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太ることとストレスと

2002年7月04日 【コラム
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 田舎に越してきて、5キロほど体重が減った。動く距離が違う、畑の野菜を中心に食事をする、そんなことが奏効しているのだろうか。標準体重になって以降は減らない。
 京都大学の清野裕教授らの研究によると、肥満になるには、十二指腸から出る「GIP」というホルモンが重要な役割を果たしているという。GIPが働くことで血液中の脂肪が細胞に取りこまれやすくなるのだ。肥満治療薬というとこれまでは食欲を抑える薬だったが、GIPを抑制する薬ができれば、成人病の予防に役立つのではと期待されている。
 それで思い出したのが、オハイオ州立大学のキャスリーン・ストーン博士らの研究。人前でのスピーチや英単語テスト、簡単な計算などを課された被験者は、血中から脂肪を取りのぞく作用が落ちたのだ。ストレスが脂肪の新陳代謝を遅らせるわけ。
 ストレスといえば、お酒を飲んで発散、という人も多い。ドイツのマックスプランク精神医学研究所などの実験によると、ストレスを受けたときに分泌されるホルモンに関係する遺伝子を壊したマウスとそうでないマウスでは、ストレスを与えたときのアルコール摂取量に3倍の開きがあったという。ストレスで飲酒をしたくなるのは、遺伝子のせいかもしれないと示唆する研究結果だ。
 遺伝子、あるいはタンパク質のはたらきというのは今ホットな分野だから、これからもこうした研究成果が続々と出てくることだろう。とはいえ遺伝子は、こうして生まれた以上、変えようったって変えられない。日々の生き方まで遺伝子ベースで考えることはないだろう。すくなくとも目の前のストレスは遺伝子のせいじゃないんだから。
 ちなみに、ストレスが減ったためにやせたのかどうかはわからない。田舎だからストレスが少ないっていうのは幻想だ。ただ、ストレスを感じるとき、青い山並みや広い空を見ていると、それらはぼくのちっぽけな日常に関わらず同じようにあるわけで、現世のストレスなんてどうだっていいことのように思えはするのである。

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11 comments to...
“太ることとストレスと”
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小橋昭彦

京都大学清野裕教授については「名医が語る健康と医療のはなし」をご参考に。「キャスリーン・ストーン博士」はこちら。ストレスと飲酒については「Science 3 May 2002 pp. 823-824」と、ドイツ語だけど「マックスプランク精神医学研究所の発表」をご参照ください。あと、コラムでは触れられなかったけれど、必ずしもストレスは悪者ってわけじゃなく、免疫にはある程度必要ともいえます。「Elizabeth Kovacs博士」による発表が「ストレスホルモンが感染症をくい止める」に詳しいです。


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千葉省吾

私はストレスがなくなって太りました。
というより、ストレスの元になっていた仕事が軽くなったので太ってしまったような気がします。


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Line

う0む。「ストレスと肥満」今までも考えてきて、これからも考え続けるであろう問題。確かにストレスが多いと、食べ物に走る。食べている間は現実逃避できる。食べている間は幸せだ。これは私が食べることがスキだからか、単なる自棄食いか・・・


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小橋昭彦

確かに、ぼくも在宅勤務をはじめて、一時太りました。考えることにつまると、つい口に何か入れてしまうんですよね。会社にいれば、それはできないのですが。

とはいえ人間、適度なストレスは必要ではあるのです。ストレスがまったくないと、身体の抵抗力なども落ちるそうですから。スポーツでも、適度な緊張感があったほうが、いい結果が出ますよね。

ストレスを感じる仕事は、気軽な仕事より、自分を伸ばしてくれてもいるのでしょう。


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のり

僕の場合、仕事でのストレスが溜まると、やはり太ります。
でもそれは、仕事が忙しい→ストレスが溜まりやけ食いする、食事のリズムが不規則になる、運動ができない→太る、というサイクルだからだと思ってました。
もちろんそれはそれで大きな影響なんでしょうけど、ホルモンに焦点を当てた今日のコラムは新鮮でした。


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キタムラ

ストレスによって過食になり太る場合と、やせてしまうケースもありますよね。若い頃はやせてしまうことが多かったのに・・・。

 私は、出産後、体重はともかく体型が変わりました。男性には、この感覚わからないでしょうねえ。独身時はモデル体型だった友人たちがオバサン体型になったのを何人も
見ました。私は普通からオバサンです・・・。


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ハレルヤ

私はストレスというものを感じないです。
正確には気づいていない。。。ということなんですけど。
ただそれは自然に解消されているからだと思ってます。
合唱部に入っているので、大きな声を出す発声練習などは本当に良いストレス発散になっています。
田舎なので電車の窓から見える風景や。近くの山々も自然と心を落ち着かせてくれます(^^)
食生活が変われば太るのは簡単らしいです。
留学した先輩は「10キロなんて簡単に太る!(涙)」と言ってました。。。。


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WMASA

いつも楽しみにしています。
軽く読めますので。
今回は読みなおしました。なぜ?

