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ちょっと知的な雑学&トリビア

カップルのゆくえ

2001年7月25日 【コラム
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 ずいぶんユニークな研究があったものだ。心理学者のチャールズ・ヒル教授らによるボストン・カップル研究、略してBCS。その名のとおり、ボストン地域の大学に通う2、3年生からカップル231組を選び出して継続調査。継続といっても25年にわたるからハンパじゃない。
 1971年からはじまって、追跡調査は半年後、1年後、2年後、15年後、そして25年後に行われている。
 2年後、カップル231組のうち、約半数の103組は別れていて、65組は恋人として継続中、9組が婚約、43組が結婚していた。あと1組は自動車事故で死亡。
 15年後、調査対象者の4分の3は結婚していたけれど、そのうち当初の相手と結ばれていたのは73組。離婚せず続いていたのは50組だった。
 25年後の調査はちょうど行われたばかりだけど、統計学的に長続きするコツを分析したところ、共通の目標、知的な交流、身体的魅力に極端な差がない、という3点が浮かびあがったという。美女と野獣っていうのは、なかなかうまくいかないらしい。
 つきあいかたでは、大学時代に性的な関係を急がなかった男性のほうが、愛情を長く共有できる女性と知り合う傾向が強く、また、バーではじまった恋は長続きしないことも判明。なんだかそれぞれに納得できる指摘ではある。
 生涯の伴侶と思えば慌てずじっくり交際を、ということらしいが、恋をしているときって、四半世紀先のことまでなかなか考えられないよね。ただこの瞬間の、相手のしぐさや言葉がすべてだったりもして。

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12 comments to...
“カップルのゆくえ”
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小橋昭彦

Whittier大学のCharles T. Hill教授のサイトは「Chuck」です。


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moriy

「身体的魅力に極端な差がない」って、たしかに納得なんですけど、
定量的に測定できるんですかね?

アンケートの回答欄に「ふたりのうちどちらが美人/ハンサム?」か
なんか書いてあって、それを二人で読んだ場合だったら、無言のまま
「どちらでもない」にマークしそうな気がするんですけど・・・。

日本だったら「両親と同居/別居」なんて項目がはいるんでしょうね。


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ちーかま

異性愛者以外のカップルの場合はどうなんでしょうか?セクシュアリティを越えた恋愛・結婚に関して日本はまだ後進国ですが,アメリカなどでは,いわゆる婚姻によらないドメスティックパートナーシップなどもあるので,その辺の研究なんかもあるんでしょうか?婚姻という形に縛られないからこそ,長続きする...などという結果が出たとしたら,興味深いと思います。


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ジュモン

結婚で言えば、恋愛しかも大恋愛ほど別れやすく、見
合い結婚の方が継続すると聞かされてきたけど、
実際その傾向はあると思っている。

お台場のTV番組「あいのり」で誕生したカップルは、
帰国後の日常世界ではクライマックスがないような気
がして、継続は難しいのではないだろうか?

お見合いを薦める意味ではなく、相手を理解しよう。
忍耐も必要と決意して始める関係。後になるほど深ま
るよろこび、、、のコース選択の方が良いのかも。

と言いながら、自分だったらやっぱり恋愛スタートの
コースを選ぶでしょうね。


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isaka

同じ内容を最近、読んだ記憶があります。
その読んだところは今日の雑学だったかどうかは不明ですが...


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isaka

同じ内容を読んだのは、朝日新聞だった様な気がします。


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yoyo

興味深いですね。
知的な交流・・・とは、どういったものなんでしょう。


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小橋昭彦

ちーかまさん、今回のデータは性の違うカップルに限ってサンプリングされているので、残念ながら同性愛は入っていないですね。より詳しくは、ご紹介しているサイト、ヒル教授に問い合わせてみるとよいかも。

isakaさん、朝日の記事は京都版では7月10日付けにあります。ただ、記事では25年目の結果だけをとりあげてあります。


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てるまる

そういえば、お酒が入ると性的な欲求が高まるとか言う報告を耳にしたことがあるような気がします。

お酒が入ると相手を魅力的に感じてしまう?


