ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

割れる

2003年10月13日 【コラム
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 やってしまった。テーブルから落ちた茶碗は、のぞきこんだときには砕けている。ゆっくり割れてくれれば手の施しようもあるのに。調べてみると、割れ目はほぼ音速で広がるとあってはっとする。そうか、音が振動の波であるならば、外部からの衝撃が伝わるのも同じ理屈だ。空気中はもとより、固体中はいっそう速く、追いつくはずもない。
 平田森三博士による割れ目の法則というのがある。分岐は二股にはなるが三股にはならないなどとするものだ。周辺的な研究に思えるけれど、メロンの網模様はひび割れだから、メロン農家は日々苦心しているところだし、商品の品質管理部門にとって、壊れ方は重要なテーマだろう。スペースシャトルの事故究明では破片の形状も重要な情報だった。割れ目もあなどれない。
 カリフォルニア工科大のデビッド・スティーブンソン教授の小論文を思い出す。地殻に幅30センチ、長さと深さが数百メートルの亀裂を作り、地球の中心部を探ろうというもの。割れ目には探査機を包んだ溶けた鉄を大量に流し込む。すると鉄は重力に従って沈み始め、やがて中心核に達するという。膨大な予算が必要だし、数百メートルの割れ目を作るには核爆発が必要になるともいい、実現性は低い。とはいえ、壮大な割れ目ではある。
 床に落ちた茶碗のかけらは、乱雑に見えて、ある法則によっている。亀裂は力の伝播とともにまばらになるから、破片は大きくなる。結果として、べき乗則と呼ばれる法則にしたがって、さまざまな大きさの破片が分布することになる。惑星が衝突してできたとされる小惑星群でもそれは同じ。観測の結果からは、質量と数の間にべき乗関数で表現される関係があることが知られていた。最近では小さな破片では事情が違うことがわかってきているものの、割れ方の基本は、大きくても小さくても同じ。台所の隅で茶碗のかけらに伸ばす手が、火星の向こうにつながっている。

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7 comments to...
“割れる”
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小橋昭彦

David J. Stevenson」による論文は、博士のページで「A Modest Proposal: Mission to Earth” s Core」として紹介されています。割れ目の法則については、「プラスチックの破損トラブル原因究明マニュアル」をご参考に。衝撃による破壊のべき乗則は、「衝撃破壊の統計則」に詳しいです。「ガラス棒の破壊によるサイズ分布」など、「割れ目の科学」はひとつの分野といってよさそう。小惑星のサイズ分布については「すばる望遠鏡広視野カメラによる微小ベルト小惑星の捜索」からのリンクを参考にしてください。なお、全体に関して、「ものを壊すということ」の解説がわかりやすくていねいです。


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SoLong

宇宙も茶碗も、物質的定在という共通の基盤の上にある限り、同じ法則が働くという、ごくありふれた、それにもかかわらずいつもは完全に忘れてしまっている事実を思い出させていただきました。最近は人の全存在も宇宙の法則の中にあるという理論に埋没していて、それですべてがわかったような気になりがちでしたが、、全宇宙というもの自体が、茶碗であったり、私であったり、小惑星であったり、そういった個々の存在によって作り上げられているということをあらためて、思い出させてくれました。ありがとうございます。


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In

形あるものは割れる、その割れ方はいまさらながら決まっています。その割れを接ぐ文化が忘れられていることを残念に思います。昔から火星の向こうから手が伸びてきたんですねぇ


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小橋昭彦

ありがとうございます。Inさんの投稿で思い出したのですが、去年の5月に「修復する」と題したコラムを書いたことがありました。ご参考までに。

http://www.zatsugaku.com/stories.php?story=02/05/23/1331686


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とよし

そういう着眼点で茶碗の割れるのを見れるというのは、人生をより豊かにしてくれそうですね。

僕も日常の小さなことから飛躍して考えるのが好きなだけに、非常に興味が持てました。


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遠藤みか子

『割れる』を読んで、大学二年の頃、近くの喫茶店で
アルバイトをしていた時の不思議な体験を思い出しま
した。

バイトを始めたばかりの頃、「新人は一ヵ月以内に何
か割る」とジンクスめいた事を聞かされたので、絶対
に割るまいと堅く心に誓い、細心の注意を払っていた
おかげで最初の六ヵ月間は支障もなく、私はその事を
ひそかに自慢に思っていました。

