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時間旅行のやり方

2002年12月02日 【コラム
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 物理学的に時間に「流れ」がないとすれば、時間旅行も可能なはず。もちろん心理面からみるなら、あなたの得意げな話を相手がつまらなそうに聞いていたとして、1時間後「あ、一瞬だったね」とあなたが思ったなら、相手にとっての永遠の未来にあなたは一瞬で到達したと言えなくはない。
 ただ未来へのタイムトラベルなら、そんな辛い思いをしなくても、物理的に可能だ。相対性理論によれば、速度のはやい、あるいは強い重力場の中では、通常より時間はゆっくり進む。だから、たとえば日本から台湾まで飛行機で往復する。所要時間はおよそ8時間。これでおおむねあなたは10ナノ秒未来の日本に帰ってくることになる。ナノ。ナノテクノロジーで最近一般的になった単位だけど、つまり10億分の1秒。パソコンのプロセッサーでさえ、ひとつの命令を終えられない時間だから、ちょっと気づかないか。
 未来へ行ったと実感するには、やはり光速に近い速度で移動する必要がある。ただ、いまの人類の技術では難しい。おそらく、これまで人類でもっとも未来へタイムトラベルをしたのは、「ミール」に2年以上も滞在した旧ソ連の宇宙飛行士だろう。それでも、1秒も未来へ行っていない。時速3万キロ近い宇宙ステーションで旅してさえ、一生かけてようやく1秒未来へ旅する計算だ。
 過去への旅はどうだろう。理論的には不可能ではない。相対論を研究するキップ・ソーン教授は、宇宙の異なる2点間をつなぐ時空のトンネル、ワームホールを利用した方法を提案している。もちろん、それを作るには超文明といっていい技術が必要だし、仮に完成したとしても、過去にさかのぼって親を殺すとどうなるのか、に代表される因果のパラドックスが残る。そのため、実際にはできないとする説もある。
 なんだか机上の空論ばかりを並べている気がしてきた。ふと思う。仮に、いまここにタイムマシンがあったとして、ぼくはどの時間に向かうだろう。そして、あなたは。

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8 comments to...
“時間旅行のやり方”
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小橋昭彦

キップ・ソーン」博士の理論は一躍有名になりましたね。「タイムマシンの理論」「ワームホール」「因果律–タイムマシンができない理由」などをご参考に。ついでなのですが、ウェルズ『タイムマシン』の続編、バクスターの『タイムシップ(上)』『タイムシップ(下)』はおもしろいです。バクスターといえばワームホールを利用した『時間的無限大』もあります。


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旅館の主人

20年来通っている床屋がある。
高校時代の同級生の実家なのだが、毎月一度特に浮気もせずに通いつづけている。
行けば必ず高校時代の話が出てくる。今回もそうだった。
ココの息子とは高校だけでなく浪人時代の予備校も一緒で、ココの親父さんに連れられて一緒に予備校の入学式に連れられていった話が出てきた。
もうすっかり自分は忘れている、そのころの細かい出来事を、この床屋の親父さんとおふくろさんは昨日の出来事のように話してくれた。つかの間、床屋の電動リクライニング付の椅子がタイムマシンの操縦席に変わった。

タイムマシンがあったらいつの時代に行きたい?
俺なら昭和30年代。自分が生まれたころの時代。写真でしかディテールが見れない、でもかすかな記憶の澱のようなものが確かに内部に存在する、その時代。

しかし、タイムマシンに乗って行きたい時代を考えるとき、みんなは帰ってこれることを前提に考えているのだろうか?もしかしてマシンが壊れて帰って来れないようになったら、と考えはしないのかな?


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光橋

旅館の主人さんとほとんど同感なので、思わず投稿させて頂きます。
私も自分が産まれた時代の風景、若き日の自分の両親、幼き頃の自分を見てみたいと思いました。私の場合昭和40年代ですが。
これは自分のことにしか興味が無いからかですかね?
他の方の意見もお聞かせ願いたい。

また、タイムマシンに乗って出かけて、帰ってこれないことが物凄く恐い。昔は懐かしいかもしれないが今の時代が自分のホームだと感じる。未来なんてひどく恐ろしい。


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小橋昭彦

光橋さん、ごめんなさい、投票しようと思ったんですが、ふと「行ってみたい」と「戻りたい」は違うな、と気づき、質問がややこしそうなのでやめちゃったんです。

ぼくならやっぱ、恐竜を見たいです。もしくは500万年後。ただ、500万年後だと人類がいなくって、けっきょく人類はどうなったんだと大きな謎だけ抱えて帰ってきそうな気もするので、未来の設定は難しいなあ。


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ホセジュニア

時間旅行というか、時間に興味を持っています。
最大のナゾであり、不可知領域。
誰もそのナゾを解くアプローチを見つけていないと思います。
勿論、アインシュタインだって同じ。博士は、物理的アプローチをしたに過ぎない。(ハードウェア的時間の捉え方)
時間には、まだまだ色々な側面があるように思われます。一つは、感情的に捕らえた時間、人体クロックによる時間とか。
何時もおかしいと思うのは、時間を語るとき、時間は過去から未来に向かって流れると表現されることが多いことです。なぜ流れるという比喩的言葉を使うのだろうか。流れているのは生物のみ。(生物的相対性原理かな)
最後に、時間旅行の話、未来からまだ誰も現代に旅行してこないように思えます。秘密裏に来ているのでしょうか。多分!


