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ちょっと知的な雑学&トリビア

チェレンコフ光

2002年10月10日 【コラム
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 新作が発表されると必ず手にする作家のひとりが、池澤夏樹氏。芥川賞を受賞した『スティル・ライフ』を読んだのが社会人になって1年目のこと。テーブルに置かれた水が入ったグラスを前に、チェレンコフ光を見ていると語るエピソードの透明感に魅かれた。そういえばあの年の冬、岐阜県にあるカミオカンデが大マゼラン星雲で起きた超新星爆発からのニュートリノを世界で初めてとらえたのだった。カミオカンデは、地下深くでチェレンコフ光を検出する装置。
 カミオカンデ実験を推進した東京大学の小柴昌俊名誉教授がノーベル物理学賞を受賞したとニュースで知って、いまから15年前の、そんな懐かしい日のことを思い出していた。あの日以来、水の入ったグラスを見るたび、16万光年かなたの星雲を思い描く。そして、テーブルの上のグラスに宇宙とのつながりを幻視する作家の想像力に思いをはせ、それだけの想像力を自分は持てるかと自問する。
 チェレンコフ効果が発見されたのは、1934年のこと。百科事典で1934年という年を調べてみると、中西悟堂が日本野鳥の会を創立したのがこの年とある。野鳥という言葉をつくり、探鳥会、今でいうバードウォッチングが行われた。当時鳥を飼うことがブームになっており、野鳥をかごに閉じ込めることへの疑問が動機になったという。
 この瞬間も、ぼくたちは毎秒1000兆個以上のニュートリノを浴びている。ただ、素通りしているから気づかない。同じように、ぼくたちは多くの出来事に素通りしていないだろうか。少し立ち止まって見ると、新しい世界に出会えることが多いのに。
 15年前、ぼくは『スティル・ライフ』に教えられたのだ。それは、心の中にカミオカンデを持つことの重要性といえるかもしれない。世の中の事象を素通りさせるのではなく、小さな出来事に反応し、光を感じる力を失わないでいることの。

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6 comments to...
“チェレンコフ光”
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小橋昭彦

スティル・ライフ』はとってもお薦めです。カミオカンデについては「東京大学宇宙線研究所」「スーパーカミオカンデ」をどうぞ。「日本野鳥の会」で野鳥のお勉強。


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垣添政治

結婚記念日だそうで、おめでとうございます。
受信ばかりしていますので、ここらで一報しておかねばと言う気持ちです。
 メールはいつも楽しみにしています。


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長谷川綾子です。

15年前、ぼくは『スティル・ライフ』に教えられたのだ。それは、心の中にカミオカンデを持つことの重要性といえるかもしれない。世の中の事象を素通りさせるのではなく、小さな出来事に反応し、光を感じる力を失わないでいることの。

これまさに短歌の作り方です。
大きな事件に巻き込まれた感動も昨日より少し葉っぱが伸びたという気づきの感動もその質においては同じ
といわれます。そして短歌は大きな環境問題をいうのに亀 マル虫 カエルなど小さなところの変化を読んで大きなところを語るようです。概念的な言葉の羅列は力を持たないのです。

それが言うは易くて創るは難しです。
今日のコラム私のHP井戸端会議にいただきました。
あの私駆け出しの素人歌人です。

興味のある方はいらしてください。


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加島潤一

チェレンコフ光で思い出すのは1999年に起きたJCOの臨界事故。酸化ウランをスコップで沈殿槽に入れすぎたため、核分裂が連続して起こる臨界状態になってしまった事故です。このとき沈殿槽で見られたのがチェレンコフ光。この光は、一方ではノーベル賞受賞につながり、他方では死者まで出した事故の証となり、単なる自然現象も起こる場面によっては異なる姿に映ります。JCO臨界事故から3年経ちましたが、このあと原子力発電所の点検保守、安全性について虚偽の報告がまかりとおり、今さらながら、危険性の視点から「原子力」を見直さないといけないのかもしれません。


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涼子

はじめまして。
いつも楽しみに読ませて頂いています。
なにより大好きなのが、うっかりすると見逃してしまいそうな一番下のほんの数行。(笑)
気持ちが暖かくなります・・・。
あの数行を書かせてくれる張本人のお二人が生まれた“おかげの記念日”だそうですね。(笑)
心からおめでとうございます。

いつもなにか・・・と思いつつなかなかきっかけが無くて。
誕生日にメッセージを頂いた時に「今日こそは!」と思っていたのですが・・・それでもやはり・・・でした。(笑)

で・・・本日は「お祝い」を申し上げに参上いたしました。(笑)


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kiyokake

今回のチェレンコフ光の話で思い出があります。学生のころ(40年以上前ですが)物理の試験でチェレンコフ現象の説明と、光が出すエネルギの計算式を示す問題でした。この試験は合格しないと留年する必須科目でした。しかし光速以上の速さで移動する事が条件で発光する現象は理解できませんでした(今も)。仕方なく教科書のどこに書いて有ったかは憶えていたので最後の手段を用いて書き上げました。悔しい思い出です。




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 アポロ計画について書くにあたり、宇宙飛行士ジーン・サーナンの回想録に目を通した。この書籍はどう成立したかと想像し、オーラル・ヒストリーに思いをめぐらす。政策研究大学院大学の御厨(みくりや)貴教授は、オーラルヒストリーをリンカーンの言葉をもじって「公人の、専門家による、万人のための口述記録」と定義している。一般の回想録が本人の視点からのみ描かれるのに対し、オーラル・ヒストリーは聞き手との共同作業であるところに特徴がある。 オーラルヒストリー成立のためには、語り手に歴史として残そうという意志が必要になる。日本では沈黙を金とし、すべて墓場までもっていくことを美徳とする風潮もあり、必ずしも確立されているとはいえない。その点、英国の政治家は回顧録を書いてようやく職務を終えるともされるとか。そうと知って『サッチャー回顧録』を読み返すと、なるほど、貴重な歴史資料であると認識を新たにする。 つい先日も、英国保守党の女性議員が回想録でメージャー前首相との不倫を告白し、話題を呼んでいた。スキャンダラスな話題も、歴史証言ととらえるなら意味深く思えないでもない。それでふと米国の前大統領を思い出し、調べてみるとフーバー大統領以降、米国の大統領経験者は大統領図書館を設置して資料を残すことになっている。やはり歴史を記録することへの責務があるわけである。 ちなみに、オーラルヒストリーに欠かせないインタヴュー技法は、1859年に発明されたとされる。同年8月に発表されたニューヨーク・トリビューン編集長ホラス・グリーリーによる、モルモン教指導者ブリガム・ヤングに対してのものが、いまに続く形式を生んだ。そこで、この世界初のインタヴューを含むインタヴュー集を手にとる。マルクスやピカソ、アル・カポネにスターリン。書籍の中から、彼らの肉声が立ち上るようで、一瞬めまいを覚えた。インタヴュアーとの切り結びが文字になったことが生む、独特のリアリズム。語りの力を、あらためて思う。

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