ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

紛争とイメージ

2001年9月25日 【コラム
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 8月にこの記事を新聞で見かけ、いつか触れようと思っているうちに米国での同時多発テロがあって、ずいぶんとりあげにくくなった。
 朝日新聞8月8日付のその記事には、「中東紛争もイメージの時代?」と見出しがある。イスラエル政府が、米国の大手PR会社をコンサルタントとして雇い、中東紛争において、自国をよりよく見せる方策を提案させたというのだ。
 具体的提案も例示されている。いわく、威嚇のゴム弾を撃つ銃は紫かオレンジ色に塗る。そうすればテレビで見た人が実弾と勘違いすることがなくなる。いわく、銃撃や投石、放火の現場は一段落したら必ず清掃する。血を洗い流し焼けた車を撤去することで、安全で清潔な国のように見える。云々。
 いま、世界には善と悪に世の中を塗り分けて報復を叫ぶ人がおり、一方で罰の重要性は認識しつつ、報復のむなしさを訴える人もいる。ぼく自身、あの犠牲の重さを認識すると同時に、中東について少しなりともかじった身として、現在の事実だけでものごとを判断することの危うさを感じてもいる。
 この時期に、この記事を取り上げることは難しい。現時点の論争に巻き込まれず「ざつがく」の枠内でとりあげることができるだろうか。それをあえて、とりあげてみようとおもったのは、あの事件の後、知人から知人を経て手もとに届いた2通のメールゆえ。
 おおきな惨事の映像が世界中の人びとを震えあがらせ、それに関連して銃を手にした中東の髭面の男の映像が流される。それを、イメージ操作というつもりはない。
 ぼくの手もとに届いた手記の一通は、あの高層ビル北棟の60階から生還したひとりの会社員の体験記だ。そしてもう一通は、アフガニスタン出身だという米国在住者の思いを記したもの。インターネットは、こうした個人の生の声を届けてくれる。
 本人と直接連絡が取れない以上、それら手記を公開するつもりはない。ただ、それを手がかりに、日々流される映像の向こう、確かにあるはずの歴史と、ひとり一人のいのちを思う。せいいっぱい、想像する。
 想像力を駆使しないと、ぼくたちはイメージに負けてしまう。

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12 comments to...
“紛争とイメージ”
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小橋昭彦

犠牲者への献金は「American Liberty Partnership」などで案内されています。一方、戦争回避への声は、「<ブッシュ大統領宛て嘆願書>に署名を」「International Action Center」ほかで、署名運動が行われています。


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tare

If this mail is not readable please delete this.
アメリカ中西部に住んで、教育学部で勉強している者です。
クラスメイトは、教師をしている人が多いので、比較的人種の多さや社会情勢に敏感になろうとしている人たちだと思いますが、それでもイメージに惑わされているのを感じます。そのイメージはどこから来るのか。
事実に基づく知識が多いほどイメージに惑わされずにすむのでは。歴史的知識を持つのが大事なのだろう、と思いつつ、しかし、その事実が真の事実なのか確信をもっていいのだろうか?すでに誰かの視点から歪曲されてしまった”イメージ”ではないと どうやって見分けたらいいのか・・・・・ アメリカに住んでいる人間に与えられた事実と他の国の人の持つ事実が異なるとき、どうやって人は理解しあうのだろう・・・・人間はそんなに愚かではないと信じたいこのごろです。


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藤島 昇

テロが起きたとき、妻が見ていたドラマにテロップが流れたので、NHKニュースに切り替え、以後、二人でTVに釘付けでした。あまりのすさまじい事件のため、むしろ現実感を持ちえずにいる人も多いのではないでしょうか。テロの恐怖も、東京の霞ヶ関・永田町・大手町・丸の内周辺ではリアリティを持つのでしょうが、地方都市ではやはり実感は希薄です。むしろ、通り魔、親父狩り、外国人犯罪グループなどの方に、現実的な恐怖を感じます。
ただ、規模の差はあれ、いずれも根源には、社会に虐げられていると感じているものからの社会への復讐、といったものを感じます。これをなくするには、単に刑罰等による報復、見せしめでは無理で、世界中からの貧困、差別の撲滅が必要になるのではないでしょうか。確かにすさまじく重い課題です。

小橋さんは、「それら手記を公開するつもりはない」とされていましたが、参議院議員のや簗瀬進氏が、アフガニスタン出身のアメリカ人タミム・アンサリー氏の手記の邦訳を引用されておられます。Niftyの会員の方しか閲覧できませんが、ネットワークデモクラシーフォーラム(FNETD)の4番会議室726番の発言「原人日記【ネットワークの貴重な情報】」(https://iw.nifty.com/iw/nifty/fnetd/mes/4/726.html)でご覧になれます。