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小橋昭彦

ホセジュニアさん、ありがとうございます。
ぼくも、時間の不思議はしばしば感じます。過去に次のようなコラムも書いていますので、よろしければどうぞ!
時の流れ [02.11.28]
出来事時間 [05.01.13]


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時間旅行を考える時いつも気になるのは、ロバート・シルヴァーバーグ(だったかな?)の「時間線を遡って(だったかな?)」に出てくる「累積パラドックス」です。
これは、「未来が無限に続くと、過去の一時点に来る頻度がいかに少なくても、そこに来る時間旅行者は無限に増え続けてしまう」というものです。
そして、未来が分かる手段があれば、絶滅を避けることが出来ますから、宇宙が存続する限り未来が続くはずなので、至る所が時間旅行者で満員になってしまうわけです。
「親殺しのパラドックス」くらいなら簡単に解決できますが、「累積パラドックス」はどうしょうもありません。


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小橋昭彦

なるほど、累積パラドックス。
さいきんではマルチバースなんてことが言われていますから、あんがいそのあたりに解決の道があるのかもしれません。時間旅行をするたびに、その人に向けた宇宙ができているとか。
並行宇宙 [03.06.30]
ともあれ、累積パラドックスなんてのを思いつく発想がユニークですよねぇ。




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Your Comment:

 コニー・ウィルスの『航路』を読む。臨死体験を科学的に追った小説だ。ぼくたちの認識と脳はどう関係しているのだろうと思いつつ、夜明けまで読みふけっていた。今年のベストのひとつ。こんなときは時間が短く感じられる。 物理学的には時間に「流れ」はないと科学誌の特集にあって、はっとする。時間が対称でないのは熱力学の第二法則「エントロピーは増大する」などから導かれるが、それとて時間の矢があるというだけのことで、矢が飛んでいることを示してはいないと。北を向く方位磁石が南から北への移動を意味していないのと同じ。 それでも、ぼくたちは時間の流れを感じる。それは、ぼくたちの心が生み出した幻想であるという。たとえば過去を覚えている、その過去と今が違うから流れを感じているだけかもしれない。時の流れは物理学的な説明ではなく、心理学、あるいは神経生理学に求めるほかなくなる。もしくはぼくたちの文化や言語の中に。 たとえば神経生理学。デューク大学のメック教授によれば、ぼくたちの脳には、インターバルタイマーと呼ばれるストップウォッチがある。独自のテンポで発火するニューロンが関係しているらしい。ストレスに関係するホルモンはインターバルタイマーの進み方を速くする。だから、ストレスのある状況ではほんの一瞬が長く感じる。 たとえば文化。社会心理学者のレヴィーンが、国ごとの時間感覚を調べている。都会の歩道を歩くスピード、郵便局員が切手の注文をさばく時間、公共時計の精確さの3つの指標で調べたところ、日本はもっともペースの速い国のひとつ。一方遅い国にはブラジルやインドネシア。 時間の流れは一定のように考えがちだけれど、このように人が置かれた状況や文化の違いによって、さまざまな速さの時間が、この地球上で流れている。よどんだり急に速くなったり。ウィリスの『航路』は、ぼくをすばやい流れに乗せて、夜明けまで運んでくれたわけだ。

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 メコン川に生息する大ナマズが生存の危機にあるという。貨物船の航路整備のため川底の岩場が次々に爆破され、産卵地が減少。写真を見て驚いた。大きいどころではない。体長2メートルあまり。体重は300キロにもなるという。なるほどこれなら地震も起こせると、妙な納得をしたものだ。 それで気になって地震とナマズの関係を調べてみたが、これがよくわからない。大地の下で何かが動いて地震が起こるという伝承は、世界でもさまざまなバリエーションがある。それが蛇だったり亀だったり魚だったり、はたまた柱だったり交わる男女の神だったりする。仏教系の流れでは、世界の中心たる須弥山(しゅみせん)を巨魚が載せているという伝承もあるので、その影響もあるだろうか。 鹿島神宮には、地震を起こさないようにナマズをおさえている、要石(かなめいし)がある。じつはこれ、江戸時代までは龍をおさえていると伝わっていた。もともとは龍で、それが江戸時代に諧謔かあるいは地震のときナマズが動いたという身近な目撃例が重なったかでナマズになったのか。 もちろん、現代ではナマズが原因とは信じられていない。新しいキーワードとして注目されているのは「アスペリティ」。地震の原因は大地をのせたプレートとプレートがずれることと言われるが、このプレートの境界で、ずれずにくっついている部分をいう。これがたまりにたまって、最終的に一気にずれることで大きな地震となるのだと。 アスペリティ周辺では、地震波を出さないようなゆっくりした断層の動きがあると考えられていて、ゆっくり地震とも呼ばれる。観測技術の向上で、このわずかな揺れも観測できるようになった。それを通してアスペリティの規模を知れば、地震の理解に役立つと期待されている。 95年1月17日、あの朝の記憶は今も新しい。なまずからアスペリティへ。研究が進む一方で、われわれ一人ひとりの自覚も欠かせない。

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