ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

さかなの世界

2001年9月26日 【コラム
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 子どもからもらった風邪で横になり、ぐらぐら揺れる天井を見つめているうち、魚ってどんな気持ちだろうなあ、なんて想像する。二次元にしばりつけられている人間に比べて、彼らは三次元空間を居住地にしている。
 魚といってもさまざま。サメの交尾はずいぶん激しいそうで、雄が雌のひれやからだにかみつき、雌をおさえつけるようにして交接器を挿入する。ことのあとの雌は血の流れるかみ傷あとがくっきり。といって無理やりというわけではなく、そういうものらしい。まあ、種それぞれの好みもあろうから深くは立ち入らぬ。
 話が妙な方向に進んだ。そうだ、魚だって、上下三次元移動できる魚ばかりではない。ハゼやカジカなどカナヅチも結構いるわけで。さて、そうなると天井は水面で、ぼくはさながら水底を這うハゼってとこか。
 サケは大洋から生まれた川に戻ることで知られている。匂いをたよりにしているとはいうけれど、それだけで説明できるものでもなく、研究が続けられている。で、サケは単にふるさとに帰るだけかというと、ふるさとにとても大きな恩恵をもたらしてもいるという。
 川の水は、陸の栄養分を含んで海へとそそいでいくわけだが、サケは、自身のからだにたんぱく質や脂肪、灰分やリンなどを含んで遡上することで、ふるさとに栄養を返しているのだ。平均体重2キログラムのサケが300万尾遡上すると、たんぱく質で1200トン、リンとして約15トンを供給することになるというから立派なものだ。
 地球という大きな視点から見て役立つ何かを持ってふるさとに帰る。ぼくも近々ふるさとに遡上するつもりだけれど、なんだか身につまされることだなあ。
 ああ、眠くなってきた。ふわふわ、からだ。

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5 comments to...
“さかなの世界”
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小橋昭彦

コラム執筆にあたっては、『魚のエピソード』(東海大学出版会)を参考にしました。一線の研究者が各分野の成果を紹介する、楽しい一冊です。


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小橋昭彦

今日の没ネタ。アレクサンダー大王のペルシャ遠征軍も熱中症対策に悩まされた(朝日8月1日)。


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こま

小橋さん、無理しないで早めに寝てくださいね。
病気は何事も早く対処すれば
長引かないで済みますので。
子供からうつることってよくありますよね。
遼太郎君の面倒はだれが見るのかな?


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湯澤直樹

小橋昭彦 様
 いつも楽しく拝見しています。メルマガで必ず読む
のはこれだけです。
 さて、本日の「さかなの世界」[2001.09.26]で教え
ていただきたい点があります。今の私の気になるキー
ワードはSUSTAINABLEなので、「川の水は、陸の栄養分
を含んで海へとそそいでいくわけだが、サケは、自身
のからだにたんぱく質や脂肪、灰分やリンなどを含ん
で遡上することで、ふるさとに栄養を返しているの
だ。平均体重2キログラムのサケが300万尾遡上する
と、たんぱく質で1200トン、リンとして約15トンを供
給することになるというから立派なものだ。」という
段落には、非常に興味を持ちました。根拠となる具体
的な資料等を紹介願えれば幸いです。
 よろしくお願い致します。


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小橋昭彦

湯澤さん、小橋です。最初のコメントに紹介している書籍で北海道東海大学の帰山教授が書かれていますので、ご参照ください。

ベニザケ親魚の有機物構成比のうちリンは0.26パーセントなので、2キログラムのサケが300万尾で15.6トンという計算です。




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 8月にこの記事を新聞で見かけ、いつか触れようと思っているうちに米国での同時多発テロがあって、ずいぶんとりあげにくくなった。 朝日新聞8月8日付のその記事には、「中東紛争もイメージの時代?」と見出しがある。イスラエル政府が、米国の大手PR会社をコンサルタントとして雇い、中東紛争において、自国をよりよく見せる方策を提案させたというのだ。 具体的提案も例示されている。いわく、威嚇のゴム弾を撃つ銃は紫かオレンジ色に塗る。そうすればテレビで見た人が実弾と勘違いすることがなくなる。いわく、銃撃や投石、放火の現場は一段落したら必ず清掃する。血を洗い流し焼けた車を撤去することで、安全で清潔な国のように見える。云々。 いま、世界には善と悪に世の中を塗り分けて報復を叫ぶ人がおり、一方で罰の重要性は認識しつつ、報復のむなしさを訴える人もいる。ぼく自身、あの犠牲の重さを認識すると同時に、中東について少しなりともかじった身として、現在の事実だけでものごとを判断することの危うさを感じてもいる。 この時期に、この記事を取り上げることは難しい。現時点の論争に巻き込まれず「ざつがく」の枠内でとりあげることができるだろうか。それをあえて、とりあげてみようとおもったのは、あの事件の後、知人から知人を経て手もとに届いた2通のメールゆえ。 おおきな惨事の映像が世界中の人びとを震えあがらせ、それに関連して銃を手にした中東の髭面の男の映像が流される。それを、イメージ操作というつもりはない。 ぼくの手もとに届いた手記の一通は、あの高層ビル北棟の60階から生還したひとりの会社員の体験記だ。そしてもう一通は、アフガニスタン出身だという米国在住者の思いを記したもの。インターネットは、こうした個人の生の声を届けてくれる。 本人と直接連絡が取れない以上、それら手記を公開するつもりはない。ただ、それを手がかりに、日々流される映像の向こう、確かにあるはずの歴史と、ひとり一人のいのちを思う。せいいっぱい、想像する。 想像力を駆使しないと、ぼくたちはイメージに負けてしまう。

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 風邪で横になりつつ、ちょっと無理してたから休めっていうことだろうなあ、なんて考えている。類焼にあったときも、田舎へUターンするときの荷物が減ってよかったと納得した。ものごとを前向きにとらえる性格らしい。 中学生時代まではそうじゃなかった。というか、ものごとを客観的に判断するほど経験を重ねていなかったわけだけど。その頃、ジョージ・ロイ・ヒル監督の『明日に向かって撃て!』をみたのだった。このほど新しく出たDVDで見かえしていて、ぼくの前向きの姿勢っていうのはこの映画から教えてもらったのかもしれない、と気づいた。 ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード演じる強盗たちの逃走を描いたこの作品のなかで、ふたりはたとえどんな窮地に追い込まれてもユーモアを忘れず、ウィットにとんだやりとりで笑わせてくれる。そして、じんと胸にせまるラストシーン。 いまでも好きな映画をたずねられたら、この作品が必ずはいる。西部劇に新しい息吹を持ち込んだとして評価される傑作でもある。1969年の作品だから、あの1939年『駅馬車』から始まる西部劇黄金の20年間から遅れることさらに10年。古きよき西部へのノスタルジーを描いた作品といえるかもしれない。 ノスタルジーといっても、もともと西部劇をアメリカの「時代劇」というには少々抵抗がある。アメリカ劇映画の元祖ともいわれる西部劇『大列車強盗』が発表されたのは1903年のこと、題材となったのは当時まだ生々しい現実としてあった強盗事件であり、つまり「現代劇」だったのだ。 映画でもらった前向きの考え方は、続いて見た宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』で決定的になる。苦境でもウィットを忘れないルパンたち。これもまた好きな映画のひとつに必ずあげる作品だけど、なんだ、ぼくは似たような作品が好きだったんだなって昨日、布団の中で気づいた。 その考え方は、たぶんコラムを書くときにもあらわれているのじゃないかとは思う。

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