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小橋昭彦

ごめんなさい、訂正です。

調査がはじまったのは1971年ではなく1972年です。

また、25年後の調査が行われたばかりというのは正しくないですね。

「25年後の調査はちょうど行われたばかりだけど、統計学的に長続きするコツを分析したところ、」という部分を、「25年後の調査は結果を分析中だけど、統計学的に長続きするコツとして、」に修正いたします。


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いっこ

 ジュモンさん
 恋愛と見合いは対局にあるものではない、と思っています。(独身の頃はそう思っていませんでしたが)
 私は若い頃から普通の恋愛を幾度かし、その後、適齢期になり見合いも何度かしました。見合いといっても、若い子同士の紹介と変わらないことが多く、同棲経験ありの男性もいましたし、数か月お付き合いしてから別れたことも
あります。その時はやはり失恋のような感情でした。
 どんな出会いであれ、相手に感じるものや寄り添う気持ちがなければ、先には進めないし、デートすらできません。生意気なようですが、恋愛も見合いも結婚も経験した私の感想でした。


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アン

いずれにせよ、お互いに歩み寄る気持ちがなければ続きませんよね。
ちなみに主人は離婚を考えたことがあるとか。
私は気づきませんでした。




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 昨日のテーマが「上履き」で今日が「したばき」。ねらったわけじゃないけど、いや、まあちょっとは狙ったとしても、下履きならぬ、下穿の話。 ローライズパンツを履いていると、どうしたって浅いまた上から下着がのぞきそうになる。だったら見せることを前提にした下着を、というのが若い女性の工夫。男の子がトランクスを見せているのには閉口したものだけれど、こちらはさて。 下着を見せる流行は現代に限った話ではない。フランス革命当時のフランスでは、イギリスから伝わってきた「ストリップ・モード」なるものが流行したという。コルセットもパニエも捨て、いかに薄く着るかを競ったもの。婦人服の全重量は靴や装飾品を入れても約230グラム以下でなんてルールがあったほどだから筋金入りだ。いや、ガーゼのヴェールだけをまとってパリのティルリーの庭を散歩した銀行家夫人もいたというから、筋金を入れる余裕さえないわけだけど。 ちなみにそれより以前、17世紀のフランスでは、下着はたいそう重いものだった。なにせ金銀のレースをつけるなどぞんぶんに装飾されている。洗濯が気になるところだけれど、水で洗うことは健康に良くないと考えられてもおり、概して不潔だった。美しくても清くはなかったわけだ。 洗わないといえば、スペインのイサベラ女王の伝説も残る。1601年に夫が闘いをはじめたとき、成功するまでは下着を替えないと神に誓ったという。けっきょく闘いが終了したのは1604年。そのとき下着がどうなっていたかは、あえて想像しない。 ついでに相撲のまわしも洗わないけど、水入りにならないよう縁起をかついでとも、十両以上のまわしは絹でできていて高価だからともいう。 とまれ下着は、衛生面、機能面とともに、美的な面もかねそなえつつ発展してきた。ローライズからのぞく下着も、なにかを主張してはいるのだろう。ま、なにを主張しているかくみとろうとじっくり見ることだけはしないでおく。

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 7月にはいって、約550万年前の猿人の化石がエチオピアで見つかったと報道された。現在有力になりつつある見方では、人類と現生の類人猿が共通の祖先からわかれたのは、およそ650万年から550万年ほど前のこととされている。だとすると新しく見つかった化石は、人類が誕生した直後のものということになる。 この猿人、足の指の形から二足歩行をしていた可能性が指摘されているが、気になるのは付近の550万年前の様子。湿潤な森林地帯だったとされているのだ。これでまたアクア説が注目されるかな、なんて記事を見ながら思う。 アクア説。訳すと、水生類人猿仮説だ。人類はそのもっとも初期の段階で、水の中で暮らす生活をしていたのではないか、というのがそれだ。ぼくたちはこれまで、人類は森の中からサバンナに進出し、その結果直立二足歩行をするようになった、という考え方をもっぱら聞かされてきた。しかし、最古の人類が湿潤な森の中で生活していたとなると、これはあたらない。 むしろ、水につかった樹木から別の樹木に移動するとき、水中を歩きつつ呼吸を確保するために二足歩行したという方が自然ではないかと提唱されている。水の中での生活を多くしていたのなら、ヒトだけ体毛が少ないのも説明できる。 じつは、ヒトの化石のほとんどは水辺で見つかっている。ただ、これは水によって運ばれて沈殿した堆積物が化石化と保存に最適だからで、ほかの動物の化石でもいえること。専門家はこれを「タフォノミック・バイアス(化石化のばらつき)」と呼び、できるだけ無視してきた。しかしアクア説の立場にたつと、無視しすぎてきた可能性もある。 アクア説は、これまでどちらかというと異端視されてきた。中心となって論考してきたエレイン・モーガンが学者でないことが理由のひとつともいう。彼女が1972年に著した記念碑的な著作を『女の由来』という。もちろん、ダーウィンの『人間の由来(The Descent of Man)』のもじりだ。 ダーウィンから100年。アクア説は、そしてエレインは、Manをもって人間と考えるような固定観念にぼくたちがとらわれているのではないかと、問いかけている。

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