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和算

2002年11月18日 【コラム
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 江戸時代に発展した日本独自の数学、和算。代表的な名をあげるなら、17世紀に活躍した関孝和だ。彼が行列式の理論を記した「解伏題之法」を表したのは1683年で、ライプニッツより早い。その弟子建部賢弘が「綴術算経」を時の将軍、吉宗に献上し円周率を42桁まで正しく求めたのが1722年。これまたオイラーがπを採用する1737年に15年先立つ。
 江戸時代に和算が発展したのには、「塵劫記」というロングセラーの役割が大きい。その巻末には、解答のつかない12題の問題がついている。これができない人は教えるなという意図があったようだが、後代の人はそれを解き、さらに自分で問題を追加していった。「遺題継承」と呼ばれるこの習慣が、和算のレベルを向上させていく。
 それにしても、絵馬の代わりに数学の問題と回答を掲載した「算額」が神社に奉納されてもおり、和算がいかに重宝されていたかがしのばれる。まあ、重宝されるといっても、年貢計算など実用面で役立つ一方で、遊びに近い部分もあった。ねずみ算などは遊び感覚を取り入れたいい例だろう。
 ねずみ算といえば、時代をさかのぼり、豊臣秀吉から欲しいものをやると言われて答えた曾呂利新左衛門の逸話も知られる。将棋版を指して「今日は一粒、明日二粒、三日目は四粒と、前日の倍にして盤の目の数、81日分の米粒をいただきたい」と答えたと。おやすい御用と受けた秀吉。さて実際にやってみると、日本中の米を集めても足りなくなる計算。
 奈良時代にさかのぼり、当時の教科書「孫子算経」にもおもしろい問題がある。「29歳で9月に妊娠した女子が生む子は男か女か」なんて質問が通常の問題に混じっている。なにやら計算して、結果が奇数だから男と。算術が呪術と近かった時代。教科書の名にあるように、「経典」と同類なのだ。
 そういえば、小学生時代の算数で今も驚いた記憶があるのは、円周率にきりがないと聞いたこと。数字に自然の魔力を感じて、妖しかった。学問を、必要以上に世の不思議から切り離すことはない。

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5 comments to...
“和算”
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小橋昭彦

参考書として『「数」の日本史』をおすすめ。算額については「和算の館」「算額に見る江戸時代の幾何学」を、また和算については「和算研究所」「和算の歴史」「日本の数学」をどうぞ。


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服部 正志

いつも楽しく読ませてもらっています。
よく数学の話題が取り上げられますが円周率が日本で先行して計算されていたとは驚きです。
円周率の無限さと言うとひとつ気になっていることがあります。今までどこにもこんなことについて書かれているのを見たことがないんでちょっと書いてみます。球の表面積は簡単な積分から求められ、4πr2(二乗)であることは皆さん御存知のことだと思います。これは球を中心で割ったときの断面積πr2(二乗)のちょうど4倍が球の表面積に当たるという見方も出来ますよね。円の直径に対する円周の比が円周率で無理数なのに、これは4ちょうどです。なんと不思議なことでしょう。コラムのねたにでもなればと思い。


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高橋立明

 「実用面で役立つ一方で、遊びに近い部分もあった」というのは、いわゆる和算に限定して考えると逆かなぁと思います。
 実用面でのいわゆる読み書き算盤の算盤に対して、和算はむしろ芸事、つまり、華道、茶道などと同類の和算道としての側面が大きかったのではないでしょうか?


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小橋昭彦

高橋さん、ありがとうございます。

>華道、茶道などと同類の和算道としての側面が大きかった

まさにおっしゃる通りです。遊算家なんて、まさに芭蕉が俳句を詠みつつ全国を行脚したように、算数をしつつ全国を歩いたのですしね。似ていると思います。本文では遊びと言ってしまうと一部反感を買うだろうなと、あのような表現にしました。


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三井 一寿

「和算」って、ほんとうに、おもしろそうですね。

私は、長野県の上田市に住んでいますが、以前に、地元のテレビのローカルな番組で、長野県のあちこちの神社に、奉納されている「算額」を、現代風に、読み解き、解を求めている人達の特集をやっているのを見て、現代風に読み解いている姿をみて、非常に面白かった覚えがあります。
身近なところに、深い教材があるの知って、我々は、もっと真摯に、先人の智恵の痕跡を学ばなければと思いました。




