小橋 昭彦 2012年1月7日

帰りました。

そんな言葉が、いちばんに出てきた。

ほんとうに久方ぶりに、コラムを書きたいという気持ちがふつふつとわきあがり、調べてみるとコラムとしての配信はもう3年近くしていないのであり、それではと思いきって、今日1月7日に復刊するのだと心に決め、それは創刊14年目を迎えた日ということになるのだけれど、そのようにして、すでに暮れゆく今日を、ここに迎えている。

タイトルはすっと浮かんだ。すでにご存知のとおりである。

このタイトルは、ふるさとに帰り住んで、あらためていいなあと思った風景につながっている。学校から帰ってくる子どもたちが、道ばたで出会う人ごとに「帰りました」とあいさつをする。大人の側もまた、子どもたちそれぞれに「お帰り」と声をかけている。それだけの、日常の風景。

だけどその、通常なら家庭内でするだろうあいさつを、地域の中で他人としているという事実が、しみじみと胸におさまっていく。

ひさびさにコラムを届けると決めたとき、タイトルは「帰りました」しかないと思った。

もっともこの流れはこれまでコラムを書いてきた流れとまったく逆で、ふだんは雑学ネタを決めた後にそれを広げるのに、今回はタイトルが先に決まっていて、そこにネタをあてなくてはならない。

あてどなく、時間を過ごした。

ようやく思い浮かべた風景が、黒澤映画、静かなる晩年の傑作『まあだだよ』に登場する、自分の愛猫を探し求める内田百閒先生の姿であった。ぼくはネコを飼った経験がないが、ネコはときに家出をするものらしい。

 

ネコの家出

ここにあてるネタならある。

昨年5月、アメリカの科学者たちがネコの首輪に無線送信器をつけて、行動範囲を調べたレポート。それによると、飼いネコはおおむね8割、野良ネコは6割をうたたねして過ごしているのだけれど、飼いネコの場合でおよそ半径にして80メートル、野良ネコに至っては半径1.5キロほどの範囲をうろつきまわっていたという。

この違いはもちろん、餌にありつけるかどうかによる差なのだけれど、そもそもネコ科の動物は、一定の縄張りを維持すべく歩き回る。野生のライオンなら半径10キロといったこともあるようだから、ネコの場合はずいぶん小さい行動範囲ではあるけれど、小さきライオンとして、自らの縄張りを睥睨して回っているのだろう。

出歩くうちには縄張り争いや事故もある。なんとか無事にわが家に戻ってほしいものである。

自分自身が少年だった頃も、「帰りました」と言っていたことを思い出す。学校からの帰り道、田畑で働いているおじさん、おばさんとあいさつを交わした。農業が機械化されて、今、かつてほど多くの人を田畑で見かけることはなくなった。耕地整理が行われ、ぐねぐねした畦道を歩くこともなくなった。

それでも、こんどは自分がおじさんになって、子どもたちの「帰りました」という声を聞く、そんなときぼくは、「お帰り」と言葉を返しつつ、「帰りました」と心の中で言葉を重ね、四半世紀以上前の風景の中にいる。

人文地理学のイーフー・トゥアンは、「空間」と対比して「場所」には、経験を通した愛着が伴うと言っている。とすればこれがまさに、ぼくにとっての「場所」ということであるのだろう。

 

ダンバー数

子どもたちにとっての場所である「わが家」とはどこだろう。

第一義的には家庭だ。しかし、「帰りました」と言える「わが家」はもっと広い。どのくらいがホーム感のある範囲なのだろうか。

これまでとりあげる機会がなかったので、とりあえずは、進化心理学のロビン・ダンバーによる説を引用する。ヒトの脳が安定して処理できる個体数の上限が150人だという説で、ダンバー数と呼ばれている。この数字、Facebookなどによるソーシャルグラフが注目される昨今、ときに話題に上る。さまざまな部族の村落人口もそのくらいというから、興味深い。

