ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

シュークリーム

2002年8月22日 【コラム
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 オンラインショップの店長さんたちを対象に文章を書くときに気をつけていることを話してくれという依頼があった。当日までの宿題として、好きな食べ物について800字で書くことをお願いする。好きなものについてなら書きやすいし、自分と対象の距離を測る練習にもなるだろうと思ったわけである。なんのことはない、『翻訳夜話』で村上春樹氏のいう「カキフライ理論」の受け売りだが。
 自分も同じ宿題をこなそうと考えていて、最初に思いついたのがシュークリームだった。特売でよく見かける、パックに入ったプチシュー。味は大きいシュークリームが勝るのに、なぜなのか。
 いっしょに布団と水枕が思い浮かんだから理由はわかっている。しばしば高熱にふせった幼い頃、病床のぼくに祖母がよく買ってきてくれたのがプチシューだったのだ。田舎育ちのぼくにとっては、ふだん口にすることのない、ちょっと高級感のあるお菓子。元気をなくしている孫にという祖母の優しさだったのだろう。
 熱が下がった上体を布団から起こして、そっと口を開く、その大きさにプチシューはほどよく合った。かしゅっとここちよい歯ざわりとともに、甘いクリームが口の中に広がる、そこにしあわせが凝縮しているような気持ちになった。
 シューというのはフランス語でキャベツの意という。アンリ二世に嫁いだイタリア・メディチ家のカトリーヌ・ド・メディシスおつきの菓子職人がフランスに持ち込んだとされる。彼女がフランスに伝えたとされるものは他にも多く、フォークなどの食器も彼女が持ち込んだといわれるから、食文化そのまま、嫁いだわけだ。
 調べてみるとこのプチシュー、婦人方が食べるときに口元を汚さないために小さく作られたという。エクレア、スワンシュー、サントノーレ、クロカンブッシュ。工夫を加えられ、シュークリームにはさまざまな変形が生まれている。最近は大きくてしっかりした味が人気だが、あの大きすぎも小さすぎもしない、一口サイズのプチシューこそ自分のしあわせ感にあっている、そんな気がする。

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7 comments to...
“シュークリーム”
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小橋昭彦

洋菓子のヒロタが民事再生手続きとはねえ、と思ったりもしたものでしたが、ともあれ、「シュークリーム特集」「シュークリームの歴史」などをご参照ください。


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松本秀人

一時、流行したグミキャンディが“乳首感覚”だから流行ったのだとか、マックシェイクの飲む速度が“母乳速度”にしてあるのだとか、人それぞれの食べ物に対する(味以外の)大きさや粘度、食感も重要なファクターなんでしょうね。


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禿山一夜

小橋 昭彦様へ

*先日のNHKスペシャル変革の世紀、見せて頂きました。アジアを廻り、古城を訪ねて新きを日本人が知らなければ未来食も無いのでは0?。

*何時も雑談、雑学、ありがとう御座います。
                R.BABA.


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M.S.

邦題を忘れてしまったのですが、日本でもかなりヒットした小説を思い出しました(フランスの小説です)。
著名なグルメ評論家が死を目前にして、どうしても最後に食べておきたいものがあるのだけど、それがなんなのかがわからない。いろいろな珍味をとりよせてみるが、みな違う。結局、スーパーの袋入りシュークリームだった、という話です。皮肉とエスプリの効いた小説ですが、なるほど、と思わせます。私個人は、添加物タップリの市販シュークリームは、怖くて食べることなどできませんが……。(とはいえ、手作りとなると、時間の都合で難しいですね。以前は時々つくったのですが)。


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安田憲市朗

いつもメーリングリストを楽しませていただいております、京都の安田と申します。

今回シュークリームというネタで、しかもオンラインショップの店長という話があったので、書かせていただこうとキーを叩いております。

オンラインショップをやっていますが、さすがに毎日新製品というわけにもいきませんので、日々更新できるネタとして日記を書いて公開しています。
あくまで日記ですので、随分つまらないことも書いているんですが、書くのに詰まると食べ物ネタを書いています。
おいしく書くのが難しいな、といつも考えています。

今回シュークリームの話で、口に入れた時の表現が素晴らしいな、と思い、またおばあちゃんの気持ちというのがすごくいいと感じ、僕も見習うことができればと思いました。

もっとも僕はプチシューではなく、どちらかというとただただ巨大な大きいシュークリームが好きで、モーツァルトやまざ0ぐ0すといった店のシュークリームがお気に入りです。
まざ0ぐ0すは立命館の近所にもありますし、大きいデパートであれば出店も入ってますので、ぜひ一度お試し下さい。
大きいシュークリームではないですが、神戸のエストローヤルなんかもおいしいですよ(^^


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小橋昭彦

M.S.さん、なんとそんなフランス小説が。ありがとうございます!

