小橋 昭彦 2002年10月7日

 アポロ計画について書くにあたり、宇宙飛行士ジーン・サーナンの回想録に目を通した。この書籍はどう成立したかと想像し、オーラル・ヒストリーに思いをめぐらす。政策研究大学院大学の御厨(みくりや)貴教授は、オーラルヒストリーをリンカーンの言葉をもじって「公人の、専門家による、万人のための口述記録」と定義している。一般の回想録が本人の視点からのみ描かれるのに対し、オーラル・ヒストリーは聞き手との共同作業であるところに特徴がある。
 オーラルヒストリー成立のためには、語り手に歴史として残そうという意志が必要になる。日本では沈黙を金とし、すべて墓場までもっていくことを美徳とする風潮もあり、必ずしも確立されているとはいえない。その点、英国の政治家は回顧録を書いてようやく職務を終えるともされるとか。そうと知って『サッチャー回顧録』を読み返すと、なるほど、貴重な歴史資料であると認識を新たにする。
 つい先日も、英国保守党の女性議員が回想録でメージャー前首相との不倫を告白し、話題を呼んでいた。スキャンダラスな話題も、歴史証言ととらえるなら意味深く思えないでもない。それでふと米国の前大統領を思い出し、調べてみるとフーバー大統領以降、米国の大統領経験者は大統領図書館を設置して資料を残すことになっている。やはり歴史を記録することへの責務があるわけである。
 ちなみに、オーラルヒストリーに欠かせないインタヴュー技法は、1859年に発明されたとされる。同年8月に発表されたニューヨーク・トリビューン編集長ホラス・グリーリーによる、モルモン教指導者ブリガム・ヤングに対してのものが、いまに続く形式を生んだ。そこで、この世界初のインタヴューを含むインタヴュー集を手にとる。マルクスやピカソ、アル・カポネにスターリン。書籍の中から、彼らの肉声が立ち上るようで、一瞬めまいを覚えた。インタヴュアーとの切り結びが文字になったことが生む、独特のリアリズム。語りの力を、あらためて思う。

3 thoughts on “オーラルヒストリー

  1. まず「オーラルヒストリー政策研究プロジェクト」と書籍『オーラル・ヒストリー』をどうぞ。リンク集「歴史資料>オーラル・サウンド」も有益。日本でのオーラル・ヒストリーを刊行した書籍としては『情と理?後藤田正晴回顧録(上)』『情と理?後藤田正晴回顧録(下)』『渡辺恒雄回顧録』など。コラム中で触れた『サッチャー回顧録』はすでに刊行されていないようですが、インタヴュー集は『インタヴューズ〈1〉マルクスからヒトラーまで』『インタヴューズ〈2〉スターリンからジョン・レノンまで』として出ています。また、大統領図書館については、「Presidential Libraries」をご覧ください。

  2. インタビュー技法について(ホラス・グリーリーによる)、どのような、技法を用いられてのか、もう少し
    詳しく教えて下さい。(技法についての、文献か何か
    ありますか)

  3. 小西さん、小橋です。

    すみません、コラムでの意味は、「インタビューという(大きなくくりの意味での)技法」というつもりの表現でした。「インタヴューが発明された」と書いてもよかったのですが、すわりが悪かったので「技法」をつけました。誤解を生んでごめんなさい。

    なお、オーラルヒストリーにおける、インタビューするにあたっての技法については、前掲著『オーラル・ヒストリー』にメソッドとしてまとめた章があります。

    その他、インタビューにあたっての心得を述べる書籍はそれなりにありそうですが、紹介できるほど詳しくありません。

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