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ちょっと知的な雑学&トリビア

アフォーダンス

2002年2月11日 【コラム
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 東京大学情報学環の佐々木正人教授らの編集による『アフォーダンスと行為』を読みつつ、行動について思いをめぐらす。アフォーダンスという言葉は、環境が動物に提供するもの、といった意味で、たとえばコーヒーカップの取っ手はぼくたちに持つことをアフォードしている、といったように表現する。
 アフォーダンスは、物体そのものを分析しても見えてこない。コーヒーカップだって、状況によって持ち上げることをアフォードしたり飲むことをアフォードしたりするわけで、ぼくたちの行為と不可分だ。同様に、ぼくたちの行為もまた、環境と対話を繰り返しつつ完遂される。
 思い出したのは科学技術振興事業団が開発した人工現実感による機能障害回復システムだった。機能障害を回復するとき、運動機能のリハビリテーションだけではなく、感覚機能と協調させると効果的だという。その感覚部分を、人工現実感で補うシステム。まさに、人間が環境とやりとりしつつ動いていることに着目したシステムだと思った。
 闇の中で揺れ動く紐に触れて、どうしてその長さまでわかるのか。従来の考え方は、ある瞬間に受けた刺激が構成されることで、紐という認識に至るという理解だった。それでは、動きは認知にとってノイズになってしまう。紐の長さは、むしろ動かすことで把握できるのに。そこでこう考える。一連の変化する動きの中に持続する不変項があって、それが情報として処理され、認知につながるのだと。なんだか納得だ。
 たたいただけで缶詰の品質を見分ける打検士という職業がある。缶詰の中で難しいのはカニ缶。習得に時間がかかるか、という問いに、打検歴36年のベテランが答えている。「習得までいかないよ、そんなぁ。それはやっぱり、奥が深いからさ。」
 世界を知ることの、不思議さ、奥深さ、貴(とうと)さ。

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6 comments to...
“アフォーダンス”
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小橋昭彦

人工現実感を利用した機能障害回復システムについては「科学技術振興事業団」のリリースをご参照ください。「佐々木正人教授」による『アフォーダンスと行為』はAmazon.co.jpでどうぞ。アフォーダンスについては、「study about affordance and interface」のリンク集などが参考になります。よりやさしい解説は、「現代美術キーワード・アフォーダンス」や「使いやすさ研究所・用語解説・アフォーダンス」の言葉解説などもどうぞ。


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第三市民

>たたいただけで缶詰の品質を見分ける打検士という職業がある。缶詰の中で難し
>いのはカニ缶。習得に時間がかかるか、という問 いに、打検歴36年のベテランが
>答えている。
>「習得までいかないよ、そんなぁ。それはやっぱり、奥が深いからさ。」
>世界を知ることの、不思議さ、奥深さ、貴(とうと)さ。

終戦直後、アメリカ軍の余剰物資の放出もしくは食料援助として、ラベルが付いて
いないオリーブ色一色に塗られた缶詰が配給になりました。

缶の中味はおおよそ缶の形状で判断するのですが、開けてみなければわかりません。でも叔父は振ったり叩いたりしてほぼ正確に中味を言い当てました。
桃(最上級)、豆の煮物(うえー)、肉の缶詰(ラッキー)などなどでした。

同時に日本で作った缶詰も配給になりました。 こちらもラベルはありませんでしたが、
配給時に中味は知らされていました。 細長い秋刀魚の入った缶詰の味を今でも
思い出します。


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nako

アフォーダンス、と言うコトバを初めて知りました。思わずアホな想像をしてしまいました。(お約束?)

WEB上でも、ボタンの形をしたものがあれば押す、と言った感覚もそれなのだろうな、と思いながら。

>ラベルが付いていないオリーブ色一色に塗られた缶詰
大変だったでしょうね。。。
でも、それも、当たり感があっていいかも。


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kyotaro

わたしもnakoさん同様?アホの研究かと、興味津々で
メールを開いてしまいました。
「0ダンス」という言葉をみると、すぐに踊りだと思っ
てしまうのもアホーダンス??


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小橋昭彦

かくいうぼく自身、コラムを書きつつ坂田利夫を思い出さざるを得なかったという。いやしかし、アフォーダンスって、けっこう難しいというか、つかみづらい学問だと思います。


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栗原悦子

「アフォーダンス」、私も一瞬どんなダンスかなぁ?と思いました。「打検士」という仕事があることも今回初めて知りました。勉強になりました。小橋さん有難うございます。




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 4歳も間近になって、このところほとんどしないけれど、1年ほど前まで、子どもがおねしょをするたび、親が試されているような気になったものだ。シーツを洗ったり布団を干したりとあわただしい朝になる。といって、しかっても仕方ない。なんと声をかけるかに親の性格が表れるなんて考えた。 昔はよく漫画で「世界地図を描いた」なんてたとえられて、ほほえましい風景でもあった記憶があるけれど、最近はどんな表現がされるのか。団地のベランダに干す布団は、世界地図ほどの雄大さもない気もする。 ともあれ、おねしょ。膀胱の大きさと夜間に作られる尿量のバランスが悪いことが原因だけれど、幼児期は発展途上。心配することはない。ただ、幼児の専売特許というわけじゃなく、大人でもおねしょすることはある。 香港の大学が、16歳から40歳の大人8500人に電話調査したところ、2%から3%の人が、おねしょ癖があると回答した。うち半数以上が週3回以上、4人に1人が毎夜悩まされているという。仕事上の悩みなどが誘発する可能性を、大学は指摘している。そういえば子どもの場合もクラス替えなどによってストレスが生じると、抗利尿ホルモンの分泌に影響が出て、ぐっしょり型の夜尿になることが多いと言われている。 仮に香港での調査結果と同じ比率で、日本の大人もおねしょしているのだとしたら、全国で100万人以上の大人が悩んでいることになる。職への不安が高まっているなか、世界地図は増えているのだろうか。司馬遼太郎氏の描く『竜馬がゆく』では、坂本竜馬ははなたれ小僧で、おねしょもする人物として描かれている。世界的な視野で日本を変革した人物は、世界地図の名手でもあったか。

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