ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

左を空ける

2001年7月17日 【コラム
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 最近エスカレーターで急ごうとしても思うにまかせないと思っていたら、案の定、関西の左空けがすたれてきているらしい。首都圏からの旅行者が増えてきたことが一因ともいう。
 しばしば指摘されることだけれど、急ぐ人のために関西では左を空け、首都圏では右を空ける。首都圏の右空けは80年代から90年代にかけて定着したとされる一方、関西の左空けは歴史が古く、1970年の大阪万博がきっかけという。右利きの人は手すりを右手で持つから左空けにと考え、阪急梅田駅で放送が始まったとか。
 どちらがいいというものではないけれど、一般的に人間は左を壁にすることを好むことをふまえると、首都圏風の方が落ち着きそう。とはいえ、優先するという気持ちからは自分が我慢して右を壁にし、左を空けたほうがやさしいとも考えられる。
 いやいや。左遷という言葉からは左はむしろ下位か。事実、右と左でどちらが上座かというと右だ。とすると、右に出るものを許さないというのは、いかにも目立ちたがりやの関西気質といえるか。まてまて。ニューヨークやロンドン、パリなどでも左空けのようだから、関西気質というのはあたらない。
 陸上のトラックは左回りで、追い抜くときは右側から追い抜く。それを考えると首都圏風がよさそうだけれど、仮にレーンが固定されていれば内側になる左の方が速いわけで、だったらやはり関西風か。
 左といえば子ども時代よく描いた『宇宙戦艦ヤマト』はなぜか必ず左向きにしていた。船舶の側面図は通常は右向きだから、これはやはり上手から下手に向かうという優位性を感じさせようと無意識に演出していたか。歌舞伎の舞台でも権力者の位置する場所は上手、つまり観客から向かって舞台の右手が多い。
 もっともそうすると強いものに立ち向かう主役は左から右への動きとなってしかるべきで、敵に向かうヤマトは右向きでもよかったはず。戦うといえば、最近の映画で印象的なシーンとしては、『マトリックス』で敵陣に乗り込む銃撃シーンは左から右への動きだったな。
 左か、右か。エスカレーターから戦闘にまで想像は広がる。心臓の位置から右脳、左脳、はてはDNAの鎖の巻き方、銀河の渦まで、この話、きりがない。
 うむむ、今日は右につくとも左につくともわからぬ話になった。

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23 comments to...
“左を空ける”
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小橋昭彦

関連したテーマとして、以前左側通行をとりあげたことがありましたね。旧サイト時代のコラムなので、次に再録しておきます。そのとき紹介したサイトですが、「交通事故を防ぐには」「右と左」「右側通行」など。また、「上手と下手の雑学論」もおもしろいです。


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小橋昭彦

左側通行

 母を案内して訪れたオーストラリアで、車が左側通行なので海外らしくない、と母が言う。確かに、アメリカをはじめ世界の4分の3の国で車は右側通行となっている。左側通行は日本やイギリス、インドなど。
 日本で左側通行が明文化されたのは1900年のこと。とはいえ1889年の「人力車営業取締規則」にも馬車の行き交いはお互いの左側と定められているなど、それ以前から左側通行は行われている。1836年に刊行された旅の心得本にも道中は左手を通行すべしと記されているとか。
 このあたり、刀を左腰に差していたことと関係が深く、右側を通行していたのでは鞘が触れ合うし、左から襲ってきた相手に迅速に対応できない。米国などが右側通行になったのも、拳銃は右腰に差すという事情がある。欧州でイギリスだけに右側通行が残ったのは、サーベルを左腰に差す騎士道精神が大切にされたからだとも、海を隔てていて銃火器がそれほど浸透しなかったからだとも言われている。
 日本では当初人も車も左側通行だったが、第二次大戦後アメリカ風に対面式となる。歩行者も迫りくる車を見て気をつけろということかどうか。こうして人は丸腰のまま車と立ち向かうことになり、交通戦争の中をびくびくしながら歩むことになる。


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のん

右と左と言えば、最近読んだ本で「自然界における右と左」(だったかな?)があります。内容は、なぜ鏡は上下でなく左右を逆に移すのかという話から入って、最後はパリティとかそれよりもっと難しい話まで。(後半は難しくて読めなかった。)
我々の住んでいる世界では基本的には右と左を入れ替えても何も変わらない。というか、ある日突然、全てのものにおいて右と左が入れ替わっても、それを認識することができない。ところが、「パリティ保存の破れ」が発見されて、右と左を区別することが実は可能だということがわかった。…というような内容だったと思います。
つまり、エスカレータの右空けも左空けも、結局は同じことだと思われていたのだけれど、実は、どこかが違っているかもしれず、ひょっとしたらそれが大阪と東京の違いなのかも…


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ながさわ

右空け・左空け。仙台では左あけがメジャーなようです。

ところで、これってエスカレータの設置の仕方にもよるんじゃないでしょうか?
2F行きから3F行き、3F行きから4F行き。
各フロアでの乗り換えの時、左回りにUターンするのなら左空け、右回りなら右空けの方が良さそうですが。
そのまま目的のフロアまで走っていってしまう人が多いと意味ありませんが、なんとなくみんな目的フロアの直前で減速するみたい……?


