小橋 昭彦 2001年6月22日

 鏡は人を惑わせる。左右は逆になるのに上下が逆にならないのはなぜという疑問は古来から多くの人を悩ました。プラトンも悩んだしカントも考察している。
 言葉のあいまいさと認識の問題が重なって、なんだかややこしい。少なくとも、鏡の中では奥行きは逆になっているようだ。鏡に向かって手を遠ざけると、鏡に映った手は遠くからこちらに近づいてくる。
 本の表紙を鏡に映してみよう。鏡にいま自分が見ている表紙を映そうとすると、それを自分には見えないように、つまりは鏡に向かうように回転させなくてはいけない。このとき、まずは本の右を左にするやり方で、つまり垂直軸にそって回転させる。鏡に表紙が映る。文字は左右が逆になっている。回転は水平軸にそってでもいい。やはり鏡に表紙が映る。こんどは上下が逆の文字が映る。とすると、鏡に映すためには、左右でなくてもいい、上下が逆でもいいということではないか。
 オーケー。姿見を床に置いてその上に横向けに寝転んでみる。上になった手を動かそう。鏡の中のぼくは下の手を動かしている。鏡は上下を逆にしたのではないか。
 頭が痛くなってきたね。左右が逆の像がいやなら、2枚の鏡を90度の角度で書籍のページを開いたようにあわせてのぞくといい。よけいに頭が痛くなるかな。
 もうひとつ実験。鏡に近づいて顔を映す。次に遠ざかる。さて、鏡に映った顔はどちらが大きいだろう。もちろん近いとき、と考える。では、クレヨンや口紅などで、近づいたときの顔の輪郭をなぞって鏡に描く。片目を閉じて描くとやりやすい。さて、次に遠ざかってみて。いかがでしょう。
 鏡と人は紀元前からのつきあい。古代エジプト人も鏡に向かって化粧をしていたし、今を生きる女性もそう。そんな女性にひかれる男の姿はクレオパトラの時代もいまも変わらない。鏡が人を、というより、やはり人が人を惑わせているのかしらん。

7 thoughts on “鏡のなぞ

  1. コラムを読んでいて、幼い頃を思い出しました。
    母の三面鏡を見て不思議な世界にトリップするのが好きでした。
    横の2面で自分の顔をはさんで無限後退を作り出したりしていました。
    目に近づければ近づけるほど、無限後退になるのです。

    ところで、化粧に鏡は必須と書かれていますが、
    化粧文化の研究が本職の私から補足させてください。
    鏡を見た化粧の歴史は案外新しいのです。
    三角縁神獣鏡に顔を映そうとしたら
    どれほど努力のいることか!
    日本では江戸時代まで銅鏡でしたが、
    あまり実用的ではなかったです。
    身分の高い人は自分では化粧しないし
    (自分では服も着ないし体も洗わない)
    鏡磨きが商売になっていたくらいです。
    いまでもアフリカなどに鏡を使わず互いに化粧し合う風習が残っています。

    それから、不思議さゆえに、鏡には神秘的な力があると世界中でとらえられています。
    ご神体が鏡という神社も多いでしょう?
    三種の神器にも鏡があるし。
    中村潤子さんの『鏡の力・鏡の思い』という本が
    鏡の象徴性をよくまとめています。

  2. じつはコラムを書きつつ、盲目の方でも髭はそるし、必ずしも鏡が必須ではない、という思いがありました。それで「必須」という表現は避けたのですが、なるほど、クレオパトラは自分でしたのではなく、従者にさせたかもしれないといった考えは浮かびませんでした。

    化粧を自分でする、ということ自体が新しい文化なのですね。最終段落、下記のように修正します。

     鏡と人は紀元前からのつきあい。古代エジプトにも鏡はあったし、中世の貴族の館には鏡の間が作られたりもしていた。日本でも権力の象徴になったり、ご神体としておさめられたり。人の世をうつしてきた鏡。いまはそこにあるのはどんな風景か。

  3. いつも楽しく読ませて頂いています。

    東大の教授で、高野陽太郎という人が、
    鏡の認知的なメカニズムを解明したそうです。
    『鏡の中のミステリー』という本で、
    岩波科学ライブラリーから出ていて、読みやすいし、
    学問的にも納得させられます。

    基本的に、
    ・人の鏡像を見て左右が逆だと感じる
    のと、
    ・文字の鏡像を見て左右が逆だと感じる
    のは、
    まったく異質の原理からなる現象だそうです。
    詳しい説明は、僕なんかが説明するよりも読んでいただければ。

    東大の学生で、彼の講義も受けているのですが、
    先日の講義でちょうど鏡映反転の話をしたばかりだったので、
    ちょっとこの話題が嬉しくて、投稿してしまいました。

  4. こんばんは。
    鏡で、何月だったかの読売新聞1面をおもいだしまし
    た。
    左右逆にみえない鏡を発明した方がいらっしゃった
    話。
    構造は、鏡を二枚となにかを一枚あわせて、三角形の
    つつにして、なかに水を流し込む……だったような。
    ああ、記事とっておけばよかった。

    そんな鏡をつくってなににつかうのか、といわれて
    その自称発明家のおじいさま(日本人)は
    「女優さんとか顔をきにする方に……」と答えてらっ
    しゃいました。

    たしかに、左右逆にみえてもあんまり不便じゃない
    な、素人の私は……とおもいました。
    あの鏡、だれかに使ってもらえるのかなあ。

  5. 職場のトイレの鏡なんですが、『禁煙』って書かれた透明のテプラが貼ってあるんです。数ミリ奥に像が写っているんだけど、それはひっくり返っていないそのままの文字なんですよね。確かにそうなるのは理解できるのですが、不思議な感じがします。

  6. 三種の神器の中で鏡はいろいろな意味を表していると思います。
    自分の顔を映して自覚を促したり、相手の顔を映して自覚を促したり。上下反対ではなく左右反対であるのも、何かの意味があるのかもしれません。

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