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<海賊版>の思想―18世紀英国の永久コピーライト闘争

 そう、知的財産権というと今この時代のテーマであるけれど、それは18世紀にも闘争になっていた、古いテーマだったのだ。

 山田奨治さんは、18世紀に行われた「永久コピーライト闘争」をじっくりと追う。そこに見られるのは、現代に起こってもまったく不思議ではない、既得権益者と新進の起業家の争いである(こんな先鋭的な争いが18世紀にすでにあったことにぼくは驚いた)。権謀術数を含め、その生き生きとした描写には、企業小説のおもしろさの趣さえある。

 厳密に言えば、「コピーライト」は著作者の権利とは性質が違う。自らが創作したものに対する「著作者の権利」は、自然権であるのに対し(日本ではそれに類した「著作人格権」がある)、「コピーライト」は、著作を独占して利用する産業上の権利なのである。
 しかしこのふたつは、18世紀の論争を通して混同され、ロックの自然権論の定着とともに誤解が広がって今に到っている。

 イギリスで最初の印刷所は1476年にウェストミンスターにできた。はじめ、印刷術は自由に利用されていた。
 しかし50年ほど経った頃から、印刷術は国王や大学総長などから認められた特権とされるようになる。それは印刷業者にとって身を守る手段であるとともに、権力の側にとっても、メディアを検閲して民衆をコントロールするために役立った。こうして独占印刷業者と権力者の間のもちつもたれつの関係ができあがる。
 印刷業者は、著者から原稿を買い取り、出版していた。権力者との間の蜜月が終わろうとしたとき、書店主組合はなんとか独占を正当化しようとした。そこで「学問の振興のため」という理屈を持ち出し、彼らが買い取ってきた「文学の所有権」を法律で明示するよう、議会に請願したのだ。
 そしてできたのが、1710年、世界で最初のコピーライト法「アン法」だった。

 アン法では、本の著作者及び著作者から版を譲られた者には、印刷の独占権があると規定し、1710年から21年間、ないし公表のときから14年間(著者が生きていれば印刷独占権は著者に戻りさらに14年間)保護されるものと定められた。
 アン法が定められた時点で所持していた著作物の保護期間が切れる1730年代になると、書店主組合は保護期間を延ばすようはたらきかける。しかしそれが退けられ、事前の策としてコピーライトは慣習法で認められた永久の権利であると主張するようになる。

 こうした論争が起こった背景には、制度的な期限切れというだけではなく、経済的な理由もあった。
 スコットランドから出てきた新進の書店主ドナルドソンの登場だ。当時、イングランドとスコットランドは法律が別だった。アン法はスコットランドには適用されなかった。彼はスコットランドで安く印刷した書籍をロンドンで売ることで人気を得た。それを「海賊版」と考えて快く思わなかった書店主組合が、ドナルドソンと闘ったのだった。
 闘いの結果は、ドナルドソン側の勝利だった。

 しかし、書店主たちはほんとうに負けたのだったか。
 この裁判を通じて、「アン法」以前からあった本の印刷・出版が自由になり、古典の再刊ビジネスが興隆、ながく書店業界を下支えしたという。
 また、コピーライトの年限が限られているため、書店主たちは新しい才能、新しい作品を掘り出すことを求められるようになった。18世紀末からの英文学の隆盛には、こうした背景があるともいう。

 これはまさに、現代の著作権問題が引きずっているのと同じ構図ではないか。
 権利の保護は、ほんとうに著者のためなのか。権利の解放こそ、文化を育むのか。
 18世紀のコピーライト闘争は、今に続く問題を投げかけている。

by 小橋昭彦 : 08年02月04日

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