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栗原悦子

私の母は長崎出身です。小さい頃より地獄絵図さながらの惨状を聞かされてきました。しかし同時に、中国人や朝鮮人への日本人による殺戮・暴力など残忍な行為も聞かされました。一方だけの情報、日本が受けた惨状だけ聞かされれば相手国への憎しみが芽生えたかもしれません。戦争は残酷なものです。私の母は憎しみを植え付けるのではなく、どんなことがあっても戦争だけはしてはいけないということを子供の私に伝えたかったのだと思います。そして、私自身が日本の過激派によるビル爆破テロに遭遇、間一髪で助かった人間です。その時の光景、恐怖心は今でもはっきり覚えています。ただ、学生運動から発した過激派によるテロ事件と、イスラム原理主義の一派によるテロとは同じではないと思います(悲惨さ、許されない行為であることは同じ)。私の夫はイラン人です。一口でイスラム教といっても宗派が違うし、人種もさまざまです。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は、根っこは一緒です。どの宗教の教えも、良いことは良い、悪いことは悪い、真理は一つということだと私は思います。では何故戦争や、今回のようなテロが起きるのでしょうか?報復は新たな憎しみの芽を生じさせ、テロリストを増やすだけです。いつも一番先に弱い人々(特に子供)が犠牲になります。アフガニスタンの女性や子供は異常とも言えるターレバンによる恐怖政治の下で苦しんできました。国境が封鎖され、頼みの綱のユニセフが退去したなか、食料はあと一週間位しかもたないのではと聞いて、私はとても心配しています。戦争が始まれば必ずこのような弱い人々が真っ先に命を落とします。「死ぬのが早まるだけ・・・」とぽつんと言ったアフガニスタンの女性の言葉が耳に残って離れません。今のアフガニスタンを生んだ責任は旧ソ連とアメリカにあります。そして内戦としてだけ捕え、見て見ぬ振りをしてきた日本にも間接的には責任があるでしょう。日本は平和憲法があります。このことに誇りを持って、いかなる戦争にも加担しないという強い信念で望みたいものです。血塗られた名誉など入りません。難民を一部引き受けるなど、人道的な見地から行動してほしいと願っています。今回のテロで犠牲になった人々の死を無駄にしないためにも、アメリカを中心の偏った情報だけに頼らず、色んな国の人々の声を聞き、様様な人種や宗教などについて知る努力をしましょう。先ずは理解すること、そして貧困の中で希望も持てずに生きている人々に救いの手を差し伸べましょう。地球の資源は一部の富める国だけの物ではありません。皆の物です。


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本日のコラム<紛争とイメージ>の一文「せいいっぱい、想像する。 想像力を駆使しないと、ぼくたちはイメージに負けてしまう。」というメッセージ、強く印象に残りました。なんというのでしょう、うまく説明できませんが、はっとするとともに、力強く頷いてしまう感じです。


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nakaima

いつも配信を楽しみにしております。兵庫県出身の会社員です。毎回、最後の下りの文句に頷いております。

おっしゃるとおり、この時期に取り上げるのは難しい話題ではありますね。いつも一歩引いた角度からさとす様な形で文面を整えられるので感心しています。

テロ勃発からは慌しく月日が流れておりましたが、時間が積み重なる程に色んな意見が出てくるようになって、正直ほっとしております。事件当初は意見が一色に染まっておりましたから。


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erichan

私のうちは台風のため、TVアンテナが倒れてそれ以来テレビが写りません。その日の夜、ラジオから「テレビと同時にお送りしております。」といって、NEWS10が始まりました。ご覧下さいとラジオで言われても、不安が募るばかり、想像するも現実の様に思えない事でした。その後、304日してから実家に見に行きましたが、民放はお笑い番組など通常でした。私は紙面でしか知らないので、余分な感情が入りませんが、テレビを見て、情報を知っていたとしてどれだけの人たちが真剣に考えているのか?小さな出来事に右往左往するだけではないか?視点は高く!と思います。テレビがイメージを必要とするのは、映像を流さないといけないからです。私は映像よりも人間の生のもの(手紙)を信じます。思いを直接に受けられるからです。


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こま

報道も歴史教育も人間のすること、
偏りがないなんて絶対にありえない。
しかし、1つの情報源ではなく複数の情報源から得ることで自分なりに判断することができると思う。
インターネットの時代を迎えて
かつてはこうしたことができなかった私たち一般の個人も
できるようになってきた。
そういう意味では、決して悪い時代ではないな・・・
などと考えていました。