安田さん、ありがとうございます。おっしゃっていただいたあたりは、第一稿段階から何度も書き直したところだけに、嬉しく思います。推敲を重ねてから読者に届けることが重要なのでしょうね。日々書いていると間違いなく進歩しますので、日記、がんばってください。


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ハマ

小橋様へ
いつも面白い話ありがとうございます。
シュークリームをはじめて食べさせてもらったのは
昭和30年代小生高校生の頃、甘党の親父が、はじめて買
ってきてくれた時でした。その時のことが忘れられなくて、のん兵衛の私が、子供へのおみやげとして、ケーキ屋で選ぶのはいつもシュークリームでした。




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 週刊誌の車内吊り広告に、有名人の下着がチラリと見えた写真掲載という見出しが大きく踊っていて、なんだかなあ、と苦笑してしまった。というのは、国際日本文化研究センターの井上章一助教授による『パンツが見える。』を読んだところだったから。 かつて日本女性は、パンツをはいていなかった。1932年に起きた東京・日本橋の百貨店、白木屋の大火災がきっかけで履くようになったと俗に言う。同著は、それが間違いであることを実証的に指摘した、おそらくは初めての書籍だろう。この事件で亡くなった一人一人の死因が下から覗かれるのを避けようとしたためではなかったことを裏付けるとともに、事故後もズロース着用率があがっていないことを、新聞の論説から拾っている。 井上助教授は、白木屋ズロース伝説の起源は、同百貨店の専務が火災の1週間後に発表したコメントにあると指摘している。詳細は同書に譲るとして、20世紀初頭までの女性が、道端で「立ち」小便をするなど、今の常識ほどは隠すことに抵抗感がなかったという指摘は新鮮だった。だいたい当時は、ズロースを履いていれば見えても恥ずかしくないという論調なのだ。 では下着のチラリはいつから喜ばれるようになったのか。1955年封切、マリリン・モンロー『七年目の浮気』と同じ頃のようだが、あの映画の有名なシーンが社会的な影響を直接与えたわけではないらしい。1960年代にははや、男性誌に風の強い階段といった「名所」の特集が組まれている。それまでは風が吹いたらズロースだったと残念がる川柳さえあったのに、隠されれば見たがる男心、なんだかなあ、である。 男性の下心が白木屋伝説を生んだという指摘は鋭い。歴史的考証という隠れ蓑のもとで、和服の裾の奥が見えたという猥談にこうじたのではというわけだ。そういえば、温泉街で見かける秘法館のアヤシゲな展示を民俗的ないしアート的に評価した展覧会が人気を呼んだそうだが、その裏にも、同じような心理があったかもしれない。井上助教授は自身の著書にもそういう面はあると自覚していて、それは、このコラムも逃れない。なんだかなあ、の今ひとつの理由でもある。

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 東の端からもたらされたお茶に西の端の砂糖を入れる。国力を誇示するようなこの表現が見られた18世紀、イギリスは世界貿易の主導権を握るようになり、紅茶はインドなどの東洋から、砂糖はカリブ海の島々で行っていたプランテーションから手にするようになっていた。 当初は高価だった紅茶や砂糖も安くなり、大量に消費されるようになった。1650年にオックスフォードではじめて生まれたというコーヒー・ハウスがにぎわい、イギリス各地に広がった。政治から経済まで、さまざまな情報が交換され、政党を生み、ジャーナリズムを生み、科学者のあこがれ王立協会を生み、おまけにバブルまで生んでいる。 バブルというのは、いまのバブル経済の語源ともされる南海泡沫事件。1720年に起こった南海会社の株価暴落をきっかけにした大恐慌で、もともと利益をあげられるはずのないバブルのような会社だったのでこう呼ばれるようになった。そんな会社の株がやりとりされたのも、コーヒー・ハウスでの情報交換があってこそ。 アメリカ独立運動の決定的なきっかけともされる1773年の「ボストン・ティー・パーティ事件」は、ボストン港に入ったイギリス船の積荷だった紅茶を海中に捨てたもの。高価な紅茶と砂糖をあわせるのは、いわば究極のステイタス・シンボルでもあったから、イギリス上流階級のシンボルを捨てたところにアメリカがはじまったともいえるわけだ。 サトウキビ畑のプランテーションにアフリカからの黒人奴隷が働かされていたことなども思うと、砂糖は決して甘いだけではない。砂糖で世界を記述することもできるという百科事典のひとことにひかれて調べ始めた砂糖。なるほど、一杯のお茶にも、世界の歴史が香っているのである。

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