ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

弥生の脳から1800年

2002年8月15日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 このコラムへも、掲示板を通してさまざまなアドバイスをいただける。前回、脳はブドウ糖しかエネルギー源にできないという話題に発展したのも、掲示板がきっかけ。それに対してまた投稿があった。
 確かに、脳は平常時にはブドウ糖しかエネルギー源にできないのだけれど、飢餓に陥ってブドウ糖が供給不能になったとき、脂肪を分解したときにできるケトン体という物質を利用するようになるのだ。脂肪がまったく脳の役に立たないわけではなかったのである。一歩ふみこんで調べよとの戒めだろう。
 学びつつ書くことを旨とするこのコラムでは、芋づる式に調べを進めたり、違う話題が組み合わさって発想が生まれる瞬間を重視している。今回も、ケトン体からどこに話が広がるかと楽しみつつ裏づけをとった。空腹感とは、胃袋が空の状態というより脳が糖質を欲しがっている状態だ、と知る。身体と脳の、不思議な関係。
 そんな朝、新聞の「ひと」欄で鳥取大学の井上貴央教授の紹介に出会ったのだった。約1800年前の、弥生時代後期の脳を発見した人である。鳥取県の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡で見つかった男女3体。国内最古、世界でも有数の古い脳という。彼のひとこととして「脳から弥生の記憶を引き出せないかなあ」とあって、ぶんっと頬をたたかれた気持ちになった。
 人類最古のトゥーマイ猿人化石の話からはじまって「出アフリカ」時のヒトの脳、現代人の脳へと話をつなぎつつ、なんだか機能的な、物質的な面にばかり気をとられていた。それはそれで重要なアプローチだとしても、それらの化石が、かつては実際に生きて、この地上にあったという想像力を、いつしか欠いてしまっていた。想像力こそ、脳にできる最高の活動のひとつと信じていたのに。
 ちなみに、青谷上寺地遺跡から見つかった弥生人骨は、戦闘のあとが残っていることでも注目を集めた。彼らの記憶を再生したとして、必ずしもすてきな光景とは限らない。しかし、それはそれで、脳重量やケトン体とは別の意味で、われわれにたいせつな何かを教えてくれる。1800年という時間の中で、われわれは何を学んできたか。
 本日、終戦記念日。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

4 comments to...
“弥生の脳から1800年”
Avatar
小橋昭彦

脳と糖質の話は、ダイエットを気にしている方、糖尿病の方など、健康に気遣っている方にとって特に関心の高い話題でしょうね。「発掘!あるある大事典 第134回『間食』」をご参考に。「青谷上寺地遺跡」から発掘された弥生の脳については井上教授によるコラム「青谷の骨の物語」もぜひお読みください。コラムが含まれている新日本海新聞社の特集「青谷上寺地遺跡」も充実。


Avatar
森山

確かに人間の脳の精神的な働きを素人なりに考えてみる必要を常日頃感じている。
私自身、時々脳をリフレッシュするために、通常見ている景色を見るとき、わざと、自分がここに初めて来たという感覚に自分自身を陥らせて、資格からどういうイメージを受け取るかというトレーニングをしている。
見慣れた景色から、なぜか新しい情報が得られ、リフレッシュされます。一度おためしあれ


Avatar
マツムラ

>空腹感とは、胃袋が空の状態というより脳が糖質を欲しがっている状態

ふと思ったのですが、お腹が空いている時にチョコレートなどを食べると、空腹感をあまり感じなくなりますよね。
実際はほんの少ししか、お腹は満たされていないのに。

これがまさにその状態なんでしょうか?
不思議ですね、人間って。


Avatar
よこい あさこ

こんばんは。いつも楽しくメルマガを拝見させて頂いております。ありがとうございます。

今回のお話の”ケトン体”が脳のエネルギーになることをはじめて知り、たいへんおどろきました。
といいますのも、脳のエネルギー=ブドウ糖と思い込んで
いたからです。

今私が実行しているダイエットの副産物として”ケトン体”が大量に作り出され、排泄されているから・・・。
”抵糖質&低インシュリンダイエット”と呼ばれている方法です。
間単に言いますと、”主食(麺類・ご飯・パン・芋類・糖類)”以外の食べ物で食事をするダイエットです。

主食となる食べ物には、エネルギーに早く変わる”ブドウ糖”でできているそうです。

体の素となる、肉・魚などの、”タンパク質”と野菜類
中心の食事をすることで、人間の体は慢性的なエネルギー
不足状態になります。
そのような状態になると、体は体脂肪から足りないエネルギーをおぎなうようになります。
体脂肪が分解されて、エネルギーになる時にケトン体ができるのです。
またケトン体が血液中に集まると、尿と一緒に排泄されます。
余分なものは、体の中から出すように出来ているのです。
このため、食事以外に1.5リットルの水分を補わねばなりませんが・・・。