ちなみに、わがふるさとの自治会は世帯単位で入るから、個体ではなく世帯で考えるとするなら、自治会を構成する世帯数が100世帯までということになり、一応、符合している。とはいえ、子どもの「わが家」は自治会と一致するわけでもなく、おおよそそのくらいの範囲であろうと見当をつけるほかない。

 

親密な場所

いま「場所」と表現して気づいたのだけれど、ぼくは、コラムを配信していく一連の行為に対して、「場所」に似た感覚を抱いているらしい。前述のトゥアンは、『空間の経験』に、「場所」は、肘掛け椅子から地球全体までさまざまな大きさを持つと書いているが、ぼくはそれをさらにおしすすめ、場所から地理的要素をはぎとって、親密さを抱く経験そのものに、場所的な感覚を抱いているようだ。

帰りました、とタイトルを選びながら、この三年、ことにこの一年の間に起ったできごとに思いをはせていた。そうすると、帰りましたと言える場所があることのしあわせに思い至らざるを得ず、それを言葉に記すことの重みにおしつぶされそうになって、なんどか筆を止めた。

しかし、だからこそ「帰りました」といえる場所を保っておきたいと、そんなふうにも考えたのだ。ただ自分のためではなく、誰かひとりでも、このささやかな場所を懐かしいと感じていただけるなら、それで充分ではないか。

それというのも、これはぼくの勘違いであることを望むのだけれど、心から安らいで「帰りました」と言える場所が、とても少なく思える世の中になっている、そんな気がして仕方がないから。

34 thoughts on “帰りました

  1. 作中で触れた映画は『まあだだよ』です。内田百閒の『ノラや』などが下敷きになった映画です。

    また、ネコの行動範囲については、論文、”Home range, habitat use, and activity patterns of free-roaming domestic cats”(The Journal of Wildlife Management, Volume 75, Issue 5, pages 1177-1185, July 2011)にあります。

    それから、イーフー・トゥアンの著作は『空間の経験』で、引用した場所の大きさについては、p265にあります。

    ロビン・ダンバーの著作は、『友達の数は何人?』が手軽。これを組織論にあてはめた「組 織150人の法則」(松村崇ウェブサイト)などもどうぞ。

  2. なが~い
    ご無沙汰でした。
    ペンネームが
    「30キロ圏内の使途」という
    ふしぎな名称に変換されました。
    周囲ではパニック防止のために
    「オバカ」な振りをするようになりました。
    真実は言わない、聞かない、見ない
    という毎日です。

  3. おかえりなさい!
    おにいちゃんたち、もうそんなに大きいんですねえ。

  4. お帰りなさい。

    今日の雑学[06.03.31] 親子の絆 が最後だったでしょうか?

    久しぶりに、「今日の雑学」のフォルダが、光りました。
    これからも、楽しみにしております。

  5. お帰りなさい。懐かしい文体を拝見しました。
    息子さん方も、さぞかし、成長なさっておられることでしょう。
    また、いろいろと考えるテーマをご提示ください。

  6. 本当、久しぶりの文体に、お帰りなさい。
    3.11以前と3.11以降。色々と言葉を選びながら、
    ご提示されるとおもいますので、楽しみにお待ちしております。

  7. お帰りなさい。
    久方ぶりに「今日の雑学」の表題を受信し「ホッコリ」しました。

  8.  おかえりなさ~い。
     思いがけないお知らせは、嬉しいお年玉になりました。

     「三(夫々の字は忘れてしまいました、、ごめんなさい)」太朗くん建もさぞ大きくなっていることでしょう。あの頃、影も形もなかった孫達も、康人、正人、弘人と、3人になっています。

     最初のコラムが猫についてというのも、猫大好き人間の私には、偶然以上に感じられました。

     これからまた、知的刺激を期待できるのは嬉しいこと
    ですが、年々衰えていく理解力で足りますように。

     

  9.  おかえりなさい。

     昔、尊敬していたクリエイターから教えてもらってから、ずっと参考にさせていただいていました。

     メールが無くなってから寂しくも残念にも思っていたのですが、とても嬉しいです。

     これからも楽しみにしています。

  10. おかえりなさい
    待っていた・・・わけではありませんが、「待ってました」

  11. 忘れかけていました。
    ウチの娘と、小橋さんの息子さんが確か同い年(現中学1年生)だったと思います。
    どうぞ、マイペースでやられたらいいのだと思います。

  12. お帰りなさい

    受信トレイで見つけた、久しぶりのお名前
    びっくりするやら、懐かしいやら・・・
    これからも折に触れて発信いただけたらと思います。

    ROMですみませんが

  13. みなさま、あらためまして、帰りました!

