルに泊まったときのことです。夜中に外を見ていて、室内プールの中で何かが動いていることに気づきました。見ているとその小さな機械は、壁にぶつかると方向を変えて、行ったり来たりしています。そう、プールの掃除をしていたのです!自動掃除機は、こんなとこでも活躍していたのですね。




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 冬眠をする哺乳類はあんがい多く、約4000種のうち200種ほどがするとされている。コウモリやシマリス、ネズミなどの小動物が多いのは、体重に対する体表面積が多く、エネルギーが失われやすいからともいう。 大型の哺乳類ではクマの冬ごもりが有名だが、それを冬眠と呼ぶかどうかは議論が分かれるところ。体温は31度から32度と平常より6度ほどしか下がらないし、雌は冬眠中に子どもを産む。冬眠中は飲まず食わずで、体重は3、4割減る。うらやましいことに皮下脂肪が減るだけで、筋力、骨重などはほとんど変わらない。おしっこもしないが、腎臓は働いており、尿毒素がたまることはない。 こうしたスタイルをクマ型とするならば、シマリス型は本来の冬眠。体温は通常の37度前後から6、7度まで下がる。1分間の心拍数は10回以下、呼吸数は5回以下。平常時の心拍は300回から400回、呼吸は約200回というから、いずれも30分の1以下に減っている。必要な熱量も減るから、冬眠中は本来の1日分の食べ物で100日分がまかなえる計算。 三菱化学生命科学研究所の近藤宣昭さんらによると、シマリスの血液中には、冬眠に関係するHPというたんぱく質があるという。冬眠に入る前に減り、目覚める前に増える。室内で飼っているシマリスは冬眠をしないけれど、HPの増減はあり、減った時期に気温の低い部屋に移すと冬眠に入る。逆に、減っていないのに寒い部屋に移すと死んでしまうのだとか。 寒い冬をやりすごす冬眠があるなら、乾燥する夏をやりすごす夏眠もある。ヒガンバナのような植物も夏眠するが、身近な生物ではカエルやカタツムリにも。寒ければ眠る、暑くても眠る。自然に合わせた生物の知恵が、あくせくした日々のなかで、ちょっとうらやましく思ったりもしている。

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 足利義輝を描いた時代小説を読んでいて、側室の描写に手をとめた。並行して読んでいた鳥類についての書籍に、一夫一妻制が普通と書かれていたためだ。 百科事典にあたってみると、なるほど、現生鳥類の92%が一夫一妻制とある。続いて驚いたのは、哺乳類では一夫一妻制が少なく、全体の3%以下という記述だった。考えてみれば、雌が子育てに拘束される哺乳類において、暇になった雄が他の雌も追って遺伝子を多く残そうとするのは自然ではある。 鳥類の一夫一妻に対し、ヒトの側室制度にひっかかったのは、一夫一妻制がもっとも進んだ制度で、一夫多妻や一妻多夫、あるいは乱婚制は劣っている、そして鳥類より人類を含む哺乳類の方が上だという先入観があったからだろう。予断は恐ろしい。 一夫一妻制が多い鳥類にも例外はある。たとえばオオヨシキリ。雄はなわばりを確保するとギョシギョシ、ケケスケケスと鳴いて雌を誘惑する。ことに及んで彼女が産卵、抱卵しはじめると、雄は暇になる。そこでこんどは縄張りの反対の端で、カシカシ、カカスカカスと違う鳴き声で別の雌を誘惑しはじめるという。なかなか戦略家である。 一方、哺乳類にも例外はあって、ヒトのほかには、プレーリーハタネズミが一夫一妻制で知られる。これは格好の研究材料で、なにゆえ特定のパートナーに尽くすのか調べが進んでいる。わかってきたのは、オキシトシンとバソプレッシンというホルモンが大脳で働くところが、他の種と違うということ。 ヒトにも同様のホルモンはあるので、これらの働きを高めれば浮気も不倫もせず、家族を愛する可能性が、とそう簡単にはいかないようだ。いや、それ以前に世の男性には、ハタネズミの研究よりオオヨシキリの鳴き分けを学びたいと願う輩が多いかもしれない。ちょっとおかしくも悲しくなった。

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