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ちょっと知的な雑学&トリビア

風のある迷宮

2002年5月09日 【コラム
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 一般に混同されやすいけれど、迷路と迷宮は違う。迷路は言葉どおり迷い道だが、迷宮はそうではない。迷宮に分かれ道はなく、一本の道だけで構成される。その道は、ある図形のなかをくまなく埋め、迷宮を歩くものは必ずすべてをたどる構造になっている。
 迷宮としてもっとも知られているのはクレタの迷宮だろう。牛頭人身の怪物ミノタウロスが閉じ込められていたもの。アテナイの王子テセウスは、迷宮の中心に行ってミノタウロスを倒したあと、クレタの王女アリアドネに渡された糸の導きで帰還する。神話にあるように、世界各地に残る迷宮図は、いったん中心にいき、再び出てくる構図になっている。
 渦巻きを描く。中心部で折り返して、いま描いた線の間を通って外まで線を引く。この線を経路と考えれば、迷宮的な中心に達し再び出てくるという感覚が理解できるだろう。子どもの頃、そんな図から始まって、後には迷路図をよく描いていた。
 長じて学生時代、「風のある迷宮」という戯曲を書いたことを思い出す。自らの進む道を模索する少年の物語。風を感じる以上は、きっと閉鎖空間ではなく出口があるのだという意味を込めたタイトルだった。けっきょく上演にいたらず、戯曲も迷宮入り。
 ヨーロッパに芝生迷路として知られるものがある。あれも正確には迷宮だ。ヴェルサイユにも庭園迷宮があり、男女の散策者がよく利用したという。もっとも、恋の迷宮とでも言えばいいか、別の楽しみに利用されることしばしばだったようで、後に当局によって取り壊されることとなった。
 迷宮には、ひとたび中心である死に向かい、よみがえって外周へ再生するという思想がこめられているという。ぼく自身、人生のなかでなんどか迷宮を描き、いまふたたび、コラムで触れている。自らの進む方向を模索するとき、迷宮に帰っているのか。それが、再生への道だから。

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4 comments to...
“風のある迷宮”
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小橋昭彦

迷宮について詳しく知りたい方は、『迷宮学入門』がおすすめです。コラムの参考にもしました。庭園迷宮のイメージをご覧になりたい方は、「BBC地球伝説」にある「世界の迷路迷宮への旅」のところなどご参考にどうぞ。


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小橋昭彦

没ネタ。河南省の碑文、孔子の真筆(神戸4月12日)? K点のKは極限を意味するドイツ語の最初の文字(朝日3月4日)。植物ホルモン、サイトカイニンの解明進む(朝日3月30日)。