    あたたかいコメントをいただけて、とてもほっとしています。

    再び、「雑学」を介して楽しく、そして多少なりとも心があたたかくなるような、そんな時間を作っていけたらと願っています。

    よろしければ、これからもお付き合いください。

  14. もどっちきたんじゃのぅ
    なんか、なつかしいでぇ

    (大分弁にて)

  15. お帰りなさい。
    また小橋さんの雑学読めると思うと大変うれしいです。楽しみにしております。

  16. お帰りなさい!ずっとお待ちしていました。これからがとても楽しみです。よろしくお願い致します。

  17. おかえりなさい。

    私も懐かしくて、一気に読ませていただきました。

    また楽しみにしていますので

    よろしくお願いします。

  18. ありがとうございます!

    ほんとうにひさびさに書いたのですが、以前は気づかなかったのですが、なんていえばいいでしょう、「ざつがくの文体」ってあったんだな、って、そんなことを自分自身発見しました。

    懐かしいといっていただけるのは、とても嬉しいです。

    これからもコメント、ぜひぜひお寄せください。

  19. 懐かしい。。お年玉を頂いたような気分です。

    保存しておいた以前のメールを読み返して気付いたのですが、小橋さんのコラムに出会ってから10年が過ぎていました。
    長い間楽しませていただきありがとうございます。

    楽しいコラム、また読ませて下さい。

  20. 「お帰りなさい」  いい言葉ですね~。 

    これからも ためになる雑学 期待してます。

  21. お帰りなさい。

    今日、読みました。3年の間がある事を感じませんでした。
    ある量以上の情報接点を持つと、人は時間を間引いてつなげることが出来る様になるみたいです。

  22. ありがとうございます。

    連休が明けて、今日、ゆったりと休憩時間にお読みいただくといった方も多いかもしれません。

    次回以降も、よろしくお付き合いください。

  23. お帰りなさい!
    3年は長かったですね~。でも予期せぬカムバックに喜びもひとしお。じっと待っていても誰からもメルマガなんて来ない時代になったのかと寂しい思いをしていましたが、久しぶりに懐かしい『雑学』の薀蓄に、やっぱりええなこれ!と思いました。年の初めの素敵なプレゼントでした。

  24. 嬉しいです。
    また戻ってきてくれないかなと、ずっと待っていました。

    これからも拝読させて頂きます。

  25. おかえりなさい。
    そして、ありがとうございます。

    無口な読者より。

  26. おかえりなさい。

    お待ちしていました。
    何があっても帰るところがある。楽しく明るい、ところが帰るところ。と思います。お子様の誕生の頃から「今日の雑学」を振り返るといろいろなことが思い出されます。待ってて良かった。

  27. 「お帰りなさい」…ROMの私が口にしていい言葉かどうかわかりませんし、小橋さんの中で何が起こっていたのかもわかりませんが、ふと発してしまいました。同じ時を並行して生きているというだけで、何かを共有できた気持ちになっています。

    お子さんも大きくなられたのですね。小橋さんとは銀座8丁目のビルの応接室で10年くらい前にお会いしたのが懐かしいです。私もなんだかんだと書く仕事も多いのですが、小橋さんのコラムを楽しみに読ませていただきつつ、勉強させていただいております。今後ともよろしくお願いいたします。

  28. 「お帰りなさい。」ですね。

    久しぶりで懐かしくおもいながら、読みました。
    メルマガを読んで、このような気持ちになったのは初めて。
    なんだか、いいですね。

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