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2001年7月31日 【コラム
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 日本の高さの基準は、東京都千代田区永田町にある。高さ24.414メートルの、日本水準原点だ。国土地理院では、100年あまり前から現在まで、この高さを基準に全国に約1万点ある一等水準点を測量する全国水準測量を行っている。
 このほど公開された過去100年間の日本列島の浮き沈みをみてみよう。もっとも変動が大きかったのが東京都江東区で約4.5メートルの沈下。地下水のくみ上げが原因とされている。逆にもっとも隆起が大きかったのが千葉県館山市で、約1.7メートル。こちらは関東大震災で隆起したものらしい。
 地震によるとみられる隆起は、紀伊半島や四国の太平洋側にもみられ、1940年代の東南海地震や南海地震によるとされる。このとき、瀬戸内海側は沈降している。
 日本列島の上下動といえば、こちらは1年という短いスパンだけれど、東北地方の地殻でも見られる。国立天文台の日置(へき)幸介教授による発表だ。奥羽山脈の雫石では冬に沈降、夏に隆起と、年間で2センチの変動が観測される。雪の重みが原因だとか。奥羽山脈の西側に積もる雪のため、水平距離では、冬の日本海側は引っ張られて縮み、太平洋側は伸びている。
 上へ、下へ。この大地でさえ、そうして変動していく。ぼくの双肩にかかる重みなんて日本列島のこと思えば微々たるものだと励ましもし、凝りに痛む肩をさすりつつ、今日一日をおくっている。

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2 comments to...
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小橋昭彦

国土地理院の調査については、報道資料「上下変動する日本列島」をご参考に。日置教授の東北地方に関する報告は、「Science」誌2001年7月6日号に「Seasonal Modulation of Interseismic Strain Buildup in Northeastern Japan Driven by Snow Loads(Kosuke Heki)」として発表されています2000年10月の「IVS技術開発センター会議」でも気になるやりとりがありますね。


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こま

小橋さんも肩凝り持ちのようですね。
お子さんを抱っこしたり肩車するせいでなくて、
パソコンに向かう時間が長いから?
「人間の体は長時間椅子に座ってディスプレイを見るようにはできていない」とデズモンド・モリスが言っていました。
パソコンで肩凝り・目痛・腰痛になると
いつもこの言葉を思い出して「そうだそうだ」と納得しています。
クイックマッサージに時々行きはしますが、
往復も本などの荷物のために
そのときは治ってもすぐ痛くなる。
何かいい対策をご存知の方、
だれか教えてください。
肩凝り予防法と、凝ったときの直し方。




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 モーツァルトを胎教音楽にするとか、栽培野菜に聴かせて生育をよくするという話はしばしば聞くが、犯罪抑止にも役立つらしい。 米フロリダ州の犯罪多発地域で地元警察がモーツァルトなどのクラシック音楽を流したところ、昨年前半119件だった事件通報が、今年前半は83件まで減少したという。音楽を流し始めたのは4月以降だから、年初から流していたらもっと減っていたかもしれない。 音の効果という連想で、アクティブ・ノイズ・コントロール技術を思い出す。騒音を音で消すという逆転の発想。従来の騒音対策は二重窓にしたり壁を厚くしたりと、いわば受動型の手法だったのだけれど、アクティブ・ノイズ・コントロールは、こちらから音を出して退治しようという能動型の対策だ。 音にはそれぞれ固有の波がある。そこで騒音の波形を分析し、逆の形をした波をもつ音を発生させる。するとそれらが打ち消しあい、騒音が減るというわけ。原理そのものは古くから知られていたけれど、80年代から90年代にかけて、技術の発展によって商品化されるようになった。 すでに高級車のエンジン音の低減や、空調ダクトの消音などに利用されている。最近になって高速道路などの壁に取り付ける商品も開発されたが、一般的な遮音壁にくらべ、交通量を6割程度減らしたと同じ効果があるという。 犯罪抑止と騒音対策。それぞれに違う音の利用法ではある。それでも、相手にまともにぶつかるんじゃなく、違う発想からとりくんだり、逆をついたり。どちらもなんだか人生訓のようでもある。

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 インド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』に、主人公が馬車による逃走からふと気づくと言葉の通じない地方に来ていててんやわんやするエピソードがある。日本の言葉事情に慣れた身からはそんな光景がひどく新鮮。インドの公用語は英語とヒンディ語とはいえ、州によっても公用語があり、その数だけでも10を超える。 インド亜大陸の南端ではテルグ語やマラヤラム語などが話されているけれど、東南端で話されているのがタミル語。全人口のおよそ5%が話しているという。5%といっても人口10億人の国、5000万人にあたるから大言語だ。 そのタミル語と日本語に共通点を見出し、日本語の起源を南インドに求めたのが大野晋氏だった。縄文末期、船で渡来したこれらの人びとの話す言葉が、農耕などとともに広がっていったと。 では縄文時代はどんな言葉が話されていたのか。それを縄文語と名づけ、アイヌ語がその末裔ではないかとするのが大山元氏。ワニ(今でいうシャチか)の上を渡って向こう岸に行ったという因幡の白兎の話も、シャチをアイヌ語で表現すると「沖にいる神」となり、唐突なエピソードではなくなる、などの分析を重ねている。 日本語がどのように移り変わってきたのか、まだ定まった説はない。いまは「ホシ」と発言している空に輝く星も、室町時代には「フォシ」であり、奈良時代からさらにさかのぼると「ポシ」だったかもしれないなど、近い時代にも変化は少なくない。 と同時に、5%が少ないと思っていたら5000万人だったとか、縄文時代と表現されてつい江戸時代などと同じようにとらえているとそれは1万年も続く長い時間のことを意味しているとか、言葉に隠されがちな真の姿のことも、ぼくたちは忘れないようにしたい。

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