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ちょっと知的な雑学&トリビア

時の巡礼

2001年8月28日 【コラム
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 お盆、ふるさとに帰る。仏壇の前、ご先祖さまにご詠歌を唱えるのが昔からのならわし。オンチでカラオケ嫌いなぼくも、こればかりは木魚や鉦(かね)をたたきつつ、声をあわせる。
 ふるさとのご詠歌には西国三十三所がうたわれている。修学旅行などで記憶に残る人が多いだろう、京都の清水寺もそのひとつ。三カ所ある番外も含めれば、大阪や兵庫、奈良、京都、滋賀、岐阜など七府県に三十六カ所の札所がある。これらの観音様を巡礼するのが、いわゆるお遍路さんだ。
 もっとも、一般にお遍路さんといえば、四国の八十八カ所霊場めぐりが有名。こちらは815年に弘法大師(空海)が開設したとされている。西国三十三所は718年に長谷寺の徳道上人が決めたとも伝わるので、発祥は西国のほうが古いらしい。
 琵琶湖に遊んだついでに、石山寺を訪れた。西国三十三所のひとつだ。起伏にとんだ境内、この春訪れた、やはり三十三所のひとつ三井寺に通じるたたずまい。
 そういえば大津市は、京都市、宇治市とともに古都京都の文化財として世界遺産に登録されてもいる。遺産といっても、遺跡じゃない。今も生きて、これからも受け継がれていくそれとしての遺産。
 ご詠歌をあげる親を見て、三歳の息子もポクポクと不器用ながらも木魚を鳴らしている。祖父や祖母がそれを見て笑う。ふと、自分が幼い頃の風景がそれに重なる。似たような光景が、お盆ごとに繰り返されるのだろう。百年前も、百年後も。

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8 comments to...
“時の巡礼”
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小橋昭彦

西国三十三所については「西国三十三所巡礼」を、世界遺産については「世界遺産」をどうぞ。


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ジュモン

ご詠歌?・・・今日も別世界の話。
木魚?お寺以外の場所にあるのは知らなかった!
懸命に想像してみる・・・・だがしかし、想像のきっ
かけになるものが不足気味で、イメージが浮かびませ
ん。

このあと寄せられるみなさんのコメントを頼りに、想
像を深めたいと思います。


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ながさわ

ウチの実家でもお盆に限らず仏前に木魚があります。
こういうのが当たり前と思っていましたけど、やっぱり宗教って土地との結びつきがありますから、地方によって違うんでしょうね。

ちなみに、ウチの方ではお盆にご詠歌を唱える習わしはなく、ご近所さんのお宅を回り歩いて、木魚をたたいて仏前に手を合わせてくるのが通例になっています。
仏様に挨拶した後は、その家の人と、まあ世間話してくるんですけど、たいてい呑まされるので、結構きついんですが……


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かわう。

小さいときに、親戚の葬式に出席して、富士山がきれいだったことを覚えています。
自分もいっしょに骨を拾ったはずだけど…。公園のような墓地だったので同年代の親戚と走り回っていた記憶しか残っていません。
遼太朗くんは、どんなことを覚えているのでしょう。


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小橋昭彦

ほんとですね。ぼくもながさわさんと同じく、仏壇があって木魚があってがふつうと思っていました。ジュモンさんのように、まったく想像できない、ということもあるんですね。

仏壇に向かってご先祖様を思ってご詠歌をあげるというのは、宗教的な思いとはまた別のような気がします。もちろん、それもまた宗教の枠組みのなかにあるのかとは思うにしても、「神様、仏様」という気持ちとは種類が違うといえばいいでしょうか。


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けいた。さん

なんだか日本の夏が持っている、独特の涼しさを感じさせるコラムですね。詠歌をあげている後ろでは机に用意された麦茶、正座している足にくいこんでくるたたみ…。蝉の鳴き声でも聞こえてきそうです。僕はこのサイトを今回初めて訪れたのですが、とても気に入りました。自分でもこのようなコラムを書くことが出来ればいいんですけどねえ。