摂取量はどちらが大?壊したマウスか否か?
どこまで? 足が起たなくなるまで?寝てしまうまで?
摂取方法は?

本意、本筋とは違ったところで疑問となったので


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MAX

初めて投稿します。最近読み始めました。

さて太るストレスと細るストレスがあるような気がしませんか?
そう感じているのは自分だけ?

太る体質太らない体質は遺伝子がある程度決めるのだと思いますが、
これから遺伝子操作ができるようになるとどうなるか?
みんな同じ体型だと・・・・すくなくとも女性のダイエットはなくなるし。
服も一種類しか売れなくなるし・・・。

経済効果としては×ですね(笑)。


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小橋昭彦

WMASAさん、ありがとうございます。すみません、軽く読めるといいつつ、最近のはけっこう詰め込んでいるので、あっさりとは読みにくいかもしれません。

ストレスと飲酒については、日本語がないのが申し訳ないのですが、詳しくは論文をご参照ください。

ざっと説明すると、遺伝子が壊れたマウスの方が、飲酒します。この遺伝子がストレスへの防御機構を働かせるものと考えられています。それが効かなかったため、飲酒したのではと。飲酒のほどですが、足が立たなくなるまでといった基準ではなく、通常のマウスの3倍の量を飲んだということです。もちろん、口からの飲酒です。

今読むと説明不足ですね。ごめんなさい。


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chacha

初めての投稿です。
勘違いしていたらゴメンなさい

遺伝子が壊れると飲酒量が多くなるということですが、
その遺伝子が壊れているまま人間が生活するってありうるんですか?

飲酒をしなくなるように遺伝子を修復することってできるんでしょうか
ちょっと気になって登校してみました。




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 定期購読している科学誌に「クジラが歩いていたころ」と題した特集があり、そういえばここ数年新しい発見が続いていたと思い出す。哺乳類であるクジラが魚のような姿になったことは、よく収斂(しゅうれん)進化の事例として取り上げられる。違った種であっても、環境が同じなら似た形態になるという進化のあり方だ。 海に入る前、クジラには足があった。現在の偶蹄目と近いとされる。ラクダやウシ、ブタなどが含まれる目だ。東京工業大学の岡田典弘教授らによるDNA分析によると、クジラにもっとも近いのはカバだという。かつての共通祖先から、まずラクダの仲間が分岐し、次にブタやイノシシ、そしてキリンやウシ、最後にカバ、クジラの順で分岐していったとか。 こうした進化の証拠となる化石は、岡田教授によるカバ仮説が発表されて後、2001年に見つかっている。古代のクジラ、ロドケタスの足首の骨がそれ。偶蹄類に共通した特徴が見られたのだ。もっとも、カバに近いといっても、ロドケタスは今のワニのような、なかなか恐ろしげな口をしている。 ロドケタスの体長は約3メートル。いまのシロナガスクジラは33メートルあるから、5000万年の月日をかけて足は退化し、巨大化してきたわけだ。ロドケタスの時代、インド大陸はまだ漂流中で、アジア大陸に衝突してヒマラヤ山脈という巨大な壁を作るのはさらに2000万年ばかり後になる。 国際捕鯨委員会の推定によると、シロナガスクジラはいま、南半球で400頭から1400頭頭と絶滅の危機にある。捕鯨禁止で同じ海域におよそ76万頭と急増したミンククジラの影響を指摘する向きもある。捕鯨の是非が、さまざまな主張が入り混じって混乱しているのはご存知の通り。 動物園でカバを見るたび、クジラのことを思い出す。そして、5000万年という年月のことを考える。ぼくたちは5000万年後、どんな姿に進化しているのか。そもそも生き残っているのか。するとカバはきまって大あくびをして、頭ばかり大きくなったぼくたちのことを笑うのである。

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