小橋 昭彦 2004年10月6日

 子どもと見ていた番組にイルカが船と並んで進むシーンがあって、イルカって人なつこいなあとあらためて思いつつ、どのくらいの速度を出しているのかと気になってもいた。調べてみると約20ノット、時速にして35キロ程度は出せるという。普通に船が進む速度と遜色ない。いかにイルカのパワーがすごいかということだ。
 かつて動物学者のジェイムズ・グレイがイルカの速度を分析し、「グレイのパラドックス」として知られる問題を指摘した。イルカの体重あたりの動力は、ヒトやイヌのそれの数倍になる。筋肉の構造は違わないのに、これは生物学的に矛盾しているというわけだ。パラドックスは今も解けていない。
 謎を解く努力は続けられている。2000年のシドニーオリンピックで話題になった水着の新素材に応用された発見もそのひとつだ。イルカの肌は鮫肌と同じくざらざらしているそうだけれど、リブレットと呼ばれるこうした小さな突起が抵抗を軽減することがわかっている。さらに最近の研究では、イルカの皮膚が泳いでいるうちに薄片となって剥がれ落ちていることに注目した説もある。おおよそ2時間で脱ぎ変わる皮膚が、体のそばにできる乱流渦がもたらす抵抗を抑えているのだ。
 泳ぎに関しては、クジラからも教えられるところがある。クジラの前びれが水面から出ている写真をご覧になったことはあるだろうか。その前縁部にはこぶ状の出っ張りが並んでいて、きれいな流線型になっていない。じつはこれも、こぶによってできる渦の効果で、すばやい旋回を可能にするのに役立っているという。こぶにも意味があったのだ。
 将来、翼の前面がでこぼこした飛行機が登場するかもしれないし、脱ぎ変わる水着が出てくるかもしれない。グレイのパラドックスは謎のまま、いや謎であるがゆえに、今日もヒトに多くのアイデアをもたらしている。

9 thoughts on “グレイのパラドックス

  1. 脱ぎ変わるイルカの皮膚の研究は京都工芸繊維大の先生らによるもので、「Turbulence modification by compliant skin and strata-corneas desquamation of a swimming dolphin」として発表されています。それを伝える記事「Scientists discover secret of dolphin speed」もご参考に。魚の遊泳速度については魚ロボット研究ページの一環としてある「魚の遊泳速度」をどうぞ。

    シドニーで採用された水着素材は「Speedoqualab」が本家ですが、「水着の変遷」がわかりやすいです。それから、クジラのコブの効果については、その名も「Frank Fish」教授らによる「Leading-edge tubercles delay stall on humpback whale (Megaptera novaeangliae) flippers」が研究発表です。「Mimicking Humpback Whale Flippers May Improve Airplane Wing Design」に詳しいです。

  2. イルカが船と併走して高速で泳げるのは、自動車のスリップストリームよろしく、船自身が前に進む力を利用できるからです。

    イルカは非常に少ない力しか使わずに、高速に泳ぐことが可能になります。

  3. ななし様 それだとイルカが船体側に引っ張られませんか。いや あの 全くの素人考えですが・・・

  4. それが大丈夫らしいんですね。
    船が引っ張る力だけで泳いでいる訳ではありませんので。

    ちなみにイルカが船に併走して泳ぐのは、船や人に興味があるという事もあるかもしれませんが、船に引っ張られる事を遊びとして利用している節がある、との事。

  5. どもども。こうして作者を離れて会話が進んでいくのは、コラムが何かを探ったり考えたりするきっかけになればと願っている者として、とても嬉しいです。

    流体力学はこれまでも数度とりあげたことがありますが、奥が深いですね。数回前の飛行機が飛ぶ原理もそうでした。

    それにしても、イルカが船についてくるのは流れを利用するためとして、そもそも彼らは人懐こいかどうか。イルカがダイバーと遊んでいる風なのは何なのでしょうね。

  6. イルカが交尾の際集団でレイプしたり、子供をいじめ殺すことはよく知られていますが、ダイバーも弱い相手だからからかいに来ているのかもしれませんね

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