小橋 昭彦 2003年3月27日

 大阪の交通科学博物館に入って最初に目につくのは、巨大な蒸気機関模型だ。蒸気によるピストン運動を、たくみに車輪に伝えている。動力の歴史は、力を回転運動に変えることと切り離せない。ワットの貢献はそれだけでなく、回転運動を利用して、力が大きくなると遠心力で弁が絞られる仕組みも作った。力の発揮も制御も、回転を利用している。
 回転運動はさまざまな機械に不可欠だ。自動車はもちろん、パソコンだって記憶装置にモーターが組み込まれているし、人工衛星は回転を利用して姿勢を制御するジャイロ・スコープがあってこそ。それなのに、動物には回転がない。車輪を持った動物はいないし、歯車を利用して動く生物もいない。人工物での回転の重要性を考えると、不思議な気もする。車輪動物が登場する石原藤夫氏の「ハイウェイ惑星」で指摘されているように、生物界に車輪が無いのは、でこぼこがあるからではある。車輪があっては動けないのだ。
 この作品が発表されたのが1965年のこと。その後、1970年代半ばに生物界でモーターが発見された。細菌についているべん毛がそれで、後ろに伸びたべん毛を回転させて推進力を得ている。回転しているように見えるだけではと疑う声も多かったのだけれど、発見者のメル・サイモン博士は、しごく簡単な実験で実証した。べん毛の一本をつかむ。すると細菌自体がくるくる回る。なるほどである。
 ただ、べん毛モーターが実現できるのも、ミクロの世界だからこそ。べん毛は水素イオンを利用して、軸から回転する側にほとんどロス無くエネルギーを伝達しているけれど、大きな世界ではできない。だからぼくたちのなかにモーターはない。ただ、それを模した二足歩行ロボットには、モーターが使われている。回転運動を利用した人もすごいが、それなしで複雑な機構を実現している自然は、さらに奥深いとあらためて思う。

4 thoughts on “回転がない

  1. まず「交通科学博物館」へ。べん毛モーターの研究といえば、日本では難波啓一さんでしょうか。「難波プロトニックナノマシンプロジェクトの成果について」「難波プロトニックナノマシンプロジェクト」「細菌のモーターに迫る」「見えた! 鞭毛「逆転」のからくり」などをご参照ください。「地上最小、史上最初のモーター酵素」「分子モーターの話題」などもどうぞ。参考書としては、『ゾウの時間 ネズミの時間』のなかに「なぜ車輪動物がいないのか」という章があります。ワットの制御機構については『制御工学の考え方』がわかりやすくおもしろいです。また、『ハイウェイ惑星』は日本のハードSFの古典。『バクテリアのべん毛モーター』という本もあります。

  2. 小橋様
    いつも「今日の雑学」と【今日の遼・憧太朗】を拝見し、世の中の理の不思議さと子育ての難しさや喜びについて考えさせられています。
    確かに回転部分、摺動部分があれば磨耗が発生し、故障が頻発します。
    幼い頃に夢中になっていた”8マン”の製作者、谷博士はその点から8マンに回転部分を作らなかったと知り、子供ながらに感心したことを思い出します。今日のコラムを読んで原作者平井和正氏の卓見性と博学に対して新たに脱帽です。

  3. 秋吉さん、ありがとうございます。8マンについては初めて知りました。貴重な情報をありがとうございます。

  4. いつも「今日の雑学」を楽しみながら拝見させて頂いております。
    生物と工学での駆動方法の違いについて考えさせられました。工学上でもリニアモータなど「直線」に動く駆動装置がありますが、世の中で発展したのは「回転」でした。一方、生物界では鞭毛の「回転」ではなくて筋収縮による「直線」駆動を採用したと考えると、製品仕様に適した駆動装置を双方採用したと考えるとちょっと面白いかと思いました。

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