しかし、その日はやって来たのです。私はいつもコッ
プを置いておく場所にいつものようにコップ並べ始め
ていましたが、不意に左手で左端のコップを払ってし
まった。
「ぁああっっっ!!!!」声にならない叫びが頭の中
を突き抜け、私の目はその落ちてゆくコップに釘付け
になりました。文字通り「釘付け」に。
すぐには気が付かなかったのですが、その瞬間から、
なぜだか一秒がとてつもなく長くなりだしたのです。

コップは、ゆっくりと空中を回転もせずに真下に向
かって滑り落ちていきました。私はそれをあっけにと
られて見とれていました。そのコップは、実際には
70センチか1m近く私から離れた所を落下していた
のですが、その時の私には、もっと近くに、すなわち
自分の視界に大写しに見えました。また、店内はライ
トの光でまぶしいくらいのはずなのに、なぜかその瞬
間は少し薄暗く感じていたような気がします。
そうして滑らかに落ちていったコップが、床に着い
た。
(ゴンっ)
鈍い音でした。まるで重い鉄の球が地面にぶつかるよ
うな音でした。
と、今度はそのコップが5ミリから1センチ位、真上
に浮き上がりました。
「ああ、良かった割れなかった。」
それを見て私はほっとしました。
ところが。
次の瞬間そのコップ全体にパッっとひびが入り、それ
までのコップの大きさよりほんのちょっと広がりまし
た。
あ!と思った次の瞬間、そのコップは今度はフゥ
ワーッと粉々のかけらになって
花火のように、光にあたってきらめきながら、まある
く拡散していったのです。

「え?」そうなって始めて、時間が変だと気がつきま
した。
静かでした。
その時、グワァァァァァァッッッッと言う、薄い鉄板
を振りならすような音が、右側、私の背後から聞こえ
てきました。
「なんだろう?」
と振り返りました。
そこには何もなく、2mほどで壁で行きどまり。トイ
レのドアしか見えません。大体私の立っているところ
は横1.5m、奥行き2m足らずの細いホールでした。

グワァァァァァァッッッッという音の正体は何も見え
なかったのに、その音はどんどん近づいて来ました。
音が近づいて来るのをはっきりと感じたのです。そし
て私の耳元まで来ると、グワァァァッはそれに続いて
シャアァァァァァァァァになり、左側に通り過ぎてい
きました。私は音を追って左側を向きました。
シャアァァァァァと、シンバルをトリルで鳴らすよう
な音に変わって、初めてその音はガラスの割れる音だ
と解かり「あぁ、このコップの音か。そういや、割れ
た時に音がしなかったな」と気がついたのです。
シャアァァァァァンンンン!!!
左側は店の客席側で、私の立っていた場所よりずっと
広々としていました。この変なガラスの割れる音が終
わる頃、席に座っているお客さんが気がついてこっち
を向くのが見え、始まったときと同じ様に、全く突然
に時間の長さはいつもの長さに戻り、その不思議な瞬
間は過ぎ去ったのです。

それから後、そのバイトを止めるまでの二年間、二三
回コップや灰皿を割りました。今度コップを割りそう
になったら、ぼーっと見てないでゆっくり落ちるとこ
ろをパッと手を差し出して受け止めようと待ち構えて
いたのですが、二度とあの様にスローモーションにな
る事はありませんでした。


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rnakaji

茶碗が割れるときと言うのがミソですね。陶器は層状、磁器は立方の結晶構造をしているので破断面は、ちょうど氷の結晶端のようにフラクタルを形成しやすいのではないでしょうか。ガラスのアモルファスではそうはならないのではないでしょうか。