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 日本人の平均寿命は伸びている。それでつい勘違いしがちなのだけれど、最大寿命については、伸びているわけではない。これまでもっとも長生きしたのは1997年に122歳で亡くなったフランス人女性。人間の最大寿命はほぼそんなところだ。 これは種によって決まっていて、ゾウなら70年程度、ハツカネズミは3年。さて、問題は何が最大寿命を決めているのかだ。それがわかれば、老化防止も夢ではない。東京都老人総合研究所の白澤卓二研究室長によると、たとえば骨の成長に要する期間の6倍という説があったという。骨の成長を身長の伸びと考えれば、人間の場合は20歳前後で成長が止まるから、その6倍で120歳。犬なら2年半だから6倍して15年。偶然にももっともらしい数字になるのだけれど、科学的には証明されずに終わった。 生殖可能な時期が終了してから子どもを育てるのに必要な期間を加えたもの、という説もある。50歳で閉経ならそれに20年を加えて70歳。人間だけは法則を逸脱したと説明できるにしても、さすがに現代の長寿社会では通用しにくい。 哺乳類ならどんな動物でも一生の間に心臓が20億回うち、5億回の呼吸をするという。活性酸素が老化に関係しているのは事実だから、呼吸と寿命の関係もあるのかもしれない。また、カロリー制限をしたマウスは寿命が延びるという実験結果もある。もっとも、だからといって人間が1日の摂取量を30%も落として数年間続けるとなれば、別の意味で健康を害しそうな気がしないでもない。 老化と寿命の研究には、寿命がわずか3週間しかない線虫が役立っている。おかげで遺伝子研究も進んでいて、いくつかの遺伝子が老化に関係していることがわかってきた。ダーウィンを信じるなら、人間も線虫のような原始的な生命から進化したわけで、その間のどこかで3週間と120年の違いが生まれたわけだ。それはどこだったのか。まあ、あまり難しく考えないで生きるのが長寿のコツなのかもしれない。

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 創刊号の復刻版につられて購入した現代用語辞典。1948年版というから、戦後3年目。内閣用紙割当の都合で語数を減らしたとある。時代の空気を想像しつつページを繰る。と、政治用語の解説に「複雑怪奇、臣道実践、承諾必謹などという政府の造語は」とあって手を止めた。複雑怪奇が政府の造語とは。 調べてみると、なるほど、1939年に組閣された平沼騏一郎内閣が、独ソ不可侵条約の締結を受けて「欧州情勢は複雑怪奇」と声明を出して辞職している。当時の流行語というから、吉田茂の「バカヤロー」並みか。知っておくべきだった。 さらに復刻版を眺めていくと、1946年にチャーチルが使って広まった「鉄のカーテン」という言葉もはや収められている。冷戦時代を象徴するこの言葉、ぼくが10代の頃まではナマの手触り感があったけれど、いまでは死語になったと感慨にふける。 野球用語では「リード・オフ・マン」が項目にあげられており、説明文に「トップ・バッターともいう」とある。その後はむしろトップ・バッターが一般的に知られ、リード・オフ・マンは、イチローが大リーグに挑戦してあらためて日本に定着した気もするのだが。 Planetを東京大学系では「惑星」、京都大学系で「遊星」と呼ぶともある。いま一般には惑星の方が使われるが、これはその後の研究の流れと関係があるのかどうか。 そういえば明治時代はじめの学生は「自由」「義務」なんて新漢語をかっこよさげに使っていたそうだし、いまではIT革命などと普通に使われる「革命」も、時代によっては生臭いイメージがあったろう。言葉は時代とともにあり、日々新しい。新聞だけでも毎日10前後の新語が見つかるというから、若者だけではない、大人だって新しい言葉を利用したがるわけだ。 言葉は、概念や認識とともにある。言葉の乱れを嘆くのも無益ではないけれど、怖いのは、言葉を否定することで、その言葉で伝えようとする思いまで封じることなんだろうな。

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