小橋 昭彦 2002年5月16日

 子どもと寄ったドーナツ店のトレイ敷に、ドーナツの穴の由来が書かれていた。いわく、米メイン州に住んでいたハンソン・グレゴリーという船乗りに起源があると。彼が子どもの頃、母親の揚げるドーナツの真ん中が生っぽいと文句を言ったことから、母親がドーナツの真ん中をくりぬいて作るようになったという。
 ドーナツをかじりながらそれを読んでいて、映画『マルコヴィッチの穴』じゃないけど、「穴」が新しい発見、新しい可能性をもたらすことって、これまでもいろいろあったんだろうな、と想像していたのだった。
 マカロニにも穴があるが、あれは乾燥させたり固ゆでしたりするのに便利なのと、ソースがからみやすいためだという。残念ながら起源はわからない。なにせスパゲティより古く、数百年以上の歴史がある。
 ゴルフボールのディンプルはどうだろう。空気抵抗を減らして飛距離を伸ばすことが知られている。物資が少なかった時代、使い込んで傷ついたボールの方がよく飛ぶので、新品にもわざと傷をつけて発売するようになったのが起源という。
 まて、そもそも人間のことを、口から排泄口まで続く穴だと言った人がいなかったか。それは極端にしても、壁と屋根に覆われた空間、つまりは穴に暮らすことを習慣としているとはいえそうだ。蛇口やガス管、コンセントの形状を思えば、ぼくたちは穴のおかげで生活できている気もする。
 ことわざに、人を呪わば穴二つとある。あの穴は墓穴だという。呪いを受けて死んだものが入る穴ひとつ、呪ったもの自身が入る穴ひとつ。いやまったく、人を呪うものではない。
 重力井戸という表現がある。重力がものをひきよせる穴とすれば、ぼくたちは地球という穴の底に住んでいる。同じ穴のむじなということか。
 お父さん、行こうよ。子どもの声が思考を中断、ドーナツ穴をあとにする。子どもとのんびりできる、穴場だったかもしれない。見上げた空は広く、青い。

6 thoughts on “穴考

  1. 今回はもともとは没ネタにしかけていたドーナツ穴を復活させてコラムとしました。ということで、その他の没ネタ。靴下のワンポイント刺繍の起源はふくらはぎ部分に丸みをもたせるための当て布(日経4月12日)。カタカナの発想、朝鮮伝来(日経4月3日)? ドアハンドルはレバー、ノブ、サムラッチ、プッシュの4種に大別(神戸3月12日)。公園の父ゲーテ(日経3月6日)。スケートがすべるのがなぜか、いまだ結論出ず(神戸2月24日)。皮膚細胞が免疫細胞に変身(朝日5月2日)。ジャガイモを増やす制御物質発見(神戸4月18日)。

  2. 大学時代、生物学の講義で、環境学専門の先生が、生物を簡略化すると筒になるとか言っていました。つまり、胃や腸の中身はその生物そのものではなく、環境だということです。
    (生物学の)環境学においては、人間が「口から排泄口まで続く穴」だというのはごく当たり前の話のようです。

    ……まあ、うろ覚えなんですが(汗

  3. 私も,高校のときの生物で、受精卵が細胞分裂していくうちに表面にくぼみが出来て,それがだんだん深くなり反対側へ抜けて消化管ができること,だからそれは体の中ではなく外であることを教わりました。口から入れた異物の毒性が経皮の場合より低いのも納得できますね。何しろ胃腸は外界なのですから。

  4. 胃腸が外の世界という考え方はしたことがなく、新鮮でした。ありがとうございます!

  5. 小橋さん、こんにちは。今回のテーマは特に興味深かったです。
    なんで人間って、穴を見つけるとそれの中に興味を抱いたり入りたくなったりするんでしょうね(僕だけ?)。なまじそこがすぐには分からないものだからなんでしょうか。
    言ってみれば、チラリズムとおんなじことなのかしら?

  6. 穴を探検したくなるココロ。うむ、なぜなのでしょうね。そういえば山道を歩いていても、もう帰ろうと思いつつ、とりあえず次の曲がりの向こうの風景を確認してから、ってもう少し進んでみたりしませんか? 探究心とでも言うか。そもそもそれを持っているのは人間だけ? だとすればなぜ? ほんと、気になりますね。

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