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御仏像とか御神体に形作られたものに手をあわせるとか、
説法を聞きそれを守って生活することが宗教なのかな?と。
それとは別に、「お天道様」と呼ばれるようなものに対して手をあわせたり、お天道様に恥ずかしくないようにしようと思ったり、ご先祖様に感謝したりする。
これは、宗教以前の人間の心の中にある「宇宙に存在するする魂」としてのあるべき姿というか・・・・
あ0っ!表現できない!!
「宇宙に存在する魂の絶対的良心」が、お天道様とかご先祖様に手を合わさせていて、それは人間が宗教を作るまたは知る以前から持っている(はず)の心ではないかと私は思うのです。
稚拙で申し訳ありませんがなんとなく伝わりましたでしょうか。
でも・・お墓参りに行けなかった。ばあちゃん、ごめん。


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もり

小さいときいたところでは、盆に、地蔵盆てのがありました。その当時は、日本全国でやってるものだと思ってました。土地によっていろんな行事があるんでしょうなあ。




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Your Comment:

 夏休み、しばらくコラムを休ませていただきました。ご理解いただき、ありがとうございました。 京都に戻ってきて、先の週末は団地の地蔵盆。棟の間の緑地にテントをはって、朝から夜まで、子どもたちを中心にゲームをしたりお菓子を食べたり、花火をしたり。 地蔵盆の習慣は兵庫のふるさとにはなく、京都に来たときはずいぶん不思議に思ったもの。調べてみると、なんでも旧暦7月24日の行事で、寺や地域でまつる地蔵尊の縁日として、主に京都を中心に関西地方で行われているのだとか。今の暦でいえば、8月24日前後の土曜日曜に行われることが多い。曲亭馬琴が200年前に記した書物にも京都で地蔵盆が盛んなさまが紹介されているから、歴史は古い。 地蔵菩薩といえば日本にも民間信仰として普及している。道の辻や橋のたもとなどにもまつられているから、日常目にする機会も多い。子どもを守ってくれるという信仰から、地蔵盆の主役は子どもとなった。 数珠回しからはじまる地蔵盆。おやつの時間、福引、盆踊り。町によっては腹話術師が来たり、映画の上映があったりもする。 先週、駅までと拾ったタクシーの無線から、地蔵盆のため通り抜けできない道路の案内を流していた。そう、この日ばかりは、路地の主役も車から子どもたちに返る。

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 俗な話題をとタイトルから思われたかもしれないけれど、地球を守る話なのである。 げっぷとおならといっても、家畜のそれ。家畜が出すげっぷやおならが原因のメタンガスによる温室効果が、あんがい無視できないのだ。畜産大国ニュージーランドを例にとれば、人口380万人のところ、羊4600万頭、牛900万頭。同国で排出される温室効果ガスはメタンガスが44%を占め、そのかなりの部分を羊や牛などの反すう動物が出すげっぷやおならが占めているという。 ニュージーランドでは家畜のげっぷ、おなら対策を進めており、消化器内でメタンを作るバクテリアを抑制したり、消化されるときメタン生成の少ない牧草を開発したりしているという。 もっとも、全世界に占めるニュージーランドが排出している温室効果ガスの構成比はほんのわずか。メタンは水田からも出ているから、ニュージーランドの家畜をいうなら、日本もひとごとではない。 家畜にしろ、水田にしろ、もともとは人間が自分自身の必要で飼ったり耕したりしてきたもの。いまさらげっぷをするなといわれる家畜も、とんだ災難ではある。 ひとあし早い稲刈りを終え、田を見回す。有機ゆえその水田は家畜にもお世話になっていたわけで。緑の山々に囲まれた里を見回しつつ、なんだか複雑な気持ちになるのでした。

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