小橋 昭彦 2001年7月26日

 7月にはいって、約550万年前の猿人の化石がエチオピアで見つかったと報道された。現在有力になりつつある見方では、人類と現生の類人猿が共通の祖先からわかれたのは、およそ650万年から550万年ほど前のこととされている。だとすると新しく見つかった化石は、人類が誕生した直後のものということになる。
 この猿人、足の指の形から二足歩行をしていた可能性が指摘されているが、気になるのは付近の550万年前の様子。湿潤な森林地帯だったとされているのだ。これでまたアクア説が注目されるかな、なんて記事を見ながら思う。
 アクア説。訳すと、水生類人猿仮説だ。人類はそのもっとも初期の段階で、水の中で暮らす生活をしていたのではないか、というのがそれだ。ぼくたちはこれまで、人類は森の中からサバンナに進出し、その結果直立二足歩行をするようになった、という考え方をもっぱら聞かされてきた。しかし、最古の人類が湿潤な森の中で生活していたとなると、これはあたらない。
 むしろ、水につかった樹木から別の樹木に移動するとき、水中を歩きつつ呼吸を確保するために二足歩行したという方が自然ではないかと提唱されている。水の中での生活を多くしていたのなら、ヒトだけ体毛が少ないのも説明できる。
 じつは、ヒトの化石のほとんどは水辺で見つかっている。ただ、これは水によって運ばれて沈殿した堆積物が化石化と保存に最適だからで、ほかの動物の化石でもいえること。専門家はこれを「タフォノミック・バイアス(化石化のばらつき)」と呼び、できるだけ無視してきた。しかしアクア説の立場にたつと、無視しすぎてきた可能性もある。
 アクア説は、これまでどちらかというと異端視されてきた。中心となって論考してきたエレイン・モーガンが学者でないことが理由のひとつともいう。彼女が1972年に著した記念碑的な著作を『女の由来』という。もちろん、ダーウィンの『人間の由来(The Descent of Man)』のもじりだ。
 ダーウィンから100年。アクア説は、そしてエレインは、Manをもって人間と考えるような固定観念にぼくたちがとらわれているのではないかと、問いかけている。

4 thoughts on “水辺の進化

  1. 水辺の退化
     難しい話になると、さっぱりコメントがすくなくなるので恥を覚悟で投稿します。水辺で暮らしてた遠いご先祖様には申し訳ないんですが実は私、泳げません。これは水から上がった人類が地上を歩くようになった進化のたまものだと言い張っていますが家人どもは退化してると冷たいです。
     だいたい人間は泳げなければいけないのか?いつも疑問に思っています。夏になって浜辺で留守番してるのがだんだん苦痛じゃなくなってるのが寂しいですけどね。

  2. 泳ぐといえば、人間の体毛ですが、泳いだときに水流ができる向きに生えているとも言われています。類人猿は上から下、つまり雨の流れ落ちる方向なのに。これも、アクア説を強化する事実のようで。

  3. 水辺での進化

    小橋さんから紹介されている本は、数年前に読んでいますが、人類が水辺で進化したのではないかと思わせる口承伝が、ネイティブアメリカンのイロコイ族に伝わっています。

    ほんの数行の伝承ですが、人類が、まだ森林の中で暮らしていた時代から、ベーリング陸橋を35人で渡り、新大陸へ到達したという、何十万年に渡る伝承です。

    興味のある方は「ネイティブアメリカンの口承史」(ポーラーアンダーウッド)を参照してください。

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