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 どうした会話の流れだったか、5歳の息子が「ぼくも泣くことあるで」と言う。どんなときと尋ねると、「お父さんがこわいこと言うたとき」「ふんふん」「それからな、うれしいときも泣くで」。小さなうちから嬉し涙を知ってるんだな。人情の機微が誘うちょっと高級な涙と思っていたけれど。 涙はなぜ流れるのだろう。そんなことをぼんやり考えていた。涙には3種類ある。ひとつは毎日150から300グラム流している、眼を守るための基礎的な涙。もうひとつは、タマネギをむくと出るような反射性の涙。タマネギの涙は化合物が誘うものだが、さいきんではそれをつくる酵素が発見され、味がよく涙の出ないタマネギが作られる見通しになったという。加えて、ぼくたちに特徴的な涙として、感情による涙がある。 ウィリアム・フレイがタマネギによる涙と映画による涙を比較、成分の違いを測定している。それによると、感情によって流された涙は、ストレスに関係する副腎皮質刺激ホルモンを多く含んでいた。涙を流すと心まですっきりするのは、こうした事情もあるらしい。もっとも、大泣きになればあふれる涙は涙小管から鼻涙管を通って鼻腔へと流れ、鼻から出ていく。それをすすって体内に戻す人も多く、ストレスホルモンの除去方法としては少々効率が悪いけれど。 感情の涙はプロラクチンの値も高い。母乳を出させる女性ホルモンであることから、フレイは女性が泣きやすい理由をここに求めているが、リラクセーション法を知っている女性ではプロラクチン値も低くなるので、そう単純なものでもないらしい。 ある種のうつ病患者や、深刻な育児放棄を受けた子どもは、涙を流さないという。涙の持つ、人に訴える力が信じられないほど傷ついて。赤ちゃんが親の抱擁を求めて泣くように、涙は人を信じるメッセージ。泣くことを、恥じることはない。

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 不快な感覚性・情動性の体験であり、組織損傷を伴うものと、損傷があるように表現されるものがある。国際疼痛学会は痛みをそう定義する。痛みはぼくたちを危険から遠ざけ、患部を知るのに欠かせないが、必ずしも身体が傷ついたときにだけ感じるわけではない。 痛みを言葉にするかどうかは文化や経験による差も大きい。病床にあった祖母が、看護士さんたちから「痛いはずなのに愚痴をこぼさない」と感心されていたのを思い出す。あれは痛みを耐えていたのか、あるいは辛い出来事の多かっただろう人生と比べれば、肉体の現象など何ほどのこともなかったのか。そんなことを考えたのは、最新の研究によれば、たとえば仲間はずれにされたとき、脳は身体的に苦痛を受けたときと同じような反応をすることがわかったというから。心痛とは、まさに傷つくことであったのだ。 物質的な面でいえば、痛みを耐えるにはGIRK2というタンパク質が関係していることがわかっている。GIRK2を無くしたマウスは痛みに弱くなるし、モルヒネなど痛みを緩和する薬品にGIRK2を活性化するはたらきがあることもわかっている。このGIRK2、男に多いことから、男の方が痛みに強いのはここに一因があるのではともいう。ちなみに、バラやアーモンドなどの甘い香りが痛みへの耐性を高めることも実験で示されたが、こちらは効き目があるのが女性だけ。 メルザックらによる、ゲート・コントロール理論というのがある。脊髄に、痛みを伝えるゲートがあると仮定する説だ。門を通れる感覚の量は限られているから、痛みを感じているときに他の感覚がゲートに並べば、痛みを少々絞って、そちらの感覚を通すことになる。「痛い痛いのとんでいけ」と皮膚をさすることの効果を裏付ける理論だ。祖母のゲートはどうなっていたろうか。今となっては確かめようがないが、ぼくたちの思いが、痛みが門を通るのを絞っていたと信じたい。

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