小橋 昭彦 2005年9月22日

 コーヒーカップを、何気なく運んでいるとどうってことないのに、気をつけてゆっくり運ぼうとしたときに限ってこぼしてしまう。揺れをしずめようと手の動きをあわせると余計に波立ったりもして。皮肉なものとすませていたけれど、今あらためて、そうかあれはスロッシングかと、思い返している。
 スロッシングというのは、英語の原義どおり、水面がうねる現象を指している。言葉を知ったきっかけは、この2月に打ち上げられたアリアン5ロケットに積まれていた人工衛星「スロッシュサット・フリーボ」だ。一辺90センチの立方体という小さな衛星で、内部に33リットルあまりの水を積んでいる。微小重力環境における液体の動きを観測することが目的という。水に満ちた衛星というイメージにひかれて調べていて、スロッシングという言葉に出会った。
 微小重力下で水がどう波打つかを知ることは、火星に人を運ぶときの飲み水や、液体燃料を積んだ宇宙船の設計のためにも必要だろう。ただしスロッシングは、身近な生活にも関係している。たとえば自動車のガソリンタンク内のガソリンの揺れもそうだ。さいきんでは、十勝沖地震のときに起こった石油タンクの火災が、スロッシングが原因とされている。国内の石油タンクのスロッシング固有周期は7秒から11秒だそうで、地震による長周期地震動がこの周期に重なった場合、タンク内の液面は大きくうねる。その結果、浮屋根がはずれて原油が漏洩、揮発し可燃性ガスとなったところに、摩擦による火花が着火したというわけだ。
 スロッシングを知ったことでコーヒーを運ぶ手さばきが上手になったかというと、そうでもない。ただ、カップを手に水の衛星に思いをめぐらすひとときを持てるようにはなった。それはそれでぜいたくなことではないかと、危うくこぼれそうになった黒い液面を眺めつつひと息ついている。

7 thoughts on “スロッシング

  1. 気付かないことをいつもお知らせいただき感謝します
    今回の「スロッシング」も興味を持ちました、凡人にはつい見過ごすことを科学者は真摯に挑戦していることで老いてもナニクソッ ありがとうございます
    若い頃はよく酔っ払ってタクシーや電車に乗るとムカついて(≧∇≦)

  2. 初めてコメントさせていただきます。
    小橋さんの日常の些細な出来事を掘り下げていく独自な視点にはいつも関心させられています。
    そして、対象に対するやさしさが感じられる文章にほっと一息つけるような気がします。
    毎週楽しみにしていますので、これからも魅力的な「雑学」を教えてください。

  3. 私は少々ゴルフを嗜むのですが、今回のスロッシングの記事で冒頭に書いてあるように慎重にと考えれば考えるほど体に余計な力が入り、ミスを誘発することが多分にあります。
    何気なくスイングできた時の方がナイスショットに繋がっているようです。
    これもスロッシングなのでしょうか。とても参考になりました。

  4. いつも興味深いお話ありがとうございます。
    「揺らすまいとするとこぼれる」というのは、フィードバックが関係していそうですね。目で見て手で調節するという応答の位相が半分ずれる周波数とスロッシングの固有振動数が近いのでしょうね。つまり、こぼさないようにするには、応答の仕方を変えるか、フィードバックそのものを断ち切るか…というわけで、目をつぶるのも一つの方法だったりして。

  5. 古い話です。射撃についてのメンタル部分でのハナシ。
    ボク発効の100万円の小切手が あります。15メートル先の床の上に置いときます。
    「この小切手を拾って来れば それは キミの物サ。」 この時 このハナシを聞いた方は こう思うでしょう。
    「しゃあのヤツから 100万貰える」
    条件を変えます。 床の上でなく 地上50メートルの絶壁から張り出した 飛込み板の先に 同じ小切手があるとすれば 考える事は 変わります。
    「落ちたらどうしよう」
    動きは ギコチナクなり 全く不自然です。悪循環が発生して思わぬ?結果になることもあるでしょう。
    本来のなすべき行動は 変わっていません。
    「小切手を拾って しゃあのヤツから100万貰う」です。
    伊藤さんは ボクが何を 言いたいか もう既にお分かりと 思います。ゴルフも射撃も全く同様で 「正しいフォームで 正しくウテば 必ず正しい結果を生む」
     しかし まぁ そうはならない事が 世の常で そこがまた楽しいのでしょうネ。
     
     小橋さんの 仰る事とは道筋は異にしても 結論は似ていて「小さなコトでも 気が付くと人生ってヤツも 面白いカナ」と言う事で カンベンして下さい。

  6. 本文とは関係有りませんが、『固有』という言葉に大いに惹かれました。
    最近は、相対的な価値観が幅を利かせているせいか、『本性』、『固有』とか言うのが憚られる状況が多々有るので・・。

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