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ちょっと知的な雑学&トリビア

暑い

2001年9月21日 【コラム
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 今年の夏はまたひときわ暑かった。なんだか毎年そんなことを言っているような気がする。環境省の委員会が発表した報告書によると、都心の気温は確かにここ20年で高くなっている。
 7月から9月までに30度を超えた延べ時間数を比べてみる。1980年、仙台で31時間、東京で168時間、名古屋で227時間。2000年、仙台90時間、東京357時間、名古屋434時間。仙台で3倍、東京、名古屋で2倍になっているのだ。
 地球温暖化の影響もあるかもしれないが、都心におけるこの暑さは、ヒートアイランド現象が主因。地表がアスファルトで覆われ、冷房や自動車、OA機器などの排熱が大気を焦がす。暑いからさらに冷房を使い、電力消費が増えて発電所からのCO2排出が増加、それが温暖化を加速し、と悪循環。
 このまま建物からの排熱が5割、自動車交通量が3割、容積率が2割増えたと仮定すると、東京の大手町から新橋にかけての地区では気温が約1度上昇することになるのだとか。
 毎年、できるだけ自然でいようと冷房をつけずにがんばるのだけれど、そもそもこの暑さが自然でなく、なんだか矛盾していると思わないでもない。縁側で風を感じて涼むなんて都心では望みようもなく、ひたすら汗がにじむ。今年の夏は、二十数年ぶりだかであせもをつくってしまった。

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8 comments to...
“暑い”
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小橋昭彦

ヒートアイランド現象に関する環境省の「報告書」をご参照ください。


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小橋昭彦

今日の没ネタ。地球が温まって緑が濃さを増していることが衛星データで判明(日経9月5日)。


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ジュモン

ボクも小橋さんと同じ考えで冷房無しで生活(仕事を
含めて)しています。
しかしそろそろ限界かなと思っています。
昨年も、もう限界と感じたのだから、来夏もしかした
ら冷房無しをくり返している可能性もありますが、仕
事がはかどらず収入を左右するため深刻です。

あせももできました。
ネットであせもに効く薬を検索すると、赤ちゃん用し
か探し出せませんでした。
あれやこれやに効能があるという薬ではなく「あせ
も」専用が欲しい。
おとな用が必要な時代になってきたのではないでしょ
うか。

因に茅ヶ崎東京間の中距離電車(東海道線)は、乗車
中じっとり汗ばみますが、それでも冷房中なので窓は
あけられず自然風を頼ることもできません。
都内に入って、地下鉄や山手線などの短距離電車に乗
ると、時に冷蔵庫内かと思うくらいに冷えています。
設定温度の理由は理解できても不快です。


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ぱきら

冷房なしで一夏、という方がいらして安心しました。
会社や通勤電車内、そして家に帰っても家族が集まるリビングなどは寒いくらいの冷房がかかっているので、せめて自分の部屋くらい、と数年前から冷房なしですごしています。秋になると以前は冷房病からか体調不良を起こしてましたが、冷房なしをはじめてからそういったこともなくなりました。


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ぽにぃ

冷房無しにチャレンジされている方が、おられることを知って心強いです。
私も冷房は必要無い、というか、嫌いなたちでして、夏は扇風機があれば充分、いや、日本の伝統的利器「うちわ」を活用すれば無用なエネルギーを消費しなくて済むと日々周りの人に言い聞かせますが、両親からはお前は変人だ、とか友人からは「いかれてる」扱いです。
でも、部屋の中で、夏に長袖を着込み、冬は半袖1枚という生活をする方がよっぽど変だと思いますがねぇ。
ヒートアイランド現象は、現代の”便利だ・快適に”を理由にした人間が作り出した弊害の一つの現れだと思います。
自分たちの生活環境を自ら悪化させているのに。
少し不便でも、多少暑くても、もっと広い視野で見た時の環境が良くなればとみんなが考えるようになって欲しいと思います。


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こま

最近の体温に近い暑さは冷房がないと乗り切れませんが、
あまりにも強い冷房が年々体に応えるようになっています。
東京まで1時間半電車の中にいると、
上着持参でも手足の先は冷たくなり、
出先でも一日強い冷房だと、
腹痛・腰痛・肋間神経痛・風邪になります。
しかし駅から建物の間は汗が噴出しとても暑い。
この温度差に体がついていけません。

強すぎる冷房、何とかならないのでしょうか?
エコロジーに反しているのに。
ちなみに、夏は上着とタイツと使い捨てカイロを
いつも持参して使っています。
(もちろんパンツスタイルなど工夫した上でさらに)
日傘も必要なので、半年間はどこに行くにも大荷物。

映画館の冷房も異常です。
今年の夏も見たい映画がたくさんありましたが、
とうとう寒さに我慢できず、
今年の夏は映画館に行かなくなりました。
今も外がとても涼しいのに電車内は寒いです。

人混みで締め切りの窓なので冷房が必要なのはわかるけど
本当に困っています。
自然な寒さは対策を講じれば防げますが、
冷房の寒さは何をしても異様に体が冷えます。

でも、スーツにネクタイの男性でなくて軽装の女性でも
そんな「寒さ」になんでもない人も多いですよね…
難しいですね。


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てるまる

わざと汗をかくようにして、シャツが絞れるほどの汗をかいた直後に浴びる冷水シャワーは最高に気持ちいいです。
しかも、体調もサッパリと良くなります。

でも、もう秋…


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takiryu

http://www.team-6.jp/
現在、環境省で、みんなで止めよう温暖化 チーム・マイナス6% というのをやっていますよ。あなたもご参加を。




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Your Comment:

 子どもが熱を出して、耳式体温計のお世話になっている。わずか1秒で測れるので大助かり。登場したのが4年ほど前で、便利さから市場は拡大、昨年は170万台を販売したとか。体温計の年間販売数が約700万台だから、4つに1つが耳式になった計算だ。 なぜ1秒で測れるのだろう。そんな疑問がわく。その前に、そもそも「体温」ってなんだ。おでこに手をあてたり、わきで測っていた時代の人間としては体表をイメージするけれど、実際には脳や内臓など身体の深部の温度を意味するとか。 耳式は、鼓膜から出る赤外線を測っている。鼓膜のすぐ内側には脳の動脈が通っているから、脳の温度がより正確に反映されるわけだ。もっとも、うまく鼓膜に向けないと、耳垢の温度を測りかねない。 ちなみに、世界初の体温計はイタリアのサントリオが作ったそうだ。ガリレオの温度計に触発され、1609年に考案。この人、計測にこだわる人だったようで、自分の体重、食事後の変化、糞尿の重量などを三十年にわたって記録、排泄物の重さが、摂取した食事の量より少ないことを確認したりもしている。 もっとも、当時は沸点が発見されていないので、目盛りは温度計によって違っていた。病気と体温が関係付けられたのもずいぶん後で、1858年になってようやくドイツの医学者が病気によって熱型が違うことを報告。以後、病気の診断に体温測定が不可欠になる。 39度を超えていた子どもの熱も、翌朝にはさがった。寝床で頭に手をあてて、熱さのひいていることにほっと息をつく。耳式の前にまず手をあてる、親心である。

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