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ちゅう

エスカレーターの右空け・左空けについてなのですが、「先頭の人に合わせましょう」というルールはどうでしょうか。誰も乗っていない場合の先頭の人は好きな方に立てるということで。


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まつもと

和食では、尾頭付の魚料理は左向きに皿に載るし、洋食では、例えばビフテキはフォークで刺し易い左端から切り取って食べますよね。
すいません、朝から意地汚く料理の話で。


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ヤン

小学生の頃に習った、朝廷では左大臣の方が右大臣より
上位だったという話が未だに脳にこびりついて離れない。
理由があるだろうな、と書きつつ調べていない私なのでした。


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あさがら

関東圏なので、やはり右空けが多いような気がします。
自分としては、右を固定で空けているのではなくてあく
までも前に合わせているだけなのですが。
空いているのが続いていないと意味がないので、左空け
文化の地でも、前の人が右空けならそれに従う、が合理
的だと思います。
前の人に素直に合わせるのでなく、なんで左空けにしな
いんだ、と思うのが関西風なのかな?


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ちゃぽ

初めてコメント書きます。
私は関東圏に住んでいたので右空けが自然ですが、
私が左側に立っていた理由はただ一つ、
右利きなので右手に荷物を持っていて
空いた左手で手すりをつかみたかっただけです。
駆け上がる時はどこにも掴まらずに
スタスタ上がって行けますが
止まってる時は、やはりどこかに掴まっていたいです。


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とおる

左空けは日本式で、右空けはその他向けだと思います。
日本の車世界のKeepLeftと同様でしょう。
日本人は、右側通行と言うことになっているので
エスカレータの右側をふさぎ?左を空ける様に
なっているのでしょう。
関東は、外国人が多く来るため、外国人に合わせて
あるのでは、無いでしょうか?
関東の駅の階段では、左側通行の文字を見かけますが…


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けんじ

そもそもエスカレータの片側を急ぐ人に明けるなんて変だとは思いませんか?
だって、階段が無いなら別だけど階段のあるところでは急ぐ人は階段で走って欲しい。エスカレータの上を走るのは結構危険なんだけどなぁ。右左の話より、そっちの方が知りたいですね。(どう思います?)


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rimo

けんじさんの意見に賛成です。

某新聞の投書欄に載っていましたが、
関東圏で身体が不自由なため右側のベルトにつかまっていたところ、
サラリーマンの人に「右側は急いでいる人のために空けるものだ!」と怒鳴られたそうで・・。 その投書された方も、「身体が不自由だからエスカレーターに乗っている。 急ぐなら、隣の階段を使えばいい。」という内容でした。
その後、エスカレーターのメーカー?からのコメントでも「エスカレーターに乗っているときは止まって乗っていることを前提として設計?されているので、歩いたり走ったりするのは危険である」という内容だったと思います。

右でも左でも、急ぐなら階段、これが徹底されてほしいな・・と思った内容でした。


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Orange

いつも楽しませていただいております。

右か左かといって思い出すのは、アサガオのつるの巻き方
です。ふつうは「左巻き」と言いますが、植物学者の中
には、あれは右ねじの方向であり、また右に巻きながら
成長していく(要は下から見ているイメージですね)ので、
右巻きであると主張する人もかなりいるようです。

このあたりは
アサガオホームページ
アサガオ画像データベースなどに
くわしく掲載されています。


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オードリー

「人は右、車は左」というのが交通ルールですが、
車が通らない歩道や地下通路などでは、もうだいぶ前から、
左側を歩くことが一般的になっているような気がします。
とすると、右空けのほうが自然ですよね。

宇宙戦艦ヤマトについては、
冊子の装丁の都合に合わせたのかなぁと勝手に想像してました。
マンガって、週刊誌もコミック本も右から左へ読んで行きますよね。
そうすると、ヤマトの艦首は左へ向いていたほうが、話が進んでいく
感じが出るんじゃないかなぁと。


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konet

私の住む田舎町ではエスカレーターで片側を空ける習慣がありません。隣町の県庁所在地に行くと、そのことを思い出される感じです。

都会の人たちはせせこましい…。


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ラブリー

こんにちは。
私は大阪に住みながら、京都に通学していた者です。
大阪では確かに左空けですが、京都では右空け(“Keep Left”という表示もあります)となっています。
ですので、四条駅で右空け、梅田駅では左空けという、
ややこしいことを1日のうちにやってのけなければならないのです・・・。なぜなのでしょう??


