小橋 昭彦 2001年4月3日

 抗うつ薬として米国で大ヒットした「プロザック」。世界で2000万人が服用したとも言われるその薬には、セロトニンの働きを助ける作用がある。
 セロトニンというのは脳内物質のひとつで、これが減ると片頭痛を起こしたり、攻撃的になったりするとされる。ハーバード大学のダリン・ドーティー博士によると、「キレやすい」人の脳内には、セロトニンを受けとめるたんぱく質がふつうの人より少ない傾向があるという(朝日3月9日)。
 オハイオ州立大学のランディ・ネルソン教授は、セロトニンと遺伝子の関係を研究している。NOSと呼ばれる一酸化窒素合成酵素の遺伝子を働かなくしたマウスは攻撃的になるけれど、こうしたマウスも、セロトニンの働きが落ちている。
 上智大学の福島章教授の調査も紹介しておこう。脳と犯罪の関係だ。大量殺人を犯した人の8割以上に、脳の形態異常が見られるという結果。
 こうして「科学的事実」を並べると、なんだかぼくたちが「キレ」ちゃうのは、脳内物質や遺伝子や脳の形態異常のためのように思えてしまう。でも、勘違いしちゃいけない。セロトニンの働きが落ちたからといって必ず暴力をふるうわけじゃないし、脳に形態異常がみられても、ほとんどの人は平和に日々を過ごす。
 ネルソン教授のもとには、依頼人の遺伝子を調べてほしいという弁護士が訪れるという。NOSの遺伝子に異常が見つかれば、本人ではなく遺伝子に責任がある、と裁判で主張しようとしているらしい。
 もちろん、ネルソン教授は依頼をすべて断りつづけている。遺伝子が人生をあやつるわけじゃない。脳の形状が行動を決めるわけじゃない。それは一因子であるかもしれないけれど、ぼくたちはそれ以上のなにかを持っている。

1 thought on “「キレる」の科学

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