ホーム雑学コラム副題を読む十年を読む自分探しの雑学雑学ネタのメモ

ざつがく・どっと・こむ

ちょっとサイエンスな雑学を人生にひきつけて考えるコラム集

男脳と女脳

 今日もわが家の三兄弟の遊び部屋には、車や恐竜のおもちゃがあふれている。ブロックで組み立てるのは飛行機かロボットで、まもなく2歳になる下の子まで兄を真似して「たったたーん」って背景音楽を口ずさみながら遊んでいるのがほほえましい。
 次男が生まれた頃、車を与えるから男の子になるのかなあと話していたら、米国の心理学者がベルペットモンキーにトラックやぬいぐるみを与えて遊ばせた実験結果を見かけた。いわく、雄のサルはトラックで遊ぶ時間が長く、雌のサルはぬいぐるみで遊ぶ時間が長かったと。この場合人間の文化の影響を受けたとは考えづらいので、おもちゃの好みは生物学的な差異で決まる部分もあるらしい。
 性差に関して、脳研究方面からの成果も多く発表されるようになった。たとえばP300と呼ばれる脳の反応がある。何かの刺激を識別しようとするとき、300ミリ秒以内に出現する陽性電位だ。不快な写真を見せられたら、男性では右半球に、女性では左半球に多く出る。右半球はおおまかな状況、左半球は詳細な情報の処理に使われる傾向があるから、男は大局を、女は細部を記憶すると言える。
 これを実験で確かめたのが、米国のカーヒルらだ。扁桃体の活動を抑制する薬を投与してから事故の映像を見せ、1週間後に記憶テストを行った。すると、男性は事故の骨子に関わる部分を思い出せず、女性は細部の状況を忘れていた。
 こうした性差の話にとまどいがあるのは、差があることを能力差に結びつけたり、「男」「女」というレッテルにとらわれるからだろう。ほんとうはこうした差があることはすてきなことだし、その差を埋めるのではなく、組み合わせて高めることを目指したいと思う。そしてそれ以上に、性差ではなく個性の違いに目を向けるということ。わが家の三兄弟も、「男の子」である以前に、それぞれひとりの人間として親の前にいる。

by 小橋昭彦 : 05年09月08日

小橋昭彦 on 2005年09月08日 10:05

性差をとりあげたこれまでのコラムに、「女と男と思い出と [04.06.03]」「仕返し [03.10.20]」「男と女の違い [02.02.04]」などがあります。そのときの参考リンクも参照ください。

コラムで紹介した「Larry Cahill」が記事を書いた日経サイエンス8月号の「やっぱり違う 男と女の脳」は最新動向を知るのに参考になります。コラムの最初で紹介した「Gerianne Alexander」らによるベルベットモンキーでの調査「Children’s Attraction To Toys May Be Biologically Based On Their Gender」についても紹介されています。

書籍としては『話を聞かない男、地図が読めない女』がよく売れていますね。近刊では『共感する女脳、システム化する男脳』をどうぞ。

よう on 2005年09月08日 13:16

男は男らしく
女は女らしく
そう有って欲しい

授かった子供が娘だったので
自分とは異なる性を育てて居る訳ですが
この子だけでも「女らしく」育って欲しいと願います

男女同権がどうの
性差別がどうの
そんな事を振りかざす女にだけは
なって欲しくない

これは、私のエゴなのかな?

遠藤みか子 on 2005年09月08日 14:17

私は女の子なのに、フリフリのフリルのドレスやおままごとなどにあまり興味のない子だったので、『男の子みたい』と周りに言われ、自分でもそう思ってました。
しかし、20年後、自分に男の子が授かって、いかに自分が女の子だったか痛感しています。
確かに、おままごとにそれほど血道を上げなかったけど、歩き始めて、初めて散歩に行って、車を見た瞬間に目が釘付けになることはなかったし、どんな物を手にとっても、次の瞬間、それを飛行機にしてぶーんと飛ばしたりしたことはありませんでした。

アメリカに住んでいますが、知り合いに、『男女差は、文化的な押し付けによってつくらされる』と堅く信じていた筋金入りのフェミニストの女性がいました。男の子が生まれたので、絶対に絶対にいわゆる『男の子もの』を避けようと、青い色の服さえ着せないほど気を付けてやっていたのに、彼が2才になると、とにかく男の子のものが好き!!!って言う子になりました。
それでも銃の形のしたものは決して与えないというポリシーでいたところ、ある日、先が折れ曲がったフレンチポテトを手に取って、それを『バーン!バーン!』とピストルに見たてて遊んでいるのを見て、さすがに彼女も、これは、全て文化的というものではなく、生物学的な傾向というものがある、と納得したと言ってました。