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横蜘蛛

私は元来左利きなこともあってか、右と左がよく混乱します。特に苦手なのが結びを作ることで、いまだに紐など満足に結べないでいます。
パソコンのマウスも右と左がしょっちゅう出てきますね。実は私はノート型の場合、マウスを二つ繋いでいます。標準を左手用にしておき、それをUSBでつないだマウスで使い、PS/2ポート側は右手で使います。タッチパッドがある関係からか、これで矛盾ありません。
両手が使える方、お試しあれ。


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taishi

小橋さんの文章にありましたように
ロンドンに行ったときに、
左空けで驚いた記憶がよみがえりました。


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小橋昭彦

ヤマトの絵を描くときですが、ぼくの場合右利きなので、筆は左から右へ流すのが自然、そして船を書くときは艦首から書き始めるので、左向けになる、という考え方が自然かも、とその後気づきました。左利きの方の場合、どうなのでしょう。

もっとも、商品化されたヤマト関連の絵も、多くの場合左向きですね。オードリーさんの説も説得力あります。本に書くときも、右綴じだと、左の開く方向を向くほうがいいですね。もしかして左綴じの横文字コミック(アメコミなど)では、右向きの戦艦などが標準になるのかなあ。気になってきました。


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ひらた

いつも楽しみに読ませて頂いています。
大阪在住のもんです。

エレベーターの話は身近でも話題になることが多いのですが、
大阪で左側を空けるようになったのは万博がきっかけというのは
私も聞いたことがあり、その理由というのが、
外国では左側を空けるのがスタンダードで、
万博なんだからそのスタンダードに合わせるのが筋でしょ、
ということだったという話を聞いたことがあります。
taishiさんがロンドンの話をされてますね。
他の国でも本当にそうなんでしょうか?
ご存知の方あります?

それから、ちょっと変わった話では、
大阪ではひったくりが多かったので、
荷物を持つときは右手に持つことが多いことから、
荷物を取られないように右側に荷物を隠すように並んだんだ
というのも聞いたことがあります。
ほんとかどうかよく分かりませんが、大阪ならありそうな…(^^;


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大熊猫

はじめまして。いつも楽しく拝見しております。

私はちゅう様のご意見に賛成です。先頭の人、または
お年より、体の不自由な方に合わせるのがすじだと
思います。たとえば右足、左足のどちらかに怪我を
している場合、つかまりたいのは左右の足でちがいます
よね?

左右どちらが空いても、べつに問題はないと思います
ので、どちらかを空けておくように心がければいいの
ではないでしょうか。前の人が立ち止まったら、
空いてる方に移ればいいだけですし、空いているほう
に立ち止まって乗りたいのであれば、少し間隔を空け、
後ろからきた人が通れるようにすればいいだけだと
思います。
また、急いでる人は、前の人に「すみませんが通して
ください」って言えば、それでいいような気がします。
怒鳴るのは、論外だと思いますが。右、左、それ以外
は認めない! と決めなければちゃんと守れないので
あれば、ちょっと悲しい気がします。

けんじ様、rimo様のご意見は、エスカレーターのすぐ
隣に階段があるのなら、ごもっともなのですが、階段
とエスカレーターは必ずしもセットになっていないの
で、急ぐなら遠くの階段にいけ、といわれるのも、
理不尽な気がします。

なんかうっとおしい文章になってしまいました。
ごめんなさい。


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ゆか

関東にいるので、左立ち・右開けが普通、というか、多いです。
が、香港に行ったとき、台湾に行ったとき、確か上海でも、
右立ち・左開けだった気がします。
大阪とアジアは一緒だ、と思いました。

エスカレーターを駆け上がることが時折あって、
右手で手すりに触れながら駆け上がるわけですが、
右利きの人にはこの方が自然かなぁと。
そして、私は左のほうが自分には自然だったりします(^^;


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ウチダ

あまり根拠は無いのですが左利きの人は右側に右利きの人は左側に寄る傾向があるのではないでしょうか。字を書くときなど利き手と逆に首を傾けたりしますから。




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 ふと思い立って三十三間堂へ出かける。1001体の観音像との再会。ゆっくりと、その前を歩いていく。 中ほどに、上を見るように掲示がある。天井に、かつて堂内を彩っていた文様のあとが残っていると。堂内はいまでこそさびた風合いをかもしているけれど、華やかに彩られていたころもあったのだ。さぞかしこの世のものならぬ風景であったろうと想像する。とはいえ、当時のように修復することは許されまい。 美術品の修復は難しい。作家の望んだ形に戻すことは理想のように思えるけれど、ミロのヴィーナスの失われた腕が出てきたといって、それを「修復」することはきっとだれも望まない。教科書で見なれていたくすんだ名画が、修復によって鮮やかな色あいをとり戻しはっとすることもあるけれど、おそらくそのあたりがぎりぎりのところか。 美術品・芸術品の大敵には、劣化のほか、害虫もいる。博物館の被害の筆頭は、ゴキブリだそうだ。ゴキブリのやつ、台所で安住しているかと思ったが、あんがい目が高い。博物館内のレストランなどから忍び込み、古書などの糊の部分を食べる。 人は、風化に価値を感じることができる。三十三間堂の観音像のなかには、どれか一体、自分の会いたいと思っている人の面影が宿っているという。ちょっとしたくすみを、いとしい人のほくろに重ねたりもするのだろうか。それもまた、すてきだ。 子どもにせがまれ、家族で献灯する。手を合わせ、目を上げると観音像の顔、顔、顔。穏やかな顔、ひきしまった顔、ほほえんだ顔。たしかに、さまざまな表情を持っている。ただ、そこにだれかの面影を探すことはしない。会いたい人は、いま側にいるから。

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