ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

水辺の進化

2001年7月26日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 7月にはいって、約550万年前の猿人の化石がエチオピアで見つかったと報道された。現在有力になりつつある見方では、人類と現生の類人猿が共通の祖先からわかれたのは、およそ650万年から550万年ほど前のこととされている。だとすると新しく見つかった化石は、人類が誕生した直後のものということになる。
 この猿人、足の指の形から二足歩行をしていた可能性が指摘されているが、気になるのは付近の550万年前の様子。湿潤な森林地帯だったとされているのだ。これでまたアクア説が注目されるかな、なんて記事を見ながら思う。
 アクア説。訳すと、水生類人猿仮説だ。人類はそのもっとも初期の段階で、水の中で暮らす生活をしていたのではないか、というのがそれだ。ぼくたちはこれまで、人類は森の中からサバンナに進出し、その結果直立二足歩行をするようになった、という考え方をもっぱら聞かされてきた。しかし、最古の人類が湿潤な森の中で生活していたとなると、これはあたらない。
 むしろ、水につかった樹木から別の樹木に移動するとき、水中を歩きつつ呼吸を確保するために二足歩行したという方が自然ではないかと提唱されている。水の中での生活を多くしていたのなら、ヒトだけ体毛が少ないのも説明できる。
 じつは、ヒトの化石のほとんどは水辺で見つかっている。ただ、これは水によって運ばれて沈殿した堆積物が化石化と保存に最適だからで、ほかの動物の化石でもいえること。専門家はこれを「タフォノミック・バイアス(化石化のばらつき)」と呼び、できるだけ無視してきた。しかしアクア説の立場にたつと、無視しすぎてきた可能性もある。
 アクア説は、これまでどちらかというと異端視されてきた。中心となって論考してきたエレイン・モーガンが学者でないことが理由のひとつともいう。彼女が1972年に著した記念碑的な著作を『女の由来』という。もちろん、ダーウィンの『人間の由来(The Descent of Man)』のもじりだ。
 ダーウィンから100年。アクア説は、そしてエレインは、Manをもって人間と考えるような固定観念にぼくたちがとらわれているのではないかと、問いかけている。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

4 comments to...
“水辺の進化”
Avatar
小橋昭彦

アクア説にご興味をもたれた方は、『人類の起源論争』をお読みください。記念碑的著作『女の由来』以降の最新の結果もフォローされた、格好の入門書です。


Avatar
けんじ

水辺の退化
 難しい話になると、さっぱりコメントがすくなくなるので恥を覚悟で投稿します。水辺で暮らしてた遠いご先祖様には申し訳ないんですが実は私、泳げません。これは水から上がった人類が地上を歩くようになった進化のたまものだと言い張っていますが家人どもは退化してると冷たいです。
 だいたい人間は泳げなければいけないのか?いつも疑問に思っています。夏になって浜辺で留守番してるのがだんだん苦痛じゃなくなってるのが寂しいですけどね。


Avatar
小橋昭彦

泳ぐといえば、人間の体毛ですが、泳いだときに水流ができる向きに生えているとも言われています。類人猿は上から下、つまり雨の流れ落ちる方向なのに。これも、アクア説を強化する事実のようで。


Avatar
亜細

水辺での進化

小橋さんから紹介されている本は、数年前に読んでいますが、人類が水辺で進化したのではないかと思わせる口承伝が、ネイティブアメリカンのイロコイ族に伝わっています。

ほんの数行の伝承ですが、人類が、まだ森林の中で暮らしていた時代から、ベーリング陸橋を35人で渡り、新大陸へ到達したという、何十万年に渡る伝承です。

興味のある方は「ネイティブアメリカンの口承史」(ポーラーアンダーウッド)を参照してください。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 ずいぶんユニークな研究があったものだ。心理学者のチャールズ・ヒル教授らによるボストン・カップル研究、略してBCS。その名のとおり、ボストン地域の大学に通う2、3年生からカップル231組を選び出して継続調査。継続といっても25年にわたるからハンパじゃない。 1971年からはじまって、追跡調査は半年後、1年後、2年後、15年後、そして25年後に行われている。 2年後、カップル231組のうち、約半数の103組は別れていて、65組は恋人として継続中、9組が婚約、43組が結婚していた。あと1組は自動車事故で死亡。 15年後、調査対象者の4分の3は結婚していたけれど、そのうち当初の相手と結ばれていたのは73組。離婚せず続いていたのは50組だった。 25年後の調査はちょうど行われたばかりだけど、統計学的に長続きするコツを分析したところ、共通の目標、知的な交流、身体的魅力に極端な差がない、という3点が浮かびあがったという。美女と野獣っていうのは、なかなかうまくいかないらしい。 つきあいかたでは、大学時代に性的な関係を急がなかった男性のほうが、愛情を長く共有できる女性と知り合う傾向が強く、また、バーではじまった恋は長続きしないことも判明。なんだかそれぞれに納得できる指摘ではある。 生涯の伴侶と思えば慌てずじっくり交際を、ということらしいが、恋をしているときって、四半世紀先のことまでなかなか考えられないよね。ただこの瞬間の、相手のしぐさや言葉がすべてだったりもして。

前の記事

 夏の一日、百貨店で行われていたおもちゃの歴史展に出かける。会場に並べられたブリキのおもちゃの数々が懐かしい。不思議だ、ぼくが子どもの頃には、時代はすでにブリキからプラスチックや超合金に移っていたはず。これがブリキの持つ魅力というものか。 日本におけるブリキのおもちゃの歴史は、明治にはいってほどなく始まる。その後大正時代にかけて、世界でそれまで主流だったドイツ製に代わって日本製のブリキ玩具が注目されるようになり、昭和に入って1930年代には質、量とも世界第一のおもちゃ生産国になった。戦前の玩具輸出最高額は1937年に記録した4200万円だ。 大戦がはじまり、ブリキ玩具は製造できなくなり後退したが、戦後、進駐軍の持ち込んだ缶詰の空き缶を再利用して製造することから復興を果たす。占領下の日本(Occupied Japan)製と刻印されたおもちゃが世界に輸出された。 日本のおもちゃは現在も世界で注目されている。といっても、やはりいちばんはテレビゲーム機。国内のおもちゃ売上ベスト10をみても、テレビゲーム関係が多く登場する。 じつをいうと、テレビゲームをおもちゃと呼ぶことがどうもしっくりこなくって、ふとおもちゃの語源を調べてみた。もともとは「持て遊び」で、手に持って遊ぶという意。それが「もちゃそび」、接頭語オがついてオモチャである。手に持って遊ぶか。確かにテレビゲームもコントローラを手に持ちはするけれども。 展示会の帰り、子どもにせがまれてというよりは親が欲しくって買ってしまったブリキのおもちゃを手に、ふと、これは箱から飛び出しそうだな、と思う。人が寝静まったあと箱から飛び出して踊るという、あの歌。テレビゲームはどうだろう。箱から飛び出してこそ、おもちゃじゃないか。

次の記事