また、別の友人で、あんまりセクシー系の色気や、女らしさに興味のないという感じの女性がいますが、彼女の娘は、1歳になるかならないかの頃から、腕につけられるものは全てブレスレットとして、次々と肩口に届かんとするまで重ねてはめていき、首に通るものは全てネックレスとしてつけ、ペンで爪を塗り、レースをこよなく愛すという案配に超女の子もの好きの子になりました。

しかしどの子も大きくなるに従って、そこまでの極端さは徐々に消え、色々な物に興味が広がって行くような感じがしています。これからこの子達が育ってどうなるのか楽しみです。

のら on 2005年09月08日 22:29

はじめまして。
こちらも男三兄弟です。
6歳の長男がもっとちびのころは、やれミニカーに興味を示したおもしろいとか、鉄砲遊びはやめてほしいとか、ジェンダー教育がどうとか、いろいろ考え込んだものです。
二歳になる三男が棒切れをかざしてえいっ!なんてやりだしたこのごろは、うわっやられたぁなんてのんきなかあちゃんやってます。
男も女も、ゲイもおかまも、この世のものはそんなもんそんなもん、なのかなあ。

tom on 2005年09月09日 16:45

○動物や魚にも雌雄による役割分担が有る以上、興味の対象が異なるのは意味当然だと思います。

○但し、気をつけなければいけないのは、平均値や最高値による一般化を個別の事象に当てはめてはいけないという事でしょう。例えば、一般的に男性は女性より大柄で肉体的な強さが有りますが、女子プロレスラーや女性アスリートは少なくとも一般の男性より強靭な肉体を持っているでしょう。性別によって、ある種の選択のチャンスが全く無くなってしまうというのは問題が有ると思います。

○最近テレビでよく見る女権拡張論者の意見には少なからず違和感があります。『仕事での女性の地位を向上させる事が女権拡張に繋がる。』という考え方は、実は、仕事の地位が社会的評価に繋がるというまさに『男社会の価値観』にどっぷり染まっているのではないかと思います。群れの中で高い地位を得る事によって、異性を惹きつけることが出来ると言うのが将に雄の思考であり、男性が仕事に打ち込むモチベーションでもあるわけです。
 女性の地位向上を主張するなら、男の価値観で作られた社会の中での地位向上を目指すのではなく、女性に特有の能力に対する評価を社会的に上げることによって、男社会の価値観に相対する価値観を作り上げるべきだと思います。
 例えば出産。(古臭いと言われるかもしれませんが。)
『仕事が忙しくて出産できない。』という意見をよく聞きますが、
もし、仕事で成功する事より、出産する事の方が社会的評価が高くなれば、『出産が忙しくて仕事なんかやっている暇は無い。』という事になるのではないでしょうか?
仕事での社会進出を叫ぶ女権拡張家の人達は、男性社会の価値観に迎合する事によって、逆に女性の特性を生かした、価値観の成立を妨げているような気がしてなりません。
社会の価値観を変えることは難しい事ですが、少子高齢化が叫ばれる昨今は良いチャンスだと思います。

tom on 2005年09月09日 17:10

追加:出産について、社会的評価もさることながら、金銭的見返りも重要である事は言うまでも有りません。(念のため)

Elle on 2005年09月10日 10:44

はじめまして。
男性と女性の違いって、素敵です。
違いがあるからおもしろいし、一緒にいたい、必要、と思うのかな、
と最近思います。

『話を聞かない男、地図が読めない女』も「そうそう!」と思うし、
一昨日見つけた『異性の心理マーケティング』というホームページも
「なるほど?!」です。この違いはしょうがないのね、と思うと
広い心で彼のことも見られるようになります。今までムカッときてたところが
愛しくさえ思えてきます。笑

仕事にしても家庭にしても、男女それぞれの良いところを活かして
より素敵になっていったらいいですね。

網走 on 2005年09月11日 02:26

男女の違いもいいけど、個人の違いはもっと大きいですよ。そっちも大事にしてね。

感想・ご意見をどうぞ:


(必須ですが公開されません)


(お名前部分からリンクされます)

※上記をあなたのPCに記憶させますか?



トラックバック

produced by 小橋昭彦  お願い