それにしても、アメリカの中心地であのような事件が起こってしまたのです。
日本のテロ対策や危機管理はどうでしょう?
とても不安になります。

というのも、当初は多くの犠牲者と、
助けを求めながらも助けが間にあわないことなど、
心を痛めることばかりでした。
しかし、後になってみると。それは「遠い国の出来事だ」と心のどこかで思っていたのでしょう。
しかし、「自分もそこにいたかもしれない」「明日日本で起きてもおかしくない」と思うと
上記のように不安になるのです。

地下鉄サリン事件のとき、東京に出勤していながらも
運良く免れて、それゆえにあの事件を他人事に思えなかった自分が再びいます。


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anne

最近の報道は、どうも怪しいので信用しないようにしてます。
米国での支持率だの、小泉さんの支持率だの、操作しているとしか思えない。
ベトナム戦争の頃にも、アメリカは同じような報道をしていたようだし。

本当の敵とは何なのか。
ヒーローになりたいと、正義に酔っている人は誰なのか。
を見極めないと。

私たちは今、歴史のターニングポイントに立っているのだと、ひしひしと感じます。


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Hiro

つきつめればきりがありませんが、トラブルには絶対に原因があります。彼らはお互い基本的に、やられたらやりかえす考えを持った人達なので、この問題はより力を持っている米国が歩み寄る姿勢を見せない限り続くと思います。

日本ではまだ(?)テロの惨事が起こっていないので、一般人は原因や日本としての立場を冷静に考えられると思います。メディアも、ソ連のアフガン侵攻、中東問題等ビンラディン側の言い分と思えるような事、経済予想も報道しており、それほど感情的にはなっていない感じがします。

心理学やビジネス学の発達した米国が、Win”Win(第一者第二者お互い満足できた結果)の状態を作れなかったので、ビンラディン側の欲求不満が爆発したのかも?

文化が違うと考え方が違ってきます。今回の惨事は政治的背景と共に洋の東西の違いも見えた気がします。


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kata.sun

僕はこのニュースを見たときには、なんと言うか、体の震えにもにた血液の暴れを感じました。起きた出来事がすごすぎて頭も体も一時ストップしてしまったのです。(お恥ずかしい)僕はまだ大学一年であり、と言っても、もう大学一年ですが知識が全然ありません…。でもあの事件を境に確実に世界は変わって行くのだな、と言うことを感じ取りました。そしてたくさんのことを考えさせられました。これから僕たちは何ができるだろう、戦争が必要な時期がきているんだろうか、日本はどうなって行くのだろうか・などなどです。もしこのだいぶ遅れたコメントにきづかれましたら、意見を聞かせてください。今日から毎日チェックしますのでどうぞ宜しくお願いします。


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匿名

kata.sunさん、返事が遅れてごめんなさい。

ぼく自身は、「これから何ができるだろう」と考えることの必要性も感じますが、今回のことに限っていえば、まず「なぜ起こったのか」と過去を理解しておくことの必要性を感じます。

報道ではどうしたって欧米中心になりがちです。その視点で「正しい」と思える判断をしたとしても、それがあの地の人々にとってどう感じとられるか。

ぼく自身はこれが戦争だとは思っていません。米国につくかテロにつくかという二者択一をせまる、多様性を失った思考には疑問を感じます。それで解決できるとは思えないのです。今回の事件が21世紀型というならば、まさに解決方法にこそ21世紀型の知恵が試されている気がします。

論じるばかりでもしかたないのですが、残念ながらぼく自身、答えを見つけているわけではありません。




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 今年の夏はまたひときわ暑かった。なんだか毎年そんなことを言っているような気がする。環境省の委員会が発表した報告書によると、都心の気温は確かにここ20年で高くなっている。 7月から9月までに30度を超えた延べ時間数を比べてみる。1980年、仙台で31時間、東京で168時間、名古屋で227時間。2000年、仙台90時間、東京357時間、名古屋434時間。仙台で3倍、東京、名古屋で2倍になっているのだ。 地球温暖化の影響もあるかもしれないが、都心におけるこの暑さは、ヒートアイランド現象が主因。地表がアスファルトで覆われ、冷房や自動車、OA機器などの排熱が大気を焦がす。暑いからさらに冷房を使い、電力消費が増えて発電所からのCO2排出が増加、それが温暖化を加速し、と悪循環。 このまま建物からの排熱が5割、自動車交通量が3割、容積率が2割増えたと仮定すると、東京の大手町から新橋にかけての地区では気温が約1度上昇することになるのだとか。 毎年、できるだけ自然でいようと冷房をつけずにがんばるのだけれど、そもそもこの暑さが自然でなく、なんだか矛盾していると思わないでもない。縁側で風を感じて涼むなんて都心では望みようもなく、ひたすら汗がにじむ。今年の夏は、二十数年ぶりだかであせもをつくってしまった。

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