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合田

こんにちは。合田と言います。
先日からメルマガの購読をさせていただいているのですが、少し文章が読みにくくて困っています。

以下をご覧頂きたいのですが、おそらく購読されている皆さんも同じようなお気持ちじゃないかと思い、恐縮ではありますがメールさせていただきました。

私はweb制作のプロデューサーをしておりますが、文章は「35文字×304行」という「参考ルール」がございます。
ご参考下さいませ。

風のある迷宮

 一般に混同されやすいけれど、迷路と迷宮は違う。迷路は言葉ど
おり迷い道だが、迷宮はそうではない。迷宮に分かれ道はなく、一
本の道だけで構成される。その道は、ある図形のなかをくまなく埋
め、迷宮を歩くものは必ずすべてをたどる構造になっている。
 迷宮としてもっとも知られているのはクレタの迷宮だろう。牛頭
人身の怪物ミノタウロスが閉じ込められていたもの。アテナイの王
子テセウスは、迷宮の中心に行ってミノタウロスを倒したあと、ク
レタの王女アリアドネに渡された糸の導きで帰還する。神話にある
ように、世界各地に残る迷宮図は、いったん中心にいき、再び出て
くる構図になっている。
 渦巻きを描く。中心部で折り返して、いま描いた線の間を通って
外まで線を引く。この線を経路と考えれば、迷宮的な中心に達し再
び出てくるという感覚が理解できるだろう。子どもの頃、そんな図
から始まって、後には迷路図をよく描いていた。
 長じて学生時代、「風のある迷宮」という戯曲を書いたことを思
い出す。自らの進む道を模索する少年の物語。風を感じる以上は、
きっと閉鎖空間ではなく出口があるのだという意味を込めたタイト
ルだった。けっきょく上演にいたらず、戯曲も迷宮入り。
 ヨーロッパに芝生迷路として知られるものがある。あれも正確に
は迷宮だ。ヴェルサイユにも庭園迷宮があり、男女の散策者がよく
利用したという。もっとも、恋の迷宮とでも言えばいいか、別の楽
しみに利用されることしばしばだったようで、後に当局によって取
り壊されることとなった。
 迷宮には、ひとたび中心である死に向かい、よみがえって外周へ
再生するという思想がこめられているという。ぼく自身、人生のな
かでなんどか迷宮を描き、いまふたたび、コラムで触れている。自
らの進む方向を模索するとき、迷宮に帰っているのか。それが、再
生への道だから。

これでは少し読みにくいので、こんなカタチではいかがでしょうか?
風のある迷宮

 一般に混同されやすいけれど、迷路と迷宮は違う。迷路は言葉ど
おり迷い道だが、迷宮はそうではない。迷宮に分かれ道はなく、一
本の道だけで構成される。その道は、ある図形のなかをくまなく埋
め、迷宮を歩くものは必ずすべてをたどる構造になっている。
 迷宮としてもっとも知られているのはクレタの迷宮だろう。牛頭
人身の怪物ミノタウロスが閉じ込められていたもの。アテナイの王
子テセウスは、迷宮の中心に行ってミノタウロスを倒したあと、ク
レタの王女アリアドネに渡された糸の導きで帰還する。神話にある
ように、世界各地に残る迷宮図は、いったん中心にいき、再び出て
くる構図になっている。
 渦巻きを描く。中心部で折り返して、いま描いた線の間を通って
外まで線を引く。この線を経路と考えれば、迷宮的な中心に達し再
び出てくるという感覚が理解できるだろう。子どもの頃、そんな図
から始まって、後には迷路図をよく描いていた。
 長じて学生時代、「風のある迷宮」という戯曲を書いたことを思
い出す。自らの進む道を模索する少年の物語。風を感じる以上は、
きっと閉鎖空間ではなく出口があるのだという意味を込めたタイト
ルだった。けっきょく上演にいたらず、戯曲も迷宮入り。
 ヨーロッパに芝生迷路として知られるものがある。あれも正確に
は迷宮だ。ヴェルサイユにも庭園迷宮があり、男女の散策者がよく
利用したという。もっとも、恋の迷宮とでも言えばいいか、別の楽
しみに利用されることしばしばだったようで、後に当局によって取
り壊されることとなった。
 迷宮には、ひとたび中心である死に向かい、よみがえって外周へ
再生するという思想がこめられているという。ぼく自身、人生のな
かでなんどか迷宮を描き、いまふたたび、コラムで触れている。自
らの進む方向を模索するとき、迷宮に帰っているのか。それが、再
生への道だから。


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小橋昭彦

合田さん、ありがとうございます。そうですね、ぼくも普通のメールでは空行をあけますが、コラムは、始めた頃は400字を目処にしていたので、そのとき以来、空行を入れていませんでした。現在では800字となっているので、確かにひとかたまりのボリュームとして多いですね。

現在のレイアウトでは、個々の空行にも意味があるので、コラムの中で入れるのが難しいと感じています。全体のレイアウト変更という視点から、時間をいただいて検討してみます。