食べ物もいろいろありますが、何事も程々・・ですね。
なんとも、まとまりのない”ケトン体”のお話になってしまいました。すみません。
それでは、失礼いたします。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 こういうのを詰めが甘いというのだろう。前回、赤ちゃんが太っている背景に脳のエネルギー消費量の大きさがあると書いた。そのため、飢餓に備えて余剰エネルギーを脂肪として蓄えていると続けた。読者の方から指摘をいただいたけれど、こう書くと誤りで、脂肪として蓄えたエネルギーは、脳のためには使えない。 というのも、脳はいわば偏食家で、エネルギー源とできるのはブドウ糖だけ。そしてブドウ糖は体内での備蓄が効かないのだ。脳が多くを消費するからエネルギーを蓄えるしくみが活発化したとはいえるものの、脂肪が脳のエネルギー源になるわけではない。創刊間もない98年1月のコラムで脳と糖分の関係をまとめていつつ、このていたらく。これからはコーヒーもブラックじゃなく砂糖を入れて脳を働かせるか。反省し訂正する次第です。 さて、これで終わってはもったいないので、砂糖について調べを進める。金平糖好きの織田信長の逸話は有名だが、砂糖は鑑真が日本に伝えたという説はどうだろう。彼の第1次渡航の積荷に「蔗糖」の名が見えるためだが、ご存知のように航海が成功したのはようやく6度目のこと。そのときの積荷にもあったかどうか。正倉院宝物に含まれているから、奈良時代に伝わっていたのは間違いない。 当時、砂糖は薬とされていた。それで、砂糖とは直接関係無いけれど、飛鳥京の庭園跡で発見された木簡のことを思い出す。処方箋を記したものとしては最古もの。西州続命湯という漢方の処方が書かれていたといい、遣唐使が最新の医療技術を持ち帰っていた様子がしのばれる。砂糖といい、処方箋といい、1200年以上前からわれわれは自らの健康を思っていたのだ。 ちなみに、西州続命湯というのは、脳出血などの漢方薬として知られる。ここで話題は再び脳に帰り、末尾が頭につながったところで、丸く、おさめさせてください。

前の記事

 週刊誌の車内吊り広告に、有名人の下着がチラリと見えた写真掲載という見出しが大きく踊っていて、なんだかなあ、と苦笑してしまった。というのは、国際日本文化研究センターの井上章一助教授による『パンツが見える。』を読んだところだったから。 かつて日本女性は、パンツをはいていなかった。1932年に起きた東京・日本橋の百貨店、白木屋の大火災がきっかけで履くようになったと俗に言う。同著は、それが間違いであることを実証的に指摘した、おそらくは初めての書籍だろう。この事件で亡くなった一人一人の死因が下から覗かれるのを避けようとしたためではなかったことを裏付けるとともに、事故後もズロース着用率があがっていないことを、新聞の論説から拾っている。 井上助教授は、白木屋ズロース伝説の起源は、同百貨店の専務が火災の1週間後に発表したコメントにあると指摘している。詳細は同書に譲るとして、20世紀初頭までの女性が、道端で「立ち」小便をするなど、今の常識ほどは隠すことに抵抗感がなかったという指摘は新鮮だった。だいたい当時は、ズロースを履いていれば見えても恥ずかしくないという論調なのだ。 では下着のチラリはいつから喜ばれるようになったのか。1955年封切、マリリン・モンロー『七年目の浮気』と同じ頃のようだが、あの映画の有名なシーンが社会的な影響を直接与えたわけではないらしい。1960年代にははや、男性誌に風の強い階段といった「名所」の特集が組まれている。それまでは風が吹いたらズロースだったと残念がる川柳さえあったのに、隠されれば見たがる男心、なんだかなあ、である。 男性の下心が白木屋伝説を生んだという指摘は鋭い。歴史的考証という隠れ蓑のもとで、和服の裾の奥が見えたという猥談にこうじたのではというわけだ。そういえば、温泉街で見かける秘法館のアヤシゲな展示を民俗的ないしアート的に評価した展覧会が人気を呼んだそうだが、その裏にも、同じような心理があったかもしれない。井上助教授は自身の著書にもそういう面はあると自覚していて、それは、このコラムも逃れない。なんだかなあ、の今ひとつの理由でもある。

次の記事