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 全国の都道府県庁の所在地で、もっとも牛肉の消費量が多いのは和歌山市。梅干の購入額でも全国トップで、こちらは紀州梅というブランドもあり、それなりに納得できるけれど、牛肉の場合は、生産量はむしろ低いから不思議。 和歌山人はみえっぱりだから、スーパーなどで知人と出会うと豚肉を買おうとした手を牛肉に変えてしまうなんて説もある。こうした出身地に応じた県民性は、酒の席などで血液型と並んで格好の話題になる。鹿児島県人は保守的だとか、秋田県人は照れ屋だとか。 高知の女性は、はちきんと呼ばれる活発さで知られる。NHKの行っている生活時間調査によると、睡眠時間は全国平均と比べ長く、家事時間は短かめという。ところが高知の成人男性の家事時間はかなり長い。男性をうまく使っているということか、これもはちきんの一面かと納得したり。 生活時間調査をもう少しみると、朝寝坊の県には京都、大阪、東京が、早起きの県には青森、福島、秋田が並ぶ。もっともこの場合は、それがそのまま怠惰とか勤勉といった性格にはつながらない。東西での日の出時刻の差が影響していると考えられるほか、どうやら農業従事者や高齢者が多い県ほど早起きということらしい。 NHKでは全国県民意識調査という調査も行っている。たとえばかけごとについて、どうしても許せない悪いことと考える人の割合は、島根、沖縄、和歌山などで平均より高く、東京、千葉、神奈川などではかなり低くなっている。これはやはり県民性なのか。 出身地と性格をそのまま結び付けて判断されると困りものだけれど、どうしてそんな結果にとなったのかと想像をめぐらすのは楽しい。和歌山の牛肉の場合は、和歌山さばきと呼ばれるかつての牛肉流通ルートの影響ではないかと想像されたり、高知の女性の家事時間が短いのは、皿鉢料理という、大皿に盛り付けるだけの料理文化の影響があるのではなど、土地の歴史や文化に触れる機会にもなる。 県民性は単なる性格占いじゃない。歴史や文化への入口ともなるのだ。

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 ある雑誌に連載している原稿の下調べで馬油(ばあゆ)という言葉に出会う。調べてみると、名前の通り馬の油。もっともあぶら汗をしぼりとるわけじゃなく、脂肪を精製してつくる。1頭の馬からとれる脂肪はおよそ200キログラムとか。馬油は、シミ・ソバカスの防止など、肌の手入れに重宝される。一般名は馬脂で、馬油は登録商標。 商標を登録した古伝医道研究家の直江昶(とおる)さんは、ガマの油も馬油だったのではないか、と推測している。こちらは傷薬として用いられた軟膏剤だ。ヒキガエル類が目の後方の耳腺から分泌する乳白色の液がその正体。実際それが用いられてきたのか、あるいは馬油だったのか。 ガマ油の主成分は、ブフォトキシン。ステロイド化合物なども含み、服用すれば強心などの効能もある。一方で、かみついた犬が苦しむなど、毒性を持つ。カエルは多かれ少なかれこの種の毒を持っているから、手でつかんだあと目をこすったりしてはいけないという。これは知らなかった。このところアマガエルと仲良くしている息子に伝えなくては。 話がそれた。ガマ油だ。ここまで有名になった背景には、バナナのたたき売りと同じく、香具師(やし)の活躍がある。サアサアお立会い、ではじまるあれだ。筑波山の四六のガマといえば名産。口上にいわく、ガマの油をとるときは「四方へ鏡を立て、下に金網を敷き、中へガマを追い込む。」鏡に映った自分の姿を見て驚いたガマは「タラリタラーリとあぶら汗を垂らす」。なるほど、あぶら汗から作るイメージはこれで養われたものだったか。その後、肌を切って傷薬の効能を実演しようかの見せ場となる。 生まれたばかりの次男の肌荒れが目立つので小児科で相談した。処方箋を書きつつ、「ステロイドを含みますが、心配しなくていいです」と医師のひとこと。ガマ油、いまだ